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休日気分

d0314849_08485596.jpgおとといは冷たい冷たい雨でしたが、きのうは打って変わって小春日和に。
このところ、人に会う予定が詰まっていましたが、
きのうは誰とも、何の約束もなく、久しぶりに休日気分でした。
もちろん、自分が好き好んで誰かと約束するわけで、
お会いするのはとても楽しみだし、楽しいひと時を過ごすわけですが、
元来が一人でいることの好きな性質なので、
「今日は何の予定もない!」という開放感は、こたえられません。
誰かとの時間と、一人の時間との、バランスということかしら。
どちらも大切。

朝の家事を済ませて、布団を干して、さっぱりした気分で手紙を書き、
ポストに出しに行きながら近所を散歩してきました。

我が家のはなみずきも、ようやく美しい色に染まりましたが、公園に続く遊歩道も、
すっかり晩秋の彩りです。
落ちている桜の葉っぱの、美しいこと!
一枚一枚、かがみこんだり しゃがんだりしながら観察したりして、
怪しさ全開です(笑)。




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木々を見上げて歩くのも楽しいのですが、秋の楽しさは、地面にあるのではないかしら。
どんぐりはじめ、なかなか見たことのない実がたくさん落ちていて楽しいし、
黄色の落ち葉を敷き詰めた道は、黄金の宮殿のようです。

移り変わってゆく日々の、その一瞬一瞬を、心から楽しみたいですね。

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by patofsilverbush | 2014-11-28 09:06 | 生活 | Trackback | Comments(0)

年齢

20代後半か、30代前半のころ、読んだ小説に、
「自分の若さや美しさが、年とともに次第に失われてゆく」ことに対する、
どうしようもないまでの恐怖を抱く女性が出てきました。
なんの小説だったのかは まったく覚えていないのですが、
当時 まだまだ若かったわたしは、なんとなくそのことに共感したのを覚えています。

だいぶん年を経て、40代に突入した今となっては、
その恐怖感はよくわからないものとなりました。
年を重ねても素敵なお手本が、今はたくさんいらっしゃいますしね。


着ていた服が、ある日 突然似合わなくなったり、
お店にディスプレイされている服が、「好み~!だけど、これはもう着られないな」
と思うようになって、
だんだん今のワードローブに落ち着いてきたけれど、
年を重ねると言うことは、けっして残念なことではなくて、
あたらしい何かが似合うようになるという楽しみも あるということです。

たぶんこの先も一緒ですね。
今のワードローブがうまく着こなせなくなって、その時の自分を再発見する、
ということの繰り返し。
いつまでも若々しく、あの頃と、同じような服装をしています
というのは、すごいようだけれど、
実はちょっとつまらないかも。

いわさきちひろさんの、こんな言葉を読んだことがあります。

若い時、
わたしは 自分勝手でわがままだったり、
人に対しての思いやりがなかったり、
したでしょう。
だからわたしは、
リボンが似合うような年ごろのあのころには、もう戻りたいとは思いません。


手元に本がないので、正確な言葉ではなく申し訳ないのですが、
だいたい こんなような感じの言葉。


素肌が綺麗で、しなやかな身体や、はじけるような活発さや、
どんな服でも臆面もなく着こなしてしまえるような勢いや・・・
そういうものは無くなっていゆくかもしれないけれど、
そのかわりに身に着くものがたくさんあって、
目には見えないようなそれらのもは、
でも 確実に人の外見までも変えてしまうものでもあります。

お洒落をしていても、なんだか意地悪そうな顔つきの人もいるように。


その年齢にふさわしいお洒落を探し続けたり、
その時その時の感性にぴったりくるセンスを磨くのも、とても楽しいことですが、
それは「今の状態を維持する」というより、
「新しいものにオープンマインドでいる」ことでありたいかな。


いくつであっても、
やわらかで包容力のある、快活な可愛らしい人になりたいものです。
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by patofsilverbush | 2014-11-26 09:47 | 生活 | Trackback | Comments(0)

『カーズ』

好きな映画は、繰り返し何度も見てしまう方ですが、
人生で一番何度も見た!と断言できるのは、
『カーズ』 ディズニー・ピクサーの アニメーション映画です。

男の子はだいたい、“車派”か“電車派”かに分かれるようですが、
むすこは断然、車派。たぶん、初めての愛読書は、中古車情報誌であったと思われます。
だからもちろん『カーズ』も大好き!
一番はまっていた当時は、毎日毎日!午前と午後!一日に二回も付き合わされる羽目に・・・。
自分が好きで観たい、というよりも、
強制的に何度も見せられた結果の、
人生で一番観た映画、というわけです。

