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子供に願うこと

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by patofsilverbush | 2014-04-30 11:45 | 子育て

汝の隣人を愛せよ 3

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by patofsilverbush | 2014-04-29 14:02 | ferrbirds赤毛のアン

風薫る

田んぼに水がはられ、田植えが始まっています。

耕したばかりの田に、
虫をねらってか、
白鷺がたくさん舞いおりてきます。
農夫はその横で トラクターを使って田植え。

雉もたくさん見かけます。

今まで乾いていた土地に 水が満ち、
風景はとたんに水辺の国のよう。


昨夜は珍しく、少し遅くまで外出していましたが、
真っ暗な夜空、
田んぼの上に広がる、遮るもののない夜空に、
飛行船が浮かんでいました。

昼間はよく見かけるのですが、
夜も飛んでいるんですね。
光っていて、丸くて、
大きな空を漂うマンボウのよう。

ゆったり、
夜の遊覧飛行を楽しんでいました。
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by patofsilverbush | 2014-04-27 14:02 | 季節 | Trackback | Comments(0)

汝の隣人を愛せよ 2

さて、「自分を愛するように、汝の隣人を愛せよ」 の続きです。

まずは前半部分、何より、自分を愛すること という前提のもとに、
その一つの方法として、自分のコンプレックスを素直に認めて、好きになって、
もっともっと自分のことが好きになれたらいいですね。
ということを、アンの態度に絡めてみてゆきました。


そこで後半部分、隣人であるリンド夫人に 登場願いましょう。
リンド夫人は文字通りの隣人、同じ村の人で、しかもマリラの親しい友人でもあります。

世の中には本当にいろんな人がいます。
ちょっと苦手・・・くらいならまだしも、全然理解できない!あり得ない!信じられない!
と、しか思えない人に出会ったりもして、アンほどの勇気はないけれども、
心の中では同じように地団太踏んで 怒鳴りつけたいような体験をすることも、あるかもしれません。
わたしはありますよ(笑)。

そんな時に、相手のせいにして、
こんなことになったのは相手のせい、こんな風に振舞うのが普通じゃないの?
わたしのほうが正しくて、向こうが間違っている!こうしてもらいたい!
と、
相手を自分仕様に変えようと思うと、
相手にとっても自分にとっても、かなりの負担がかかりますね。
相手を変えようと ストレスフルな努力をするよりも、自分が変わった方が、ずっと話ははやいのです。
だって
この関係性を変えたいと感じているのは自分なのですから、
自分のほうから まず行動してみないとね。

では、どうやって自分を変えるの?

我慢する? いいえ、まさか。
相手にいちいち、ああしろこうしろと指摘する? いいえ。
まあ、そういう必要がある場合には、言うべきこともあるでしょうけれど、
わたしたちができるのは、本当は
相手のあるがままを受け入れることなのです。

あるがままの自分を愛しているから、
同じように あるがままの隣人を愛しなさい。

「愛しなさい」と言われると、好きでもない相手を 無理に好きにならなければいけないようですが、
この言葉の真意は、
相手を好きになりなさい 好きななれるように努力しなさい
ということではないのです。

嫌いなままで、苦手なままで、
あるいはいっそ、憎んだままでもいいのです。
そういう相手に対して、そういう感情を持ったままでもいいから、
好きな相手に対するように接しなさい
ということです。

相手を好きでなくても、
理解しようとすること、理解できなくても受け入れること、
尊重すること、許すこと、思いやりを持つことは、
自分でできる、自分を変える努力ではないでしょうか。
そしてそれは、キリスト者であろうと なになに教であろうと、特別な信仰がなくても、
人と関わってゆくときには必要な努力ではないでしょうか?


少し大人になったアンを描いたアン・シリーズ第2巻 『アンの青春』の中で、アンは
リンド夫人と仲の悪い、隣人のハリソン氏に、こんなことを言っています。

「ハリソンさんとリンドのおばさんが お互いに理解し合っていないから、
人を好きでないというのは、いつも原因はそこにあるのよ。
あたしも最初はおばさんが嫌いだったけど、おばさんの人柄がわかってからは、
好きになるように心掛けたのよ」
これに対してハリソンさんは、
「バナナをせっせと食べていれば好きになると言われて 食べ続けるのとはわけが違う。
努力して好きになる人もいるかもしれんが、わしはそうはいかんよ」
と答えます。

そう、「愛する」というと、心の底から湧き出してくる感情のようですが、
実は愛するには、時にかなりの努力や覚悟が必要な場合もあるのです。

そんなことまでしなくてもいいんじゃない?と思いますか?

