カテゴリ:心( 134 )

頑な

ある絶対的な価値観や、それに伴う義務や行動を、
「同じ価値観を持つものなら、おこなってしかるべき」と強要する、
そんなできごとにぶつかると本当に疲れます。

いろんな事情のある人がいて、
その「行ってしかるべき」義務や行為が、できない人もいる、
一時的にできない理由がある人も、いると思うのだけれど、
強要する人にとっては、
「できない理由」は「できないいいわけ」にしか過ぎないのですよね。
できないいいわけをして、甘えているだけだと思っているし、
誰かが何かしてくれるのを、待っているだけだと思っている。
自分に都合のいいことだけを、期待しているだけだと思っている。
相手の中に深い思想があるなんて考えもせずに、
反省や熟考をうながす人。

自分にはわからない、あるいはいっそ、
他の誰にも分からない、
その人だけの事情を理解しようとせずに。


もちろん、言い訳の時だってあるかもしれないけれど、
言い訳してでもしたくない理由が、またあるのかもしれないし。


結局のところ、「同じ価値観をもっている」というたてまえのもとに、
自分の価値観を上乗せして、できない人を責めているだけでは・・・??
という気持ちがぬぐえません。
きちんとしていて、まじめで、理知的な人に多いような。
義務を遂行する決意に満ち満ちている。


今日は、そんなふうな壁を感じて、ちょっと疲れた一日でした。









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by patofsilverbush | 2017-09-21 15:55 | | Trackback | Comments(0)

AかB

むかし、知人が主催する自己啓発セミナーのようなものに行ったとき、
トップセールスを誇る営業の女性が
「やるか、やらないかです!やればわたしのようになれますよ」
と言ったのをきいて、
「やらない」を選択したワタクシですが、

AかB、どちらか選ぶ、
ということは、すごく苦手です。
やるか、やらないかと似ているようであるけれど、ずっとむずかしく感じます。


結果的にどちらのほうがベストであるのかわからない、
先が見えない道を選ぶこと。
決めかねて2か月ほど、どうしようかなぁと頭の片隅においてあることがあります。


どちらを選んでも、
神様がよきように導いてくださるのだと、今、キーボードをたたきながら思いました。

選択することは、重大なようでありながら、
実はほんの些細なことなのかもしれない。
選択したことにどのように取り組むのか、のほうが、きっとずっと大切なことなのです。
どちらを選んでも、
その人が取り組んだようになってゆくのだし、
神様はその人にとってよい恵みを、惜しみなく下さるのだから。

決定しなければならない期限まで、まだもうちょっとあるので、
それまでによく考え、かつ祈りたいと思います。








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by patofsilverbush | 2017-09-13 12:59 | | Trackback | Comments(0)

さみしい

「ママはさみしいことなんて、ないでしょ」と息子が。
え!そんな情緒欠損症みたいに言われても!
「そんなことないよ」と言ってみましたが、
「じゃあ、どんなとき?」と聞かれると・・・ねぇ。
「そうだねぇ、淋しくないね」
そんなある朝の会話。

たぶん息子が言っているのは、「ひとりでいる時間」のことだと思うのです。
自分が学校に行っている時間、
私だけが留守番で、パパとおばあちゃんちに行っている時。
ひとりで淋しくない?と。
一人でいる時間を淋しいと思ったことは、たしかにないのです。
わたしを大切に思ってくれる人が、いつもそばにいるからこそ、
わたしは一人の時間を思い切り満喫できるのです。
ありがたいことです。


けれどそれだけでもなく、
わたしは、「わたし」という人が、一緒にいる人として好きなんだとも思います。
風も草花も木もいますし、そもそも「人といる」時間と同じくらい、
「一人でいる時間」も好きなのです。
だからそういう意味ではちっともさみしくないけれど、
だからって、
まったく淋しいと思わないわけでもない。
「それはこんな時」と、ちょっとやそっとでは説明できない、個人的な事柄であるのです。


号泣するほどさみしいときもあるし、
じんわりした淋しさを抱えて過ごす日もある。
誰かに説明するために費やす、膨大な時間や言葉や術を、わたしは持ちません。
個人が抱えるさびさしって、そんなものではないでしょうか。
「わかる~」という共感らしき薄っぺらな言葉で片づけられてしまうには
あまりに心の深くにある、個人的な、尊いもの。
自分のわがままさや、かってな思い込みや偏見も含めた、ありのままの感情を、
理解してもらえるように説明できるとは とうてい思えないし、
そう思ってしまうことが、そもそも「さみしい」人間なのかもしれません。


