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王子様はもういらない?

『アナと雪の女王』を見ました。
美しい絵、ドキドキのストーリー、さすが大ヒット映画!!!
と言いたいところですが、
個人的には 毒にも薬にもならない話だなぁ というのが感想です。すみません。

エルサの魔法の力を、
隠すのではなく、
コントロールの仕方を訓練してあげれば、こんなことにはならなかったのでは・・・
つくづく、
あるがままでいいのにねぇ
と思い、
自分の力を恐れ、隠れて、隠して過ごさなければならなくなった
小さなエルサが可哀想でした。

親の責任は大きいと、改めて思います。

ところで、
少し前までは、
ヒロインを助けるのは当然のように王子様でしたが、
今やその王子様は悪役になり下がる時代なんですね!

シンデレラに代表される、ザ・女の子の夢!のようなディズニー映画ですが、
そういえばシンデレラも、別に王子様の手を借りて幸せになったわけではありませんでしたね。
幸せになるのに 男の手は必要ない、
アニメ界にもたくましいヒロインが目立つ昨今です。
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by patofsilverbush | 2014-07-19 15:29 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

夏休み日記

今日で学校もおしまい、
明日からは楽しいぃぃ~!夏休みです(ママなら分かるであろう、この気持ち!笑)

小さな小さな庭なのに、草の色が濃くなって、
すっかり夏の風情(つまり、草ぼうぼうな状態に・・・)。
たくさんの蝶々が 庭をひらひらと横切ってゆきますが、
なかでも美しいのは
黒地にエメラルド・グリーンの宝石をはめこんだような あおすじあげは です。
とんでくると嬉しくなり、しばし見とれてしまう。


小学校1年生の時から、毎年 息子に書かせている「夏休み日記」。
その名の通り、夏休み限定の日記で、
小学校6年間の、夏の記録になればいいなと、一冊のノートに毎年続けて記入させています。
今年も長野に長逗留になりそうで、
きっと去年と(おととしもか!)同じような内容になりそうな予感はしますが、
同じ場所へ出かけても、
書くことが少しずつ変わってくるのかしら、と楽しみです。

ここ数週間、急に、なんとなく、
もう小さい子ではないんだなぁ
と感じるようになりました。
草木や、小さな虫たちまで、あらゆる生物が生き生きとしたエネルギーを放つ、
夏。
子供だって同じことで、
学校生活から解放されて、
ちょうちょのように生き生きと、のびのびと、夏休みを楽しむことでしょう。
成長を、うまくサポートしてあげられるといいなと思っています。
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by patofsilverbush | 2014-07-18 09:30 | 子育て | Trackback | Comments(0)

マイ時間割

わたしの仕事場は自宅なので、
刺繍のオーダーーをいただいたときなど、
いつまでも集中して刺していたい日には、ついつい家事がほったらかし・・・
ということに。

というわけで、いつの頃からか、時間割を決めるようになりました。

朝の家事は、9時までに片付けること。
お茶の時間は、10時と3時(笑)。


洗濯物を干して、
息子を学校へ送り出してから、
朝食の後片付けと、水回りの掃除、布巾類のお洗濯(時々 煮沸消毒)
はたきと掃除機をかけて、
トイレ掃除、
リビング、キッチン、廊下などの雑巾がけをさっくり、
という一連の流れを、9時まで、と決めて片づけてゆきます。

始めは、床の雑巾がけまでなんて むりむり!
だったのですが、
一度 時間をかけて拭いてしまえば、
翌日からはそんなに汚れもたまらないので さっと拭くだけ、
めいいっぱいかかっていた時間も、ルーティンワークにしてしまえば、
慣れて効率もよくなり、9時どころか8時半には終わってしまうこともあり、
窓ふきまでいけるかなぁ
なんて考えている今日この頃です。

日課にしていることが終わってしまえば、
あとは当日したいこと・・・
布団干しとか、衣替えとか、買い物とか、
刺繍とか、free birdsの資料作りとか、
にとりかかります。