愛するために、
相手と自分の存在を、ありのままに受け入れようとする努力
相手に対する敬意を深める努力
相手のために時間を取って、時間をかけて理解しようとする覚悟
正しいこと、相手の良さにも素直に心をひらき、従うことのできる謙虚さ、応える努力

「相手」の部分を、「子供」に置き換えてみると、
それはそのまま子育てにも通じてゆくことだし、
もちろん「夫」でも「苦手なあの人」でも「嫁・姑」でも同じこと。
世界中のあらゆる人が、お互いを大切にしあう視点で接することができれば、
この世界はもっともっと優しく、住みやすくなるのではないかしら。

批判や反発からは、ネガティブな感情しかうまれません。
好きでもない人のために、自分がネガティブになる必要もないのかな
とも思えます。


アンはおばさんと親しくなるにつれ、
おばさんのおせっかいの裏の親切心が わかったわけですよね。
おばさんのずけずけと正直に(笑)ものを言うところや、おせっかいを諫めて、変えてやろう
とするのではなく、
おばさんにも良いところがあると素直に認め、好きになる努力をしたわけです。
その結果、きっとアンは、
癇癪を起して爆発した時のアンよりも、
もっとおおらかに、人の欠点もそのまま受け止められる(好きではないにしても)
許容範囲の広い、器の大きな人に成長したのではないでしょうか。
相手を変えてやろうと戦うより、そのほうが自分にとってずっとプラスになることです。

すごくすごく 難しいことですけれども!
物理的な目標も大切ですが、精神的な目標というものを持っていると、
ぶれない自分になれるかもしれません。




隣人
という言葉には、もうひとつ意味がありますが、
続きはまたこの次に。
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by patofsilverbush | 2014-04-27 13:52 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

汝の隣人を愛せよ

free birds午後は『赤毛のアン』 9章。
物語の一番始めに登場した人物、おせっかいで 詮索好きなリンド夫人が、
グリーン・ゲイブルズに引き取られてきた、うわさの養女(アン)を見にやってくる章です。

家のまわりの 美しい森や果樹園や小径をぶらついて(たぶん空想にふけって)
楽しいひと時を過ごしてきたアンに向かって、
開口一番
「やせっぽちでなんて不器量なんだろう」 と声をあげるリンド夫人。なんて失礼!
自分が気にしている、そばかすや赤毛のことをずけずけと指摘されて、
激怒したアンは、夫人に向かって 足をふみならして怒りをぶつけます。
その剣幕におそれをなすリンド夫人と、
あやまらなければいけないと思いつつ、ついアンをかばってしまうマリラ。

この、アンの剣幕を想像すると、いまだに読むたびに吹き出してしまうのですが、
息子にこのシーンを(迫真の演技で!)読んで聞かせると、
「こわいからやめて~」と言います。
それほどのアンの剣幕です。


前章で、
生まれて初めて自分の居場所を得て、
空想の世界(個の世界)から 外の世界(他者と緊密に関わっていく世界)へと羽ばたき始めたアン。
赤ちゃんだった子が、ママやパパのいる家庭という小さな世界を離れて、
幼稚園や、学校へと少しずつ世界を広げてゆく・・・
そんな過程で、さまざまな人に出会うのと、同じような感じかしら。

わたしたちが暮らす、この社会には、
さまざまな年齢、性別、性格、暮らしぶりの人たちがいます。
気の合う人もいれば、どうにも苦手・・・な人も、はっきり言って大嫌い!という人もいるわけで、
仲良くなったり 腹を立てたり 傷ついたり 関わらないようにしてみたり 
あるいは喧嘩してみたり、
しながら、生活しているわけです。
他者と出逢うことで、さまざまな経験をし、自分の主観で人を判断するわけですが、
人の目を通して自分を見ることによって、
自己を認識したり、傷ついたり、コンプレックスを覚えたりもします。