けれどもここ数年、
さみしさのあまり号泣しようとも、混乱しようとも、
いつもそばいいてくださる方の存在を、
わたしは忘れたことはありません。
神様だけは、わがまま、思い込み、偏見、自分勝手さ、あやまち・・・
あらゆる「ネガティブ」に思える感情を内包した、わたしのさみしさを、
すべて理解し、ふかく共感してくださる。
そばにいてくださる。
共に泣き、共に笑って下さる方だからです。


信仰を持たなかった頃の自分がこれを聞いても、
そんなことは信じられなかったのだけれど、
それを信じられるようになってから、
どんなにさみしくても、死ぬほどつらくはなくなりました。



さみしいことなんて、たくさんある。
でも、一人でいる時間なんて、さみしいどころか自由な、至福の時間ですよ。
と、息子には言いませんが(笑)。
共に過ごす時間も至福なら、一人の時間も同じくらい至福。
そこにいつも一緒にいて下さる人は、
わたしの幸福だけを望んでいてくださる方だと思う、これも至福。


さみしさが分かるのは、人として、善きことであると思っています。







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by patofsilverbush | 2017-09-08 13:34 | | Trackback | Comments(0)

お祭りすんで、あたらしい夜明け

突然、何かがふってきたように始めた「片づけ祭り」。
夏休みの終わりと共に、無事に終了いたしました。
早かったなぁ~。

夏休みで毎日、うすら散らかっている部屋にストレスが溜まったのだと思うけれど
(散らかしているのは私ではないので、片づけようがないことに、イライラ)
イライラしても始まらない。
自分の物ならいくら捨てようが片づけようが、自由だものね。

いつもなんとなく、決心がつきかねて取っておいてしまうものがいくつかあったのだけれど、
今回ばかりはもう思い切って!
出会ってくれた、買ったときのときめきをくれたことに感謝して(こんまりさんいわく)
処分いたしました。
いつもなんとなく、
「うーん、まだ捨てられるかも・・・」という未消化な気持ちが、
クローゼットを開けるたびに沸き起こっていましたが、
今回はそれもまったくなく。
クローゼットも引き出しも食器棚も、
どこをあけても「素敵なもの」が一目瞭然に目に入り、
用もなくあちこちの扉をひらいては、「うん、素敵♡」とときめいおております(笑)。

そうはいっても、実は今回さよならしたものは、さほど多くはなくて。
足りなかったのは最後の勇気だったのだなぁということが
片づけをしてみて気づいた点です。


結論を先延ばししてしまうこと。
なぁなぁのまま、なんの選択もせずに放置してしまうこと。
それがいいときも、あるのかもしれないけれど、そういう曖昧さが心にひっかかるのなら、
何らかの決断を自分でしたほうがいい。
誠実に、情熱をもって真摯に下した決断ならば、その小さな勇気が
ひとつのゆるぎない自信につながるのだと、
ちょっとづつため込んで、執着していたらしい不要な過去のできごとを、解放できた気がします。
捨てたものがすべてではなく、
残したいものはきちんと手元にあり、
大切な過去は、ちゃんと心にときめきを与えてくれるものなのだと、
扉を開けるたびに思う、9月の始まり。





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by patofsilverbush | 2017-09-01 15:10 | | Trackback | Comments(0)

ゴミではなくて、解放です!

息子の勉強のチェックと、学校バザーに出すものの製作の合間を縫って、
コンマリさんいわくの「片づけ祭り」を始めました♪

片づけには「日常の片づけ」と「祭りの片づけ」があり、
使ったものを元に戻すのが「日常の片づけ」なら、
ときめく物・手元に残して大切に使いたいものを残すために、
今「ときめかない」のに様々な理由で手元にある数々のものたちを
「一気に・完璧に・短期間で」自分の手元から「解放してあげる」のが、「祭りの片づけ」
という、コンマリさん特有のお片付け。

前回、片づけをしたときに大量の物を捨てたはずなのですが、
今思うと、
それは単に「いらないものを捨てた」だけだったんだなぁ、と
今、思う。
「まあ(ときめかないけど)、取っておくか・・・」と保留にしたものやら、
「(ときめくわけじゃないけど)捨てられはしない・・・」と
手放さないことに執着した自分がいる。
いろんなことの合間を縫っての作業ですが、今回は真剣に祭りに取り組もうと思っており、
そして真剣に取り組むと、やっぱり大量の「解放したいもの」が溢れてくることに、
唖然としております。