家事は、しようと思えばいくらでもすることがあるので、
つい、だらだらと時間がかかってしまったり、
頑張って掃除した翌日は くたびれて何もしたくない~ なんてことになってしまうので、
限られた時間を有効に使うためにも、
マイ時間割を作るのはよい方法です。
「することはしました~!」という達成感も 味わえますしね ^_^


なんとなく、時間の使い方にメリハリがないなぁと感じていらっしゃる方、
自分のできるところから少しずつ、
ぜひお試しあれ!
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by patofsilverbush | 2014-07-12 09:31 | 生活 | Trackback | Comments(0)

母の心をもらってる

以前にも書いた、佐藤初女さんのすばらしい言葉、
「母の心」

「受け入れる、見守る、育てる、耐える、赦す・・・」のが、
「母の心」

と 初女さんが書かれている言葉にジンときて、
それは一家のお母さんだけが頑張ることではなく、お母さんにだって、
母の心で見守ってもらう必要があるのだという言葉にも、うんうんとうなずきましたが、

ある日、
よく考えれば、大人であるパートナー氏からはもちろんのこと、
小学生の息子にも、
毎日母の心をもらっている自分に気がつきました。

こんなお母さん であるわたしを、お母さんだと受け入れてくれて、
日々の家事や仕事を 見守ってくれ、
わたしの「母の心」が育つように、そばにいてくれて、
理不尽なお説教にも黙って耐え(笑・・・いごとじゃないか)、
失敗しても 間違っても ゆるしてくれる・・・・

本当に、母であるはずのわたしよりも、
ずっとおおらかな心で、わたしを見ていてくれるのでした。

こっちが見守っているような気になっていたけれど、とんでもないことです。


もちろん、聖人君子のようなよくできた子供ではなく、
むしろ困ったな、と思うことの方が多いのですが、
その 困ったところも含め、それに対処しようとするわたしに 必要な経験を与えてくれる。
ああ、だからこの子は、わたしのところに来てくれたんだなぁ と、よく思う日々です。


神様は愛です。
神様は無限の、無条件の愛で、あなたを愛して下さっています。

ということを、
理屈をつけて 頭で理解しようとすることなしに、
ただ単純に、素直に、あっさりと信じられたのは、
息子の、
わたしに対する無条件の信頼や、愛情を、目の当たりにしたことが大きかったように感じます。
ああ、ただこんなふうに、神様の愛情を信じればいいんだなぁ・・・って。


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大人が、理性や理屈や知識で納得しようと悪戦苦闘することを、
こどもは感性のまま、あっさりとその壁を越えていくんですよね。
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by patofsilverbush | 2014-07-07 08:48 | 子育て | Trackback | Comments(0)

お福分け

ちょうど あたしたちが柳風荘の庭の門をはいったとき、
あたしは小径のすぐそばの クローバーの小さな草むらに気がつきました。

ある衝動に駆られて あたしは身をかがめて よくよく見ました。

信じられて、ギルバート?
あたしのすぐ目の前に、
四つ葉のクローバーが三つもあったのよ!
これ以上にすばらしい前兆が あるでしょうか?


                                 『アンの幸福』より


わたしの唯一の特技は、四つ葉のクローバーを見つけること。

子供の頃は いちいち摘み取っては本に挟んでいましたが、
きりがないので
(今でも、昔の四つ葉が挟まっている本もあります(笑)。読みづらいことこの上なし!)
最近は心にとどめておくだけになりましたが、
これは写真にパチリ。

みなさまにも、
“すばらしい前兆”を お届けいたします!