アンのコンプレックスは、もちろん赤毛(とそばかす)ですね。
でも後にギルバートが言ってくれたように、
彼女の「ミルク色の肌と、灰緑色の目に温かみを添える」赤毛こそが、
アンをアンたらしめている、彼女の魅力なのです。

その人の特徴である部分は、外的なもの・性格的なものも含め、
その人の魅力であることが多いのだけれど、
当人はそのことに気がつかず、短所に思うことも多いのではないでしょうか。
だから人に指摘されたり、自分と同じような欠点?を相手に見せられると腹が立ちます。
自分のイヤなところに、子供が似ちゃった!なんて思ったり(笑)。
心理学では「投影」というらしいですよ。


人に何か言われて ネガティブな感情を抱くときは、多くの場合、
自分の方に その受け皿があることが多いものかもしれません。

自分は相手の言葉の 何を受けて、こんなに傷つき、あるいは腹が立ったのか?

相手のせいにしてしまうのは簡単だけれど、
ほんの少し、自分の気持ちに目をやってみると、
自分の傾向性が見えてきたりもします。
自分はこんなこと、気にしているんだ、とか
人の言葉をこんなふうに受け止めてしまう傾向があるんだな、とか。
あるいは、
自分は人に認めたもらいたいんだ、とか
自分のことを正当化したいだけだな、とか。いろいろ。

そんなふうに思う自分の感情を手放すほうが、
相手のせいにして腹を立てているより、ずっと建設的!

難しいことですが、
「赤毛の自分が好き!素敵だし、これが私の魅力!」と思えたとしたら、
アンもいちいち腹を立てなくてすんだり、相手にネガティブな感情を抱いたりすることもなくなるし、
なにより、
自分のことがもっともっと好きになるのではないかしら。

なんて、読み返してみてあらためて思いました。

自分のネガティブを認めて、手放すこと。
難しいし、
自分がそんなネガな人間でない と思いたかったり、
認めるのがこわかったり イヤだったり プライドが許さなかったりするけれど、
認めて、手放す努力をしながら、だんだんに、
今よりもずっとおおらかで、寛容で、器の大きい、
何からもネガな影響を受けない 自由な自分になれたらいいなぁ と、思います。

ちょっと長くなりましたので、
続きはまたこの次に。
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by patofsilverbush | 2014-04-26 10:35 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

歩き方

先日のfree birds
お越し下さり ありがとうございました。

道行く女性たちを眺めていると、年齢を問わず、
姿勢の悪い人が多いなぁと思います。
ハイヒールをはいているので 膝がまがったまま歩いている方、
猫背の方など、
姿勢が悪いと感じられる理由はいろいろあるかと思うのですが、
意外と気づかないのが、骨盤が寝ている方が多いということです。

ちょっと言葉では説明しづらいのですが、
腿の前側の付け根が、(おおげさに言えば) “く” の字になっている方が、たくさんいらっしゃいます。
尾てい骨を ぐっと下に下げる感じ、
おしりの、ほっぺたではなく、もっと下の方を、ぐっと締める感じ、
腿の付け根を伸ばす感じ、
にすると、骨盤がしっかりおきて、
腰回りのもたつき感がすっきりするのではないかと思います。
おしりがあとから付いてくるような、重たい印象もなくなり、
足も長く見えたりして!?

そうして、
自分の足が、足の付け根からではなく、
ウェストあたりからあるようにイメージして さっそうと歩いてみましょう!
足を前に出して歩くのではなく、
腰から前に出ていく感じ。
おしりの上にのっかっている(笑)重心、体重を、
背骨を通して 頭のてっぺんまでひきあげるようにイメージすれば、
背筋も美しく伸びるでしょう?


ついでに肩を下げて、首をすっと長く 伸ばしてみたら素敵です。
オードリー・ヘプバーンになったつもりで、軽やかに。
初夏のさわやかな、心躍る季節にふさわしく歩く自分を、楽しんでみましょう!
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by patofsilverbush | 2014-04-26 09:37 | freebirdsストレッチ | Trackback | Comments(0)

男の子でも女の子でもなくて

グリーンゲイブルズでは、
待ちもうけた男の子の代わりに 女の子がやってきてしまい、
マシュウもマリラも困惑しますが、
我が家ではその反対。
「おなかの中の赤ちゃんは男の子」 と判明した時の衝撃と困惑といったら・・・(笑)!

