人生を変えた出会い

ご指導いただいていたシスターが 修道院を移られることになり、
きのうが最後の「分かち合い」(今風に言えば“シェア”かしら)の時間でした。

シスターに初めてお会いしたのは、
息子が通っていた幼稚園でした。

モンテッソーリ幼稚園でしたので、
お弁当の時や お帰りの時に、
子供たちは いったいどんな“お祈り”を唱えているの?
そもそもキリスト教って、どんな教えなの?
と、まったく何の知識もないわたし(達?ママ)のために、
先生が「わからないことは伺ってみては?」と、シスターを園に招いて下さったのでした。

シスターと聞いてイメージするのは、あの修道服だと思うのですが、
いらっしゃったシスターはまったくの私服で、
しかも わたしの友人のお母さんにそっくり!なお顔立ち(笑)のおばあちゃん。
そして、
「神さまは、愛です」
と まず初めにおっしゃったひと言に、
正直なところ、わたしたちの疑問は増すばかりでした。
「何か特別な体験や経験があって、そう思われるのですか?」という質問に、
「そうじゃないのよ」と。

え~、じゃあ、どうして神さまは愛だなんて、わかるんだろう。
「人知を超える何かの力」があるのは、まあ分かるとしても、
その「神」を、どうして「キリスト」だと断定できるのだろうか?

と、その場にいた人はみんな、きっとかなり頭の中が??だらけになったに違いないのですが、
なにしろ、
何を聞いたらいいのか、自分が何を聞きたいのかさえ、わからない状態。
なんとなく不良消化のまま、その時間は終わってしまったのでした。

でも、その時のことは、
なにもわからなかっただけに、強烈な印象を私の中に刻んでいます。
今でも、
何も分からなかった自分のことを、鮮明に覚えている。
「自分が何を知りたいのか、知りたい」と思い、
園の行事としてではなく、個人的に教えていただくようになりました。


「“イエスさまと私” という、イエスさまと個人的な関係を作る人と、
そうでない人との違いは なにかしらねぇ」
と、この3年間、よくシスターはおっしゃっていました。

「遠いところにいて、自分たち人間のことを見ているかもしれないけれど、
自分とはあまり関わりのない存在」としての神さまではなく、

「いつもそばにいて、同じ目線、同じ歩調で歩いていて下さる、
何を話しても、自分がどんなふうでも 一緒にいて下さる」神さま。


シスターに教えていただかなかったら、
クリスチャンになることも、なかったと思います。
(人によって、「神」のイメージがだいぶん違うことも、よく分かるようになりました・笑)
わたしたちが「神さまのみ心を体現する道具」であるとしたら、
神さまは わたしにぴったりな方法で、ぴったりな方をお遣わしになって、
どんなにわたしのことを大切に思っているかを教えて下さったと思います。

まるまる3年間。
あっという間で、まだまだたくさん教えていただきたいこともあったし、
シスターがいらっしゃったから、子育てのもろもろも、どうにかやってこられた・・・
と思いますが、
これも神さまのみ心、
この先、わたしたちに必要なこと、望んでいらっしゃることが どんなふうに表れてくるのか、
シスターともども、楽しみにもしています。

本当にありがとうございました。
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by patofsilverbush | 2014-11-08 09:04 | 生活 | Trackback | Comments(0)

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