『窓際のトットちゃん』

言わずと知れた、黒柳徹子さんの ベストセラー。
やっぱり子どものころから本棚にありましたが、
結婚のために家を出たときに、実家の本棚に置いてきてしまい、

最近、青い鳥文庫で買って読み返していました。


トットちゃんこと徹子さんが通った 小学校・トモエ学園での出来事を綴った本で、
この本を読んでいたからこそ、息子を 
小人数のモンテッソーリの幼稚園に入れることに、なんの抵抗も心配もなかったかもしれません。


小学一年生で、あまりの問題の多さに「ふつうの」学校を退学になったトットちゃんのために
ママが見つけたのが、
小林校長先生が作られた トモエ学園。

なにしろ、校庭に並んでいるのは 払い下げになった電車で、
車両一台が 各学年のお教室。
トットちゃんたち一年生だけをみても10人に満たないし、全学年をあわせても50人足らず、
という学校です。

トットちゃんがびっくりしたように、
毎日、決まった席に座る必要もなく、好きな席に座れるし、
その日に決められた時間割の、それぞれの科目の課題を先生が黒板に書いたら、
あとはそれぞれ、好きな科目から勉強していけばいいし、
今だって、息子を通わせたいくらい、素敵な学校なのです。


小林校長先生の考えた、
大人の都合や、お仕着せの教育ではない、
子どものための教育プログラムは、
モンテッソーリではありませんが、相通じるものがあり、
教育とは、「こうあるべき」と外側から固めるものではなくて、
その子一人ひとりの内側に備わったものを、磨いてゆくことなんだなぁ・・・
と、トットちゃんのオモシロエピソードを息子に読みながら、
親として 深く考えてしまいます。


子どもの頃、読んだときにも 印象に残って、ずっと覚えている言葉は、
「君は本当はいい子なんだよ」

校長先生が、トットちゃんの顔をみるたび、言ってくれたという言葉です。


よほど変わった女の子だったとみえるトットちゃん。
「おそらく、先生たちや他の生徒の保護者から、さまざまな苦情があったと思う」と
ご本人の徹子さんが書かれています。
トットちゃん自身は 屈託のない、明るい性格ではあったけれど、
心のどこかで、疎外感というか、みんなとは、何かが違う、
ということを、感じていたとも。

そんなトットちゃんに、この言葉をかけてくれた校長先生の気持ちを、
「残念ながら、ずっと後になるまでわからなかった」と 徹子さんは言います。


「いろいろと困ったところはあるけれど、本当は、 君はとてもいい子なんだよ」
という 気持ち。


「君は本当はいい子なんだよ」
と 先生に言われるたびに、トットちゃんは
「はい、わたしはいい子でーす」 と元気に思うだけだったけれど、
もし、この言葉がなかったとしたら、
問題児であった自分は、きっと
わたしはダメな子なんだ というコンプレックスを持ち、
今とは違う人生を歩んでいたかもしれない。
もしかしたら、一生を決定するような言葉であったかもしれない、と。



「出来ない子」は、とかく、否定的な言葉をかけられがちです。
すごく問題児、というわけではないけれど、
地味に問題児である、我が息子も そう。
たぶん、自分もそうであったから、
この言葉が子ども心に、とても印象に残っていたのだし、
今でもやっぱり、
そんなふうに 息子には言葉をかけたいと思ってしまう。



トモエ学園には、
とても優秀な子も、
トットちゃんのように 他の学校ではうまくやっていけなかった子も、
身体に障害がある子もいました。

どの子も、それぞれ、
自分が抱えていることにコンプレックスを持つことがないよう、
君はできるんだよ
君はいい子なんだよ
と、校長先生は、トットちゃんだけではなく、一人ひとりにぴったりの言葉を、かけたことでしょう。


学校で、どの子が問題を起こしても、
校長先生はその子の親を学校に呼ぶことはなかった  
と書いてあることに、再読して気がつきました。
その子の話を、気持ちを、じっくり聞いてくれたし、いいわけだって聞いてくれた、
だから 自分が悪かったことも、納得できた。

トットちゃんが初めてトモエ学園に行った時、
「話したいことは、なんでも話してごらん」と、
校長先生は4時間もの間、トットちゃんの話をきいてくれたそうです。


ついつい、大人の説明を子どもに聞かせてしまうのが 当り前のような気がしてしまいますが、
こんなふうにしてくれたら、
きっと子どもは、
自分がちゃんと話を聞いてもらえる 大切な存在であること、
学校で過ごす自分が 主体なのだと思えるだろうな!



マナーや 振舞い方が中心だった、うんと小さかったころとは、
「しつけ」の内容も変わってきました(とはいえ、まだまだ、マナー部門のしつけは必要ですが!)。
どんなふうに、どんな言葉で、子どもを受け止めるのか。
小さな、けれど 
自分とは違う個性をもった ひとりの人と、どう向き合ってゆくのか。
親も 子どもの成長に合わせて 成長してゆく必要がありますね。



















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Commented by みどりくま at 2017-10-18 17:39 x
つい最近、私も引っ張り出して読み直しました〜。
全く同意見、私もこの本が大好きだったから、娘を小さい幼稚園にやることにむしろ積極的だったし、今でもトモエ学園入学を夢見ています。良い子、と親以外に評価してくれる大人がいることで、どれだけ彼女の人生が輝いただろう、そして今も独自路線を行くトットちゃん見て、羨ましく思います。私たちも自分の子たちをうまく導いて行けるだろうか、いや、導かず、自分で歩めるように見守れるだろうか、と、いつも迷うよね。
最近読み直して思うことは、現代にこそ個性を認める教育が必要だということ。人の指示通り出来る人間はもはやロボットに地位を奪われ、人とは違う発想を持つことこそ価値がある時代が来るのに、学校が未だ集団を重んじるのはおかしいよね。
Commented by patofsilverbush at 2017-10-19 08:33
> みどりくまさま
わぁ、やっぱり好きだった?そうそう、この本があったから、小さい園に違和感とかなかったよね(笑)。
親とか学校とか世間とかって、手間のかかるめんどくさいことを嫌うから、集団でやっていける十把ひとからげの子を「いい子」だと判断するし、何よりもまず結果を出すことを求めてしまうけど、人間が何かを悟ったり、努力の成果が実るのって、本来、そんなに「すぐ」ではないはずなののよね、きっと。
小学校生活6年やって、学校に慣れてきたのはいいけれど、時々、「学校に(集団心理に?)毒されてるわ!」と思うとき、あります!!!
どういう「いい子」になってほしいのか、迷いだすと読み返したくなる本!そしてみどりくまちゃんが言うように、導かずに見守る、という手間を、子どもにはかけたいと思い返すよ。
by patofsilverbush | 2015-09-07 09:20 | 本・映画 | Trackback | Comments(2)

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