パートナー氏にはお兄さんがいますが、
わたしは三姉妹の長女。
バレエ教室にも男の子なんてほとんどいないし、学校も文系で女子の多いクラスだったので、
男の子にはなんの馴染みもなく、
当然のように、
自分に子供が生まれるとしたら、女の子だと思っていました。

が。
シックスセンス、いわゆる第六感というのでしょうか、
妊娠がわかった直後、
これはは男の子では・・・? という予感がしたのです。

でもね~ まさかわたしの子が男の子なんて ありえない、
と、その予感を打ち消しつつ つわり気をすごしていたのですが、
「男の子ですね」 と言われた時の、
え、やっぱり! と
え~、どうしよう 男の子なんて育てられない (←別に特別な理由はないのですがね) という、
ふたつの気持ちがないまぜになった困惑と衝撃は、よくおぼえています。
「がっかりした?」 とお医者様にも言われてしまいましたが、
そうです、がっかりしたのです(笑)。

実際に育てていてどうかと言えば、
男の子はやっぱり、女の私とは考え方も 行動パターンも全然違うので、
困惑すること・理解不能!なことも多々あり、
ずいぶん早い段階から、
「男は女とは まったく違う生き物だわ」 というあきらめがついて(笑)、
自分とリンクすることなく、息子の考えを尊重できる、というか、
あ、そう、じゃあ好きにしなさい
という心境になれたかもしれません。

そして男の子は、単純で、やっぱりママには甘くて優しい!
男の子でよかった! などと、
その素直な愛情表現にいやされるたびに 今では思ってます(笑)


女の子がいないし、それどころか子供は一人しかいないので、
性別の比較も、個性の違いもわかりませんが、
わたしは
男の子 である彼から学ぶことがたくさんあります。

男の子って・・・と、
呆れたり、感心したりしながら、
究極的には 男の子・女の子のくくりではなくなって、
「こういう個性を持った、この子が、家にやってきた」 という思いにもつながってゆくようです。

最終的には、
自分とは違う人間である と認めること、
その子の意思を尊重し、誰をもコントロールすることはできないと知ること、
が、育児・育自なのではないかな と。


女の子を育てることになるなんて、考えもしなかった、と思うマリラと同様、
男の子を育てることになるなんて、考えもしなかったけれど、

神さまはわたしたちに必要なものを、ちゃんと下さるんだなぁと
マシュウ・マリラと同様に思う、子育ての毎日です。
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by patofsilverbush | 2014-04-23 09:44 | 子育て | Trackback | Comments(0)

はらぺこあおむし

3年生では学校で、モンシロチョウの卵を観察するそうで、
卵から、芋虫になり、ちょうちょになって 窓から放すところまでを、
「お母さんのようなって」育てるのだそうです。

というわけでこの週末、息子が、
虫かごに入ったモンシロチョウの「赤ちゃん」を持って帰ってきました。
「赤ちゃん」がくっついている 葉っぱに巻きつけたティッシュペーパーが、
かわいてしまわないようにするためだそう。

何を隠そう、わたしも息子も、虫は大の苦手。
「ぼく、やりたくない~怖いからママやって」
ええ!そんな!

虫かごの中には葉っぱが一枚。
よ~く見ると、そこに何ミリですか?というような 黄色い「赤ちゃん」がふたつ、
くっついています。

しょうがないなぁ。まあ、まだそんなに動き回るわけじゃない、だいじょうぶか。
と、葉っぱを取りだして、ティッシュを濡らして、
さて2日目。
「あれ、葉っぱに穴があいてるよ」
赤ちゃんたちのまわりに、ちっちゃな穴がぽつぽつあいていました。
「赤ちゃんたちが食べたんじゃない?」
「うんちもしてる!」
そうそう、よく見ると、ちっちゃな黒いものも、くっついています。
まさに はらぺこあおむし!

「へ~」なんて、興味深そうにのぞきこんだ息子ちゃん。
生き物を可愛がるのは大好きな子ですが、
はたして いもむしへの母性本能は芽生えるのかしら?

