頑な

ある絶対的な価値観や、それに伴う義務や行動を、
「同じ価値観を持つものなら、おこなってしかるべき」と強要する、
そんなできごとにぶつかると本当に疲れます。

いろんな事情のある人がいて、
その「行ってしかるべき」義務や行為が、できない人もいる、
一時的にできない理由がある人も、いると思うのだけれど、
強要する人にとっては、
「できない理由」は「できないいいわけ」にしか過ぎないのですよね。
できないいいわけをして、甘えているだけだと思っているし、
誰かが何かしてくれるのを、待っているだけだと思っている。
自分に都合のいいことだけを、期待しているだけだと思っている。
相手の中に深い思想があるなんて考えもせずに、
反省や熟考をうながす人。

自分にはわからない、あるいはいっそ、
他の誰にも分からない、
その人だけの事情を理解しようとせずに。


もちろん、言い訳の時だってあるかもしれないけれど、
言い訳してでもしたくない理由が、またあるのかもしれないし。


結局のところ、「同じ価値観をもっている」というたてまえのもとに、
自分の価値観を上乗せして、できない人を責めているだけでは・・・??
という気持ちがぬぐえません。
きちんとしていて、まじめで、理知的な人に多いような。
義務を遂行する決意に満ち満ちている。


今日は、そんなふうな壁を感じて、ちょっと疲れた一日でした。









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# by patofsilverbush | 2017-09-21 15:55 | | Trackback | Comments(0)

お芋のケーキ

明日ははじめて、教会の地区集会に参加させていただく予定です。
持ち寄り集会のため、
久しぶりにパウンドケーキを焼いてみました。

家族や友人なら、多少?の不出来など気にも留めずに食べてくれますが・・・
うーん、お口にあうといいのだけれど!
痛み止めの香料が入っていないのを祈るばかりです!
とりあえず、粉は入っている模様(笑)。

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# by patofsilverbush | 2017-09-20 09:11 | 生活 | Trackback | Comments(0)

晴天に

台風一過の青空がひろがったきのう、久しぶりに息子と散歩に出かけました。

グゥェロロロロ・・・
というような、なんとも言えない鳥の声に、
からすの子ども(の甘え声)かな?と見上げると、
真っ青な空に悠々と輪を描く鳶と、
ばたばたと羽根を羽ばたかせながら、必死にくっついていこうとする、
小さなシルエットが。
「あ、赤ちゃんじゃない?」と 息子もすぐに気づいて、
2人でしばし、飛行訓練の様子を眺めてしまいました。
気流に乗り旋回する、優美なお母さんと、一生懸命 羽を動かす子供。
彼女も空の上から、わたしたち親子を見ていたかもしれません。
あら、同じね!って。


散歩は、来年、入学する中学校まで。
小学校まではほど近いのですが、やや遠くなる中学校は、
その場所自体がよく分からなかったため、確認したくなったようでした。
ふだん自転車で遊び歩いているテリトリーの、さらに先へ。
ほんの少しですが、足を延ばせば
車で走っている道でも、子どもにとっては自分の行動範囲外です。
ほんのちょっと緊張する、ほんのちょっと不安。ちょっとだけ心配。
なにしろビビリな息子なので、
下見に行くくらいのことで、そんなちょっとした不安や心配が少なくなるのなら、
20分ほどの散歩もお安い御用です。
往復したら小一時間だけれど(笑)。


今朝、学校へ行く息子を、ベランダで洗濯物を干しながら見送りましたが、
手を振って去ってゆくのをみて、
学校まで送っていった一年生の日々のことを懐かしく思いだしました。






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# by patofsilverbush | 2017-09-19 14:15 | 子育て | Trackback | Comments(0)

マリア様のこころ

今日のミサは「マリア様の深い悲しみに沿う」がテーマでした。
神父様のお説教が沁みました・・・・( ;∀;)


カトリック教会においては「神の母、聖マリア」と呼ばれ、
みんなのお母さまであられるマリア様ですが、
わたしは、
マリア様がごくふつうのお母さんであったところがとても好きです。

