赤いリップ

廊下から居室へ顔をのぞかせたとき、
わたしの顔を見たとたん、涙を隠すために毛布に顔を隠した祖母は、
わたしのつけていた赤いリップに涙したのではないかと思うのです。

「やっぱり若い人は、赤い口紅つけてるのね」
寝ていた枕元に近寄ったとき、
そう言って私の顔を見つめたから。

グループホームで入居しているのは ご高齢の方ばかり、
介護士さんや調理師さんはいるものの、
もしかしたら華やかな色彩はあまりないものだったかもしれないし、
その赤いリップや、
着ていた紅葉のような茶オレンジ色のニットは、
祖母の目に、とても華やかに映ったのかもしれません。
そしてそれは、
ずっと東京で暮らしていた祖母が、
「こんな田舎」へ「連れてこられて」失くしてしまったと思っている、
若さや、なんでも自分でできる身体や、お買い物の楽しみなんかを
思い出させたのかもしれません。


毎日ご飯が食べられること、
誰かのためにちょっとしたことをしてあげられること
誰かが自分のために、何かしてくれること。
お天気がいいことや、いっぱいのお茶がしみじみ美味しいこと。
季節がうつろうこと。
幸せに生きることはとても簡単なことですが、
祖母にとっては「幸せ」な気持ちはもう、どこにあるかさえわからないみたい。
それは認知のせいではなくて、
いつも誇りであった若々しい外見が、高齢のせいで失われたと思っていること、
東京でない場所に住まざるを得ないことや
華やかな場所へお出かけすることのかなわない状況が、
ただただ許せなく、不幸なのだと思います。
そして「自分は不幸なのだ」と思っていたいのだと思います。


ハピネスは自分の心からしか生まれないので、
祖母が不幸を嘆いても、誰もなにもしてあげられない。
魔法使いではないので若返らせることはできないし、
どこかへ連れて行ってげることはできても、楽しいと思うかどうかは
祖母次第。
そして周りの人が何を「してあげ」ても、
祖母が楽しい、ありがとうと思うことはないのでした。
それが彼女が幸せでないことの、一番の理由なんじゃないかな。


祖母とはいえ、子供の頃から孫をかわいがるタイプの人ではなかったので、
わたしにとっては便宜上「おばあちゃん」とは呼んでいるものの、
だいぶん心の距離の遠い人です。
わたしが行くことで、喜ぶかどうかもよくわかりませんでしたが、
たぶん、喜んでくれたようなのでよかったと思います。
何もしてあげられませんが、
あかるい気分になってもらいたくて、意識してつけた赤いリップや明るい色の服が、
もしかしたらおもてなしになったかもしれません。






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by patofsilverbush | 2017-10-13 15:17 | | Trackback | Comments(0)

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