楽しみです。

でもこれ、週末ごとに家に持ち帰ってくるのかしら・・・
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by patofsilverbush | 2014-04-21 11:10 | 子育て | Trackback | Comments(0)

はじめてのおこづかい

この春から3年生になったのを機に、息子におこづかいをあげることにしました。
3年生なので、月に300円。
イマドキの相場や、おこづかいをあげるタイミングも よく知りませんが、
足算・引き算・掛け算も習ったのでね。

本当は、きちんと理解してから、と思っていたのですが、
机の上でいくら数字を書いてみても、
数字に弱い(わたしに似ちゃって・・・涙)息子には いまいちピンとこない様子。
たとえば
千五十八を数字で書きなさい
という問題があったとすると、
千5十8
もしくは
158
と書くありさまで・・・・。

一の位から 万の位までの数字の並びも さっぱり理解しなかったので、
一円玉から諭吉さんまで、すべて!のお金を総動員して、
ようやく、そこに無くても、「位」というおうちはあるので、
おうちに入っていないときはゼロを書くのよ!ということを、理解したのでした。
(上の例では、1058の、ゼロのことですね)

学校ではね~、「理解してませんね」と言われるだけで、そのままなのでね。
足算から始まり、「ぴん!」と理解のスイッチが入るまでに時間のかかる、わが息子に、
わたしも四苦八苦です(しかも 算数きらいなのに・・・)。

というわけで、
あとは実際に使って覚えてもらった方が、はやいかなぁと。

昔と違って、近所に駄菓子屋さんもないので、
スーパーマーケットに一人で買いに行かせるのも、なんとなくイヤだなぁと思っていたのですが、
今年に入ってから少しずつ、教会の売店で練習させてもらって(笑)。

今月、はじめてのおこづかいをあげてみました。

「ドラえもんチップスの カード集めるんだ~」
と息子ちゃん 大喜び。
スーパーに一緒に買いに行き、
「80円(と消費税)だから、いくら出せば買えるかな?」
「100円出して、おつりをもらったでしょ?筆算して、あってるか計算してごらん」
と。
自分のお金なので、文句も言わずに計算します(笑)。

「初めてママに買ってもらった~。宝物~」
え、そんなに嬉しいんだ~!? ママも嬉しいよ。

お金を、
大切に使える人に なってもらいたいものです。
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by patofsilverbush | 2014-04-21 10:37 | 子育て | Trackback | Comments(0)

お洋服選び

お洋服を買うお店が、なんとなくいつも決まっている、
という方も、多いのではないでしょうか。
自分が好きなテイストであることはもちろん、
お店全体の雰囲気、ディスプレイの好みやショップスタッフさんの感じなど、
そのお店に足を運ぶ理由は いろいろあるかと思います。

わたしも、のぞくお店は、だいたいいつも同じ。
自分が好きなものを売っていて、買わなくても、見ているだけで楽しい♪
そしてなにより、スタッフの方が素敵です。

自分のお店のお洋服を、とってもかわいく、素敵に着こなしているし、
素材のことからサイズまで、実にいろいろと知っている!何を聞いても丁寧に教えてくださいます。
コーディネート例まであれこれと考えてくれたり、
本当におしゃれが大好きなんだな~と思う。

自分が見ていたものとまったく違うものをすすめて下さったりもして、
それがまた意外と「お!いい!」ということになったりして、
自分では考えもしなかった、新鮮なお洋服を買ってみることも、よくあります。
たよりがいあるコーディネーターでもあるのです。

勧められる服によっては、
へぇ、わたしって、こんな感じなんだ~・・・と、自分のことが新鮮に感じられたり、
それでも、
不思議なことに どのお店、どのスタッフの方にも共通して言われる雰囲気もあるようで、
へぇ、わたしって、そんな感じなんだ~・・・と
たぶんたいていの人が、わたしから受ける印象というようなものも、
なんとなく感じられて、
わたしっておもしろいなと思ったりもします。
自分では気がつかない、自分、というものを考えてみたりね。
 
お洋服選びは、
個人が極まるものでもあるのかもしれませんね。
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by patofsilverbush | 2014-04-20 15:32 | その他 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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