息子としては、
ディズニー史上最大の失敗作!
などと言われた、『カーズ2』も大好きで、むしろ2の方が好きらしいのですが、
わたしはやっぱり1が好き。

ストーリーはけっこうオーソドックスで、
私の大好きなマイケル・J・フォックス主演の『ドク・ハリウッド』に、ちょっと似ています。

颯爽とカーレース界に躍り出て、勝ち星を重ねてきた、ルーキーのライントニング・マックイーン。
今シーズンの優勝カップを勝ち取るべく、
自信と高慢に溢れた彼が、ふとしたアクシデントで迷い込んでしまったのが、
さびれた田舎町。
しばしの滞在を余儀なくされたマックイーンは、
世界的に有名な自分のことなど 全く知らないような田舎者たちを相手に、
日々いらいらしっぱなし。
でもその数日間に、彼は自分にとって必要なこと、
見ようとも、耳を傾けようともしていなかった、自分には欠けていた何かに、
気づいてゆくのです・・・

自分勝手で、チーム・クルーの名前すら覚えていない、
人のために何かしてあげようなんて思いもしなかったマックイーンが、
自分にできることは何か考えること、
自分以外の誰かを、喜ばせることの楽しさ、
時にはのんびりと、心から楽しんで気ままにドライブすること・・・を通して、
「スピード」や「お金」や「名声」だけでは得られない、
人生の豊かさを知ってゆきます。

車の映画かぁ。毎日観るのか!?
なんて思っていましたが、繰り返し見ているうちに、マックイーンが大好きになりました。
最近は派手派手なアクション満載の2ばかり、息子が観ているのですが、
先日、久しぶりに1を観たら、
映画序盤のマックイーンの、そのイヤな奴っぷりがまたおもしろかった(笑)。
あ~、あの頃はこんな奴だったよね、マックイーンって。
と、まるで懐かしい友達に再会したみたいな気分。

このお話の本当の魅力に気づくには、ひょっとしたら子供では、まだ早いのかもしれない。
何度も繰り返し見てしまう映画には、
その時には分からなかったことに、時を経て気づくことが、たくさんありますね。
息子がもっと大人になった時に、
かっこいい車や、レースの結果やアクションの迫力だけではなく、
しみじみ、いい話だね。
と思うように、なるのかな。

単純だけど、楽しい、
観終わった後で「よかった!」とハッピーになれるような、映画です。
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by patofsilverbush | 2014-11-22 11:03 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

布ナプキン

子供が生まれてから、とても変わったなぁ!と思うことは、
子供の心身のだけでなく、自分の心身にも、気を配るようになったということです。

大人二人だけの生活では、
外食したり、夜更かししたり、適当に暮らしていましたが、
小さな赤ちゃんを見るとねぇ。
きちんとしたものを食べさせたいとか、規則正しく生活のリズムを整えたいとか、
大人生活では、あえてやってみようとも思わなかった、
それはそれは健康的な生活が手に入ったわけです(笑)。

身体は食べた物でできているし、
朝起きて、夜は眠って、
おもしろいことがあれば一緒に笑い、
悲しいときは泣いたり、慰めを必要としていたりする・・・
という、ごく単純なことをが、子供の小さな身体を見ていると、素直に感じられます。

もちろん、大人だって一緒なんですよね。

というわけで、あるときから、布ナプキンを使い始めました。
存在自体は知っていても、
なんだかめんどくさそう!とか、本当に大丈夫かしら?と
使うのを躊躇されている方も、いらっしゃるのではないかしら?
わたしもそうでした。

外で仕事をしていないということも、あるかもしれませんが、
使ってみたら、手洗いということも たいしてめんどうもなく、
何がいいって、あったかいのが一番いい!
それはそうですよね、ショーツ以外にも布を重ねているのですから、
重ね着と同じってことですよね。

最近はやりの冷え取り、
靴下を4枚重ねてはいたりしますが、
実は布ナプキンを使うのが、一番の冷え取り なんだそうです。

生理痛はあるし、どんなに優秀なナプキンが開発されようとも、
「快適です」とは言えない生理現象。
でも布ナプキンを使い始めてから、毎月やってくるのが、イヤではなくなりました。
なんとなく布ナプを使うのが楽しくて、
なにより、
自分の身体をいたわってるね!という安心感が、自己満足なのかもしれませんが、
ほっとする理由かもしれません。