もちろん敬虔に神を信じる、「ふつうの」人よりもきっと強い信仰心があったからこそ、
神の子であるイエス様を授かったのですが、
マリア様ご自身は「神」ではなくて、
授かった子がどう育つのか、どんな運命を背負っているのか、
わからないから戸惑い、哀しみ、大切な我が子の死にゆくさまに嘆き悲しむ
そんな、ごく当たり前な人間のお母さんであったからこそ
より、マリア様に助けとなぐさめを祈りたくなるのです。

自分には計り知れない神の御心やご計画が どんな形をとって毎日の出来事にあらわれようとも
何も言わず、そっと心にとめて生きることは、
なんて難しいことでしょうか。
まして自分のことではなく、
大切な我が子に降りかかることであれば、
どんなことをしてでも「自分が思う幸せの形」に添わせたいと願ってしまうものだけれど、
自分のまったく予期しない、子どもに用意された主の御心を信じる強さを思うとき、
神様への強い、絶対的な信頼を感じます。
自分が子供に用意できる(と傲慢にも思う)中途半端な幸福みたいなものではなくて、
もう絶対的に、
神様はこの子に、最高の物を用意してくださっているのだという信頼。
自分の気持ちで、その恵みをねじまげようとしない謙虚さ。


ふいに、わけもわからず心がいっぱいになって、涙が溢れてくる時は、
目に見えない主が、恵みをこころに満たしてくださったときなのだと、
おっしゃるキリスト者の方も多いと思いますが、
本当にその通りで、
なんだかすごくよく泣くようになった。
今日のミサ中も、なんだか泣けてしまい、
大人げないような気がしましたが(苦笑)
涙は、目に見える主の愛や恵みなのだと思います。


子どものことで多かれ少なかれ日々 心を悩ましている、
そして子供の幸せを願っている、世界中のすべてのお母さんに、
愛と祈りを送ります。











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# by patofsilverbush | 2017-09-15 13:35 | 子育て | Trackback | Comments(0)

AかB

むかし、知人が主催する自己啓発セミナーのようなものに行ったとき、
トップセールスを誇る営業の女性が
「やるか、やらないかです!やればわたしのようになれますよ」
と言ったのをきいて、
「やらない」を選択したワタクシですが、

AかB、どちらか選ぶ、
ということは、すごく苦手です。
やるか、やらないかと似ているようであるけれど、ずっとむずかしく感じます。


結果的にどちらのほうがベストであるのかわからない、
先が見えない道を選ぶこと。
決めかねて2か月ほど、どうしようかなぁと頭の片隅においてあることがあります。


どちらを選んでも、
神様がよきように導いてくださるのだと、今、キーボードをたたきながら思いました。

選択することは、重大なようでありながら、
実はほんの些細なことなのかもしれない。
選択したことにどのように取り組むのか、のほうが、きっとずっと大切なことなのです。
どちらを選んでも、
その人が取り組んだようになってゆくのだし、
神様はその人にとってよい恵みを、惜しみなく下さるのだから。

決定しなければならない期限まで、まだもうちょっとあるので、
それまでによく考え、かつ祈りたいと思います。








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# by patofsilverbush | 2017-09-13 12:59 | | Trackback | Comments(0)

親友宣言

「○○と親友だってことがわかった!」
と、学校から帰ってきた息子の、こんな報告。
その○○くん、何年も前から、息子となかよくなれそうな子だよなぁと
母は思っていたのですが、
時々遊んだりはするものの、「すごくよく遊ぶ」風でもなくて、
不思議には思っていたのでした。

まぁ、母の感想はさておき。
「それって、○○くんに確認したりするの? “おれたち、親友だよな” とかって言うの?」
「そうだよ。握手するんだよ。勝手に親友って言うと、××(←クラスのリーダー格の男の子)に
逮捕されるんだよ(※もちろん、遊びです)」
えー、親友宣言ですか!びっくり!

「太陽と月のあらんかぎり・・・って言わないの?」
とからかったら、
「言わない。握手するだけ」
とのこと。

「わたしたち、親友よね♡」は 女子だけの世界だと思っておりましたよ。
男子もそんなことしてるんだ~。
それとも、息子の学校だけ?
流行ってるの?
自分も体験してきたとはいっても、
子どもの最新情報はいつでも新鮮です。






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# by patofsilverbush | 2017-09-11 13:10 | 子育て | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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