本当は集中してやりたい、
ような気もするのですが、
「ときめくか、ときめかないか」ということや
こんなに無駄遣いして~😢と自分の馬鹿さ加減をはっきり知ることや、
「なぜ、ときめかないのにこれが捨てられないのか」、その理由を自分にきちんと問い、
解放しようと!
と決めるのは、実はとても難しい、精神的にハードな作業。
だって、見て見ぬふりをして、無かったことにして、スルーしたいではないですか!
でも見て見ぬふりをしてしまうのなら、
それは「今までの自分と変わらない」ということを選択しているということです。
何かを変えたくて、この片づけに取り組んでいるのなら、
ちょっとハードでも、ここはがんばるところ。
あいまに手をとめて、落ち着いた気持ちを取り戻せるのは
深呼吸をするのと同じく効果的な気がします。


ずいぶん、過去に執着しているんだなぁと思う。
そんなつもりはなかったけれど、
過去に感じたことに執着しているから、ものが手放せない
というのが、私のパターンのようです。
そのことを自覚できたことで、一歩前進。


八月ももう半ば。
いったい、息子の宿題は終わるのか、やらない気なのか!?
そんなイライラと気をもむ時間も、夏休みとして楽しみつつ、
一人(片づけ)祭りを満喫しています(笑)。











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by patofsilverbush | 2017-08-17 11:02 | | Trackback | Comments(0)

祭りのために・・・?

きのうはどうやら「お日様が出ている!」お天気でしたので、
とにもかくにも布団干し。
夜中に、また雨が降ってきた・・・とぼんやり思った通り、
今朝はまたどしゃぶりの雨音で目が覚めました。
貴重な晴れ間、今夏は逃せませんね。梅雨明けしてからずっと梅雨空って。


個人的に不思議な話なのですが
(ほかの人にとっては まったく不思議でもなんでないのだけれど)
「友達に貸してるんだよな~」とこの数か月、ずっと思っていた、
近藤麻理恵さんの著書『人生がときめく片づけの魔法』を、
おととい、なんと本箱に発見しました。しかも もともとしまってあった場所に、ちゃんと。

この数か月の間、
どうしても再読したい!とか、片づけるのに必要!と思っていたわけではなくて、
ただ、本箱をあけるときにときどき、
「あ、あれは友達に貸してるんだっけ」と思っていただけなんですが、
とにかくずっと手元にないと思い込んでいたのです。
幾度も本箱の扉を開いて、
「何を読もうかな~」とぐるっと見渡していたにもかかわらず、
不思議なことに、まったく目に入らなかったのですね。
ばかばかしく聞こえるでしょうが、
発見した時は本当にきつねにつままれたような気分でした。


発見したついでに再読して、
なんだかまた、「片づけ祭り」がしたくなりました。
ちょっとまた、自分の中の転換期がやってきたようです。
とりあえず「すぐ捨てられる」ものはゴミ袋にもう躊躇なく放り込み(笑)、
少し気分がすっきりしました。
深呼吸して、心を調えたら、「祭り」開始するぞ~♪と今、ちょっとウキウキ気分。
たぶんそのために、見つかったのだと思います。


どんな部屋で、どんなふうに暮らしたいか。
今、何が好きなのか。
漠然と新しい風を感じていた最近、具体的にしっかり見つめていきたい。







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by patofsilverbush | 2017-08-14 14:00 | | Trackback | Comments(0)

ワードローブは自分自身

女性ファッション誌によくある、○着で1週間着回しコーディネート!みたいな記事。
“会議でプレゼン”も “クライアントにあいさつ回り”も 
“子供を預けて夫と思い出のレストランでディナー”もない、
あまりに自分とかけ離れたシチュエーションで展開される「1週間コーデ」ゆえ、
まったく参考にしない記事なのですが(苦笑)・・・


さきほど、たたんだ洗濯物を引き出しにしまう際、
早く着たいなぁ~なんて何の気なしに引っ張り出した長袖の服で、
思わず小1時間ほど、遊んでしまいましたよ、私的コーディネート♪
ちょっと涼しかったのと、邪魔する息子もすでにお出かけになられたのでね♪

別に1週間コーディネートを組んでみたわけではありませんが、
この暑い季節を過ぎたら着たいスカートとパンツ、シャツやコートを合わせてみて、
「うん、この組み合わせはイケル!可愛い!」などと自画自賛しつつ(←ここ、大事!)
気づいたらこの数着で、じゅうぶんコーディネートできるんじゃない?と。

スカート2枚とパンツが2本、
2枚の白シャツと、赤×ネイビーのチェックのシャツ
リブニットとボーダーカットソーが1枚ずつ。
確かにこれだけで、全然まったく問題なく、秋(と春)を過ごせそう。いや、過ごせます、間違いなく。
もちろんこれに、ニットやカーディガンを足したりするわけだけれど、
基本の服と言えば、これで十分なんだなぁ。


