母の心をもらってる
2014年 07月 07日
以前にも書いた、佐藤初女さんのすばらしい言葉、
「母の心」
「受け入れる、見守る、育てる、耐える、赦す・・・」のが、
「母の心」
と 初女さんが書かれている言葉にジンときて、
それは一家のお母さんだけが頑張ることではなく、お母さんにだって、
母の心で見守ってもらう必要があるのだという言葉にも、うんうんとうなずきましたが、
ある日、
よく考えれば、大人であるパートナー氏からはもちろんのこと、
小学生の息子にも、
毎日母の心をもらっている自分に気がつきました。
こんなお母さん であるわたしを、お母さんだと受け入れてくれて、
日々の家事や仕事を 見守ってくれ、
わたしの「母の心」が育つように、そばにいてくれて、
理不尽なお説教にも黙って耐え(笑・・・いごとじゃないか)、
失敗しても 間違っても ゆるしてくれる・・・・
本当に、母であるはずのわたしよりも、
ずっとおおらかな心で、わたしを見ていてくれるのでした。
こっちが見守っているような気になっていたけれど、とんでもないことです。
もちろん、聖人君子のようなよくできた子供ではなく、
むしろ困ったな、と思うことの方が多いのですが、
その 困ったところも含め、それに対処しようとするわたしに 必要な経験を与えてくれる。
ああ、だからこの子は、わたしのところに来てくれたんだなぁ と、よく思う日々です。
神様は愛です。
神様は無限の、無条件の愛で、あなたを愛して下さっています。
ということを、
理屈をつけて 頭で理解しようとすることなしに、
ただ単純に、素直に、あっさりと信じられたのは、
息子の、
わたしに対する無条件の信頼や、愛情を、目の当たりにしたことが大きかったように感じます。
ああ、ただこんなふうに、神様の愛情を信じればいいんだなぁ・・・って。
大人が、理性や理屈や知識で納得しようと悪戦苦闘することを、
こどもは感性のまま、あっさりとその壁を越えていくんですよね。
「母の心」
「受け入れる、見守る、育てる、耐える、赦す・・・」のが、
「母の心」
と 初女さんが書かれている言葉にジンときて、
それは一家のお母さんだけが頑張ることではなく、お母さんにだって、
母の心で見守ってもらう必要があるのだという言葉にも、うんうんとうなずきましたが、
ある日、
よく考えれば、大人であるパートナー氏からはもちろんのこと、
小学生の息子にも、
毎日母の心をもらっている自分に気がつきました。
こんなお母さん であるわたしを、お母さんだと受け入れてくれて、
日々の家事や仕事を 見守ってくれ、
わたしの「母の心」が育つように、そばにいてくれて、
理不尽なお説教にも黙って耐え(笑・・・いごとじゃないか)、
失敗しても 間違っても ゆるしてくれる・・・・
本当に、母であるはずのわたしよりも、
ずっとおおらかな心で、わたしを見ていてくれるのでした。
こっちが見守っているような気になっていたけれど、とんでもないことです。
もちろん、聖人君子のようなよくできた子供ではなく、
むしろ困ったな、と思うことの方が多いのですが、
その 困ったところも含め、それに対処しようとするわたしに 必要な経験を与えてくれる。
ああ、だからこの子は、わたしのところに来てくれたんだなぁ と、よく思う日々です。
神様は愛です。
神様は無限の、無条件の愛で、あなたを愛して下さっています。
ということを、
理屈をつけて 頭で理解しようとすることなしに、
ただ単純に、素直に、あっさりと信じられたのは、
息子の、
わたしに対する無条件の信頼や、愛情を、目の当たりにしたことが大きかったように感じます。
ああ、ただこんなふうに、神様の愛情を信じればいいんだなぁ・・・って。
大人が、理性や理屈や知識で納得しようと悪戦苦闘することを、
こどもは感性のまま、あっさりとその壁を越えていくんですよね。
by patofsilverbush
| 2014-07-07 08:48
| 子育て