生理時だけでなく、ふだんにも、おりもの用のパッドをショーツに重ねて使っていますが、
やっぱりあったかい。
時々、市販のシートやナプキンを使うと、すーすーします(笑)。
身体の冷えが気になる方、おしりの重ね着、試してみてはいかがでしょうか?
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by patofsilverbush | 2014-11-20 09:38 | 生活 | Trackback | Comments(0)

ヒーダボーの練習

目の細かな麻布があるので、
最近はヒーダボーの練習に余念がありません。

織糸を抜いてレースのようにかがっていゆくドロンワークともまた違う、
細い織糸で緊密におられた布をカットして、
カットしたふちをかがり、
開けた穴に刺繍糸をわたしてレースを編むように糸を編んでゆく技法です。

ドロンワークとは違った繊細さがあり、
とってもきれい!

お馴染のステッチで簡単なワンポイント刺繍を刺すのも、
楽しくて大好きですが、
時間がたっぷりあるときは、
こんなふうに 入り組んだテクニックや、
新しいステッチをたくさんいれて、凝った刺繍を練習するのもまた楽しい。

買おうと思うととても高価な カットワーク刺繍の作品ですが、
あんまり上手じゃないけど、自分で作れるなぁと思うと、なんだか楽しいです。


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by patofsilverbush | 2014-11-19 13:09 | 生活 | Trackback | Comments(0)

プレゼンス

先日、小学校の旗ふり当番がまわってきました。
通学路に、黄色い旗を持って立ち、道路を横切る子供たちの安全を見守るという、
あれです。
三か月に一回くらいのペースでまわってきます。

あいさつは不思議ですね。
なんとなく、元気になれる。
入学当時、なかなか一人で学校へ行かれなかった息子と、かなり長いこと一緒に登校しましたが、
学年に関係なく、
朝、学校近くまで送っていくというお母さんやお父さんも、結構いたりして、
顔なじみになり、
「おはようございます」とあいさつするだけで、
ちょっと元気をもらえて、
わたしも学校というものに馴染んでいったような気がします。

さて、旗振り登板・・・じゃなくて、当番。
(つい野球用語に変換してしまいましたが、まさしく登板かもね)
子供たちの登校時間に合わせて、約30分ほど、通学路に立ち、
子供たちにあいさつしながら、車に気を配ります。
私の担当する場所は、あまり交通量は多くはないので、
ちょっと気を配りつつも、あいさつメインかも。

声をかけると、あいさつを返してくれる子、
自分の方からあいさつしてくれる子、
大きな声の子、小さな声の子、
顔を見てくれる子も、恥ずかしくてそっぽを向きながらあいさつしてくれる子も、
いろ~んな子がいて。
もちろん、ジョギングやウォーキングをしてる方、犬の散歩の方にもご挨拶して、
めんどくさいものの、やってしまえばなんとも清々しい気分になるものなのですが、

立っている私の姿が見えないように、
あいさつしている声も聴こえないかのように、
見事にスルーしてゆく子も、何人かはいます。
あまりの見事なスルーっぷりに、「私は透明人間か!?」と思うくらい。
他人だし、知らない人だから、自分には関係ないと思うのかな。
恥ずかしくてあいさつできない子や、ちらっと顔を見るけど、目をそらしちゃう。
そんな子の気配や仕草は、可愛く思えるのですが、
正直言って、誰かが自分に向けてあいさつしている言葉を
まったく無視できる、ということ、
わたしにはよく理解できません。

当番になった保護者の方の中には、
あいさつしない子には、顔を覗き込んで、しつこくあいさつしちゃう!
というツワモノもいますが(笑)、
親の目が無いところで、自分の子供がどんなふうな態度で 人と接しているのか、
いろんな子を見るにつけ、ちょっと心配になり、気になるところではあります。


子供世界に限ったことではなくて、
駅やスーパーや公園など、たまたまその場に居合わせた人との、
ちょっとした挨拶ややりとり、思いやりや、心づかいが、
その日の気分をあげてくれることもあるし、
反対に、
知らんぷりすること、心づかいのなさにがっかりしたり、悲しくなったりすることも、
よくあることですね。

サッカー選手が、見ていないはずのにチームメイトにもパスを出せるのは、
ピッチのどこに、誰がいるのか、
その存在をいつも気にかけているからではないでしょうか。
困った時にパスを出せる誰かがいること、
自分がパスの受け手になる時もあるでしょう。
自分以外の誰かの、存在そのものを、いつも心にかけ、感じ取っていること。

好き・嫌いとか、
知りあいか・そうじゃないか
とかは別として、
それとももういっそ、親切にする・しないということもさておき、
世界には、自分以外にも人はいる
ということは、最低限、心にとめて生活したいなぁ、と思います。
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by patofsilverbush | 2014-11-19 09:55 | 生活 | Trackback | Comments(0)

家事はお嫌い?