というわけで、にわかに「なくても大丈夫!」と思え、
サイズが合わないけど、履くかも?ないと困るかも?と思っていたデニムや、
くたびれて最近着ていないけど好きだったシャツなど数点、
引き出しから出すことに成功しました(笑)。


上記の「これで十分基本の服」以外にも、気に入っているシャツやTシャツもあるし、
他のスカートやワンピースだってある。
実際は○着コーディネートより、もっとたくさんの服が、
まだまだクローゼットにはある。
引き出しがらがらですよ!とまでは なかなかいかないけれど、
たぶん前より、手放せるものも増えてきたような気がします。

きっとそれは、服だけのことではなくて。
日々のいろんなことに、少しずつヒントをもらいながら、
自分がどんなふうに生活したいのか、何が「今」いることで、何が「今」必要でないことなのか、
ちょっとずつ、わかるようになってきたのかもしれません。


永遠に変わらないものも、あるけれど
状況や持てるもの、必要だと思うものは、常に変化するのです。
先々のことではなく、
「今」を、少しだけ、見られるようになったのかもしれません。

心の変化は目には見えない、自分自身でもなかなか感じ取れないことも多いけれど、
服の整理をすると、
やっぱりなんとなく、今の自分のことが見えてきて、そのたびに
「ワードローブは自分自身」というティム・ガンの言葉を思い出すのでした。









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by patofsilverbush | 2017-08-10 19:25 | | Trackback | Comments(0)

おいておくと・・・

何も気づかなかった目が、突然ひらいたかのように
それまで気がつかなかったことに 突然気づくようになる「時」がある__

夏目漱石の「こころ」の中に、そんな言葉がありますが、
誰でも同じように、
今まで気づかなかったことに、はたと気づくこと、
気づいてしまったら見過ごしにはできないことが、
あるのかもしれません。

ここ何年かかかってようやく、自分の中にある、いろんな感情の
おおもとの原因に突き当たっており、
それに伴って新たに、いろいろな感情が湧き上がっております。
怒りや悲しみも多く、
そんなふうに感じる自分がいやだなぁと思ったりもしましたが、
ああ、
事実を受け入れるための、プロセスの一環なんだなと思うと、
気が楽です。

というのも、本当のところでは、
怒りを感じてはいても、「許せない」感情ではないので。

「あったものを無かったことにはできない」ように、
傷ついたことを、なかったことにしようと思うのが間違いでした。
傷はついている。
その傷をつけた原因について、怒りや悲しみを覚えたとしても、
「ああ、傷がついてるわ、こんなところに」
と受け入れる過程の中の、怒りや悲しみなので、
まず、このマイナスな感情を受け入れないことには、
傷も治らない。

怒ってはいても、許している自分もいるのだと思えれば、
それほどマイナスな感情ではないという気もします。
混乱して、いろんな感情が混とんとしている中にある、
一時的な怒りなんだと知ること。


いつも自分の気持ちを分析しているわけではありませんが、
わからない、理解できないことは、
とりあえず置いておく。
放置してあるけれど、心のどこかにあるのは知っている、
という状態でいると、
いつか答えらしきものがわかる時が来る。しかも突然。
というのは、興味深いことです。






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by patofsilverbush | 2017-07-17 10:10 | | Trackback | Comments(0)

光・影

ちらほらと耳にしていた最近ですが、
今日は朝から聞こえます、蝉の声。

夏の日は偉人のごとくはでやかに今年もきしか空に大地に
                     中原中也


あらゆるものが、くっきりとした色彩でひかり輝く夏がやってきました。


神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々とした木陰は
私の後悔を宥めてくれる


などという、夏でさえ物憂く、寂しい、
倦怠や絶望と隣り合わせな感じの中也の詩は大好きですが、
はなやかな光を感じさせる、夏らしい明るさのあるこの句は、
毎年 「夏が来た!」と思うたびに心に蘇る、これまた大好きな一句です。
というのも、実は夏は苦手なので(笑)。
「偉人が来たわ!華やかだわ!」と思うことで、なんとか肯定的に、
この暑さを受け止めようと思う心の表れのような、気がしなくもない・・・。

思春期で心が不安定だったころ、
生活が夜型であったり、不規則であったりしたころ、
中原中也の詩は友達みたいなものでした。


息子の部活動で30分ほど早くなった起床時間。
家事は楽な方がいいと思っているので、
けっして「昔風の生活」にこだわっているわけではないのですが、
以前から気になっていたほうきでおそうじを、
最近取り入れています。
朝食をすまして 洗濯物を干し、お皿を洗ってふいて、
息子が出かけてからほうきで床をはく。
途中で地上波より30分早く始まるBSの朝ドラを見ながら基礎化粧。