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by patofsilverbush | 2014-07-07 08:23 | 生活 | Trackback | Comments(0)

声に出すこと(第10章・おまけ)

free birdsで『赤毛のアン』を読むときは、来て下さった方に、ご一緒にテキストを読んでいただいています。

テキストと言っても、わたしがワープロでざくっと打った、『赤毛のアン』の簡易版ですが、
細かいことは省略してはいても、
物語の雰囲気、話の流れは感じていただけるのではと思います。
わざわざ本を買うのは、読み切れるかわからないし・・・
と思う方がいらっしゃるかも?と思い、テキストをご用意していますが、
参加して下さる方は
アン大好き!な方や、
おもしろそうだから、買って読んでみたら、おもしろかった!という、素晴らしい方ばかり(笑)。
ありがとうございます。


このテキストを、役を決めて、声に出して、読んでいただいています。


「この場面の登場人物は、アンとマリラとリンド夫人。どの人になってみたいですか?」
「うーん、じゃあ今日はアンにする」
「リンド夫人、読んでみたいかな」

などと言いながら、それぞれの役を決めます。

初めていらっしゃる方に、
「読んでください」とお願いすると、
一瞬
「え」
とびっくりされる方が多いです。

なつかしい国語の授業みたいな印象を受け、ちょっと緊張されるようですが、
もちろん、漢字がちゃんと読めるか 確かめたいわけではありませんのでご安心を(笑)。

その人物になりきって、気持を推察してほしいわけでもなくて、
単純に、
声を出すウォーミングアップのつもりです。


当時の生活の様子や宗教観、風習など、解説したりはするのですが、
この場面、どう思う?自分の生活の中で、こんなことはないかしら?
と思った時に、
気持を声に出す習慣のない方は、なかなか言葉が出ないことも、
あるのではないかしらと思うのです。

上手に説明する必要もないし、いっけん、物語とは関係ないようなんだけれど、
そのとき思い出した・思いついた、
ごく個人的な心のことを、話して下さるための 声を出す前準備は、大切かな。
いきなり全力疾走も マラソンも 白鳥の湖をおどることも できませんからね。


日常の中で、
自分の気持ちを押さえつけてしまったり、
相手にうまく伝わらない、どうせわかってもらえない、と
あきらめて黙ってしまうことも、あったりしますが、
つたなくても、相手に伝えようと言葉にしてみるのも、ときに大切なことです。
察してくれないと相手を責めて、察しのいい人になってもらおうとするより、
伝えようと自分がしてみることの方が、ずっと簡単。


この9章と10章は、アンのドラマチックなセリフが飛び出す、
音読するのがおもしろい章です。

怒りを思いっきりぶつけて怒鳴り散らすセリフ(足を踏みならすパフォーマンス付きです!)。

自分をコーデリアと呼んでくれと、
シェークスピア劇に登場する、お姫様の名前を持ち出したアンらしい、
シェークスピア劇さながらのお詫びのセリフ。

もしご自分で本を読む機会がありましたら、ぜひ、声に出して、
「迫真の演技」で 読んでみてください。楽しいですよ(笑)。



おまけのおまけですが、
アンに謝ってもらったリンド夫人。
「これで礼儀正しくすることを覚えたでしょう、以後、気をつけなさい」
なんてことを言わずに、
「わたしにも悪いところがあったんだからね」
と、こちらも自分の非をさっぱりと認め、アンの無礼も気持よく許してくれます。

子供相手だと、つい、上から目線で「言うことを聞くのが当り前」なんて態度を取ってしまったり、
まして自分のことは棚に上げてしまいがちですが、
リンド夫人の このさっぱり感、見習いたいものだと思いました。
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by patofsilverbush | 2014-07-03 09:38 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

子育て支援に思うこと(第10章・その4)

子育て支援、と聞いて、まず思い浮かべるのは、
「待機児童を無くす」
という言葉ではないでしょうか?

女性の社会進出も、男女平等の精神も それはそれは大切だし、
外に出て、働いて、自分の可能性をためしたいという気持ちは、
男女問わず持っている、向上心。
それを阻むことはできないことです。

一方で、男女平等ではあるけれど、
男女の違いはそのまま認めるべきでは?という思いが、わたしの中には強くあります。
女性がどんなに力仕事をしたって、どうしても男性の方が力があるのは、ごく当たり前のことです。
集中すると他のことは目に入らなくなってしまう男性に比べ、
周りの状況をきちんと把握し、さまざまなことが一度にこなせるのも、女性ならではの能力です。
(まあ、一般的にね)
どちらが優れているというわけではなく、違いがある、ただそれだけのこと。

そういう社会的な動きの中で、
「“お母さん”という役割が、すごく軽く見られている!」というのが、
free birdsで出た意見でもありました。

社会で働くために、子供を預ける。
そのための場所を増やす。

それが本当に、子育てなのでしょうか?