先日、地域新聞に
「主婦の対談」みたいな小さな記事が載っていました。
まだ小さなお子さんがいる専業主婦の方お二人の対談形式の記事で、
「家事は嫌いだけれど、
子供が小さいうちは、家にいたい。
家にいられる時間を利用して、
子供が手を離れたとき、外で働くために、自分のスキルアップに毎日を使っています」
というようなことを、
2人ともおっしゃっていて。

ああ、家事はお嫌いですか・・・
と、少々がっかりしたのでした。

家事はね、面倒くさいよね。
お金もらえるわけじゃないし、評価もしてもらえないし。
私だって、毎日のご飯作り、めんどくさいですもん(笑)。

それでも、家事は大好きです。
外で働こうが、家の中で働こうが、「やるべきことがある」状態は、同じだとおもうのですがね。

家族も自分も、心地よく暮らせる空間を整える、
家事という仕事、
私は本当に大好きです。

なんとなく、ちょっと書いてみましたが、
女性なら多かれ少なかれ、やらねばならない家事というもの、
みなさんはやっぱり、お嫌いですか?
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by patofsilverbush | 2014-11-18 09:42 | 生活 | Trackback | Comments(0)

小鳥ちゃん2

夏の間、気分だけでも涼やかな葉影を落としてくれた、我が家のグリーンカーテン。

ふうせんかずらの葉は小さいので、すごく日陰になるわけではないのですが、
この繊細さと、ちいさな風船がたくさんできるのが可愛らしくて、
あまり日陰にならない・・・と思いつつも、毎年ふうせんかずらを植えてしまいます。
ゴーやもちょっと苦手で、食べられないしね。

そのカーテンも、さすがにうら寂しく、「ぶらさがっている」感が強まってきて、
寒々しい風情になってしまい、
撤去しなければ!
と思いつつ、2週間ほどたってしまいました。

原因は、先日の小鳥ちゃん、じょうびたきです。
彼女、どうやらこのカーテンがお気に召したらしくて、午前中の早い時間に、
よく遊びに来てはこのカーテンにとまったりしているのですよ。

四十雀や目白や、いろんな鳥が庭にやってきますが、
こんな窓辺近くまでやってくるのは彼女だけ。
カーテンの内側にいると、外からはちょっと見えないようで、安心なのかもしれません。

む~ん。枯れるまで、下げておくべきか?

毎日来るわけではない彼女がやってくるたびに、
ほっこり和みつつも、撤去のタイミングを見計らう今日この頃です。


今朝は茶トラの太った猫ちゃんが、
ゆったりと庭を お散歩ペースで横切っていきました。
みんな気持ちよく、穏やかな一日が過ごせますように!
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by patofsilverbush | 2014-11-18 09:33 | 生活 | Trackback | Comments(0)

向こう側にあるもの

「わたしたちは移動が多いからね、引っ越しは慣れているのよ」
とシスターがおっしゃっていました。

学校の寮母さんや、幼稚園の先生などをしてこられたシスターなので、
仕事としてその場所にいると、
「移動と言えば、学年末とか、
いつも“いついつまでに引っ越しをする”と期限が決まっているでしょう。
今回はそうではない移動だから、
引っ越しの日も自分で決められて、
必要なもの・不要なものと、荷物を整理して、
みんなとも ゆっくりお別れができるでしょ」
とおっしゃっておられました。

「いま、ゆっくりお別れができると言うことは、
わたしが“向こう”へ行くときには、
みんなにさらっとした気持ちでお別れできるということなのかしらねぇ、神さま、
と思えてきたのよ」

というおっしゃりように、笑ってしまいましたが、
“むこう”とは引っ越し先のことではなくて、もちろん、死んで後に行く世界のことなのでした。

「神さまってどんなお顔をしていらっしゃるのかしらね!
実態はあるのかしら?光みたいな存在なのかしら?イエス様は、当時の服装でいらっしゃるのかしら?」
なんてことを、しょっちゅう言い合っては、
「わからないことだらけ!でも向こうへ行けば分かると思うと、わくわくね!」
と、
いつも2人で言い合っていたものです。