8時30分には、なんとなく朝の家事も終わってしまい、
その間、騒々しいのは洗濯機の音くらいというのは、
なんだか朝の作業にはちょうどいい気がします。
朝から重たい掃除機を出してきて、コードを引っ張り出し、
騒々しい音をたてながら掃除をするのが、実はこのところ、ちょっと苦だったのです。

そんな生活に中原中也が入り込む余地はなく、
それは自分にとって、とても健やかなことなんだろうと思います。
怠惰で物憂い絶望に惹かれやすい性質の人は、
夜型になっちゃいけない!(笑)
ちょっと油断すれば、すぐにそんなものにふらふら惹かれてしまう質(たち)なので、
少しは自己コントロールできるようになってよかった。
年を重ねたことの恩恵ともいえます。



深い思想は夜中、静かに内省していると訪れるようにも思うけれど、
夜中じゃなくても、
静かな場所に、ひらめきはやってくるのですね。


規則正しい生活をしてごらん!などど、近所のおばちゃんよろしく、
中也青年に言ってみたい気もしますが、
光によりそう影のような詩をうたってくれる人は、
影の中にいる人にとって、必要なことでもあるのでした。










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by patofsilverbush | 2017-07-14 09:27 | | Trackback | Comments(0)

ビートルズがやってきた

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朝ドラ『ひよっこ』の劇中で、ビートルズが来日しましたね。

夫はずっとビートルズ好きですが、
わたしはドラマ『glee』の面々が歌って以来なので、
すごく最近、聞くようになりました。
(といっても、夫が車で流すのを、聞いているだけですが)
わたしにとっては劇中でgleeのキャストが歌っているのが
“ビートルズ”なのですが(ビートルズファンの方、いらしたらごめんなさい!)、
それでも、もともと好きな曲もあったり、
本家ビートルズを聞いているうちに 覚えて好きになった曲もあるので、
おお!ビートルズ来日か!
と、ムネオさんと同じように感慨深く、
来日を見守っています(笑)。


この曲を作ったとき、神さまが降臨したに違いない!
と思う、メッセージ性の強い歌もあって、
わたしの心の中で、何かはっと、
今、主のみ言葉を聞きました!(*個人的感想です)
という「気づき」体験をするとき、ビートルズの曲を聴いていた
ということも、幾度かあります。
歌詞にインスパイアされて湧き出る気づきなのか、
そのとき、自分に必要な祈りの答えを、神さまがくださっているのか
意見はあるかと思われますが、
わたしにとっては、それは祈りに対する、神さまの答えのような気がしています。



ある体験をする機会に恵まれた、
のだけれど、その体験を、自分は望んでいるのだろうか?
もっと端的に言ってしまえば、
それって必要な体験?どちらかといえば、不要では?
と思って、体験することを迷っていた数年前、
やはり車中で聴いていたビートルズの曲に、はっとしたことがありました。

それが必要なのか、不要なのか、
何を私が決めようとしているのだろう。
それがどんな経験になるのか、やってみなければ分からないというのに、
「わたしには不要」だと 決めつけようとしている愚かさ。
それが身になるのか、ならないのかは実のところ問題ではなくて、
そうやって世界を狭めようとしている、気持ちの頑なさに気づいたということなのです。

その体験をしたことが、今、結果的にどうであったかのか、
わたしははっきり「よかった」「素晴らしい体験であった」とは言えません。
それがあってもなくても、
たぶん気持ちは変わらないのだけれど、
宗教にある「洗礼」という儀式を、
形式ではなく、気持ちで語るとしたならば、
たぶん、私が主の洗礼を受けたのは、その瞬間だったのではないかと
今は思います。
自分ではかる、小さな思いや希望を超えて、
もっと大きな何かにゆだねること。

ビートルズが神や洗礼について歌っていたわけではないのだけれど、
I say Hello
と言われたあの瞬間の衝撃は、ちょっと忘れがたい。


愛がすべてだと、くちずさむ日。
あるがままでよい、と思う日。
こわがらないで、気持ちが変われば、すべてがうまくゆくよ、と鼓舞する日。
毎日の中で、小さく歌を繰り返して、
やっぱり愛がすべてだと思う、ビートルズ体験。
来日時のわくわくも体験できてよかったです♫












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by patofsilverbush | 2017-07-06 13:58 | | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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