専業主婦のわたしでも、子供とガッツリ向き合うのは、それはそれは大変なことです。
だから 向き合いきれていない自覚もあります。とほほ。
子供が学校や、外の社会の中で日々 抱えてくるものに気がつくのは、容易なことではありません。
気持ちの変化、体調の変化。
子供が出すサインは、とても小さなものなのです。
毎日の子供の様子をよく知っていないと、違いがわからないくらいに、微妙なサイン。
それを見逃さず、キャッチしてあげられるのは、
観察眼にすぐれ、状況を把握し、コミュニケーション能力のより高い女性である、
お母さん なのだと思うのです。

「仕事と子育て、両立できています」と言った 女性の国会議員がいましたが、
預けられる状況や環境が整っていて、まわりのサポートがあって、
初めて可能になる「両立」。
あなた自身が「両立」しているわけではないでしょう、というのが、正直な気持ちです。

一人の赤ちゃんを、自立し、自律した、愛情深い大人に育てる
ということが、子育てです。
産んで終わり、ではないし、食べるものがあれば、事故がないように見てくれている人があれば、
すくすくと何の問題もなく育っていくわけがないのです。

仕事をせざるを得ない方も、仕事が大好きという方も、
いろいろな方がいらっしゃって、
仕事をしている女性が全員、子育てをないがしろにしているとは思えません。
けれど、「社会的な仕事」と「プライベートな家族のこと」とを秤にかけたとき、
責任感のある大人として、社会的な責務を果たそうとなれば、
後回しになるのは家庭のことになってしまうのは、ごく普通のことなのではないでしょうか?

子供たちが欲しいのは、寄り添ってくれる家族です。
自分を世界でたったひとつの宝物だと思ってくれる家族。
安心して 心をほどくことのできる家庭。
「なんでも安心して話せるお母さん」に
「その時」「今」 話したい、気付いてほしいことを抱えている、生きた一人の人間です。
大人よりももっともっと未熟で、不器用で、まっすぐだから、
「その時」を何度も逃してしまえば、「次の機会」をくれなくなり、心を閉ざしてしまうこともあるのです。

女性が社会進出するために、待機児童をゼロにする。

子育て支援 と言いながらも、
それは大人目線の、大人の都合による支援ではないかと感じられます。
主役である子供を置き去りにした、大人のための支援です。


アンとマリラが帰ってゆく道すがら、
グリーン・ゲイブルズの家の灯りがちらちら またたいているのが、夕闇の木の間がくれに見え、
アンは突然、マリラと手をつなぎます。
あたたかな家庭を思わせる、モンゴメリがよく描く光景。
手をつながれたマリラをおそった、母親らしい、甘やかな、圧倒的に幸福な気持ち、
子供と手をつないだことのある方なら、よくわかると思います。

あれがわたしの居場所。大好きなわたしの家。
そこに、わたしを待っている人がいて、一緒に帰っていく人がいるのよ。
という喜びや安心感が
アンの楽しげなおしゃべりの中に感じられます。

家庭ってなんだろう?

「お母さん」という役割について、
大切なものですよ という政治家がひとりもいないのは、
女性として、
そして子供たちにとって、
非常に残念なことです。
ましてやハラスメントな気持ちをもって、自分の発言に責任も持てない政治家が
澄ました顔をして支援法案を議論していることは、茶番でしかないではありませんか。
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by patofsilverbush | 2014-07-02 09:20 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

心のおそうじ(第10章・その3)

みなさんの心は、どんなふうですか?
アン・シリーズの中で、魂を花に例える場面が出てくるのですが
(ダイアナなら赤いバラ、アンなら芯に紫の筋が入った白すみれ、というように)、
自分の心はどんなだろうと想像してみると、意外と何も思いつかなったりするかもしれません。

たとえば、
美しい室内を想像する方。
自分好みの家具や、飾り付けがなされ、自分にとってとても落ち着く空間です。

または、
ある風景かもしれないですね。
広い広い 原っぱ?
森の中?
目の前に海が広がっている?
具体的な場所をおもいうかべる方も、いるかもしれません。
私の心は いつもハワイ、とか。プリンス・エドワード島とか(笑)。
とにかく、自分にとって 完璧で、欠けるところのなく、
不必要なもの・好きでないなぁと思うものがいっさい無く、美しい
という心の状態を、想像してみてください。

わたしは、まるいガラスのたまをイメージします。
ガラスかな、水晶かな、わかりませんが、とにかく透明です。
その時々で、空を映してブルーになったり、
花や緑を見て朱が混じったり、ピンクだったりと、さまざまな色に変化はするのですが、
球体の本体は、いつも透明です。

ただ、なにか日々の中で心がモヤモヤすることがあると、
透明なものに曇りが生じます。
できれば磨いて、綺麗な透明を維持したい。

でもこの小さなお掃除が、意外とめんどくさかったりするのです。
このモヤモヤ、なにかしら?
拭き取ろうにも、なかなか綺麗にならない時もあるし、
拭き取って綺麗にしたつもりでも、シミが残っていたり。

お家の中のお掃除を思い浮かべれば、ああ!と思うことですが、
「これはいるのか?いらないのか?今は決められない。
好きじゃないけどもったいないから取っておく?
いつか何かに使えるかも!」というものを、
とりあえず置いておけば、そのうち部屋はそういう雑多なものでいっぱいになってしまうし、
見たくないからクロゼットにしまってしまえば、そのうちクロゼットがぎゅうぎゅうになってしまうし、
雑多なものも、クロゼットにしまいこんでいたものも、
いつしか自分にも正体不明なものが たまってしまっている状態に。
きれいに片付いているように見える部屋も、「その押し入れは開けないで~!!!!」なんてね。

だから捨てようと、ある日 意を決するわけなのですが、
捨てる・捨てないの選別作業がまた大変でねぇ。
それと同じことを、心の中でもしなくちゃいけないと思うのです。

要らないものを手放せば、心はどんどん軽くなる。
でも、要らないかどうか選別するためには、そのことを見なくちゃいけないからね。

攻撃的な態度の裏には、悲しみや痛みがかくれていたり、
笑っているけど 傷ついて悲しい、とか
人のせいにしてしまうのは、自分に自信がないからだったり・・・・いろいろ。

自分の感情の裏まで見通すのは、なかなか大変だし、時間もかかるし、認めるのも時間がかかります。
そして、それをやらない人も多いなぁと、感じもします。

時間がかかっても いいの。
納得しないまま、捨てたり、忘れてしまったりすると、
結局、自分と言う人は何も変わらず、成長しないからね。
余談ですが、それが日本人の体質なのかなぁという気も、していて。
だってそんなことわざ、いっぱいありますもんね。
臭いものには蓋をして、見て見ぬふり!長いものに巻かれて、藪からへびをつつき出さない!
それってどうなの?


「謝って、ゆるされるって、ほっとして気が楽になるわね」
とアンは言っていますが、謝ること、モヤモヤを手放すことは、
相手のためであるというより、自分のためであることの方が、大きい。
自分の中の ネガティブな感情を 手放すということです。
相手がそれをどう受け取るか、その方の事情・感情もあるわけだから、
まるく収まらない場合もあるかもしれないのだけれど、
そこはもう、相手の方の問題だと割り切ることも、大切です。

心がきれい
なんて、日常生活であんまり言わない言葉だし、
「いい人だわ」ということはあっても、「あの人、心がきれいね」とは、
なかなか言わないかもしれません。
でも、自分の心の中を綺麗にしておくことって、とてもとても大事だし、
それは本当に、誰かに褒められたり、認められたり、「いい人」と思ってもらうためではなく、
自分のために、大切なことだなあと思います。
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by patofsilverbush | 2014-07-01 09:36 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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