シスターはガンと「うまく共存」されているお身体。ご高齢でもあり、
「そんなこと言わないで下さいよ~」と、世間的には言いがちなところなのですが、
死というものに関して、
実は年齢や、健康状態には無関係に、
どんな人にも、いつ、いかなる状況で訪れるかは、誰にもわからない、
私にも、シスターにも、同じようにその時はくる、
という二人の意識のもとに、その会話は成り立っていたのかもしれません。

「死」は、避けて通るべき話題ではなく、
この世に生きている限り、いつかは必ず訪れるもの。
そこでなにもかもが終わってしまうわけではなくて、
その先に続く成長のために、今日の日だけがある、ということ。
だから、今日できる 精いっぱいのことをしたい、と思うこと。
明日もある、と、あまり考えない2人であったのかもしれません。

キリスト教というものが、そういう宗教ではあるので、
キリスト者はみんなそう思っているのかな?
この話題に関しては、やはり「タブー、不吉」という意識があり、
クリスチャンか、そうでないかに関わらず、他の方と死を話題にすることはないのですが、
そんなことも平気で話せるシスターとの会話は、
やはり刺激的であったと思います。

タブーな話題は何一つない、ということが。

五感や神経や感覚を、いつも澄ませて 神さまの声を聴き取ろうとすること、
目に見えない光に対して、
いつもオープンでいようと試みることは、
いつでもとても刺激的です。

死んでしまうと、わたしたち「この世」に生きている人には、その姿は見えなくなる。
それはとてつもなく淋しいことなのですが、
私たちの目には見えないだけで、
「この世」ではない場所で、魂の成長は まだまだ続いている。
きっともっと、大切にすべきことがわかって、喜びに満ちてそこに「在る」と思うのです。


でも、今、
さよならの形が、「死」ではなくて、「お引っ越し」であったことは、
シスターにお世話になり、
シスターに助けられてきた、私を含めたくさんの方々にとっては、
もっとやわらかな、やさしい形であると、
シスターがおっしゃったように思います。
神に感謝。
そしてお引っ越しをされても、お手紙というつながりが残されていることにも、神に感謝!
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by patofsilverbush | 2014-11-14 09:39 | 生活 | Trackback | Comments(0)

読書好きとはいうけれど

人と人との相性があるように、本と人との相性も、
あるような気がします。
夏目漱石は好きだけど、太宰は苦手 とかね(個人的な感想です)

読書は大好きですが、読む本はかなり限定的なわたし。
子供のころから相性の悪い、というか、なんとなく読めない本も、たくさんあります。

先日、『ルパン三世』大好きな息子が、『怪盗紳士アルセーヌ・ルパン』の本を買ってきました。
『名探偵コナン』同様、シャーロック・ホームズ大好きなのですが、
ルパンは、子供のころから どうしてか読み進められなくて・・・。
息子が寝たあと、こっそり拝借して読んでみましたが、
おもしろい~!のに、やっぱりなんとなく、くたびれるのでした。
またもや途中で断念。あ~あ、大人になったのに・・・。

パートナー氏は「ルパンから読み始めたから、逆にホームズが読めない」とのこと。


「本を読める人って、知的な感じだし、かっこしいし、うらやましい」と
かつて、あまり本を読まないという友人に言われたことがありましたが、
かように実態を知れば、全然 知的な感じはしないのではないでしょうか(笑)。

しかも、活字中毒ではあるので、活字がないといられない。
なんでもいいから常に読むものが手放せないし、
お風呂の中でも読んでいたいし、
ものすごく眠いのに、本から目が離せない!(半泣き←ばか)
という、困ったことにもなったりして、読書好きということも、けっこうバカバカしいことのような気もします。

とはいえ。
大好きな本は、親友であり、広大な世界であり、
現実世界のさまざまなネガティブな大海から 自分を守ってくれる港でもあります。
息子にも、そんな自分だけの本と、たくさん出会ってほしいなと思います。

『ルパン三世』好きなら、元ネタは知っていてほしいよね。

ちなみに、現代版ホームズを描いたイギリスのドラマ『シャーロック』。
パートナー氏に言わせるとシャーロキアンである(そうかなぁ)私が見ても、
ホームズ・シリーズからの小ネタが満載、
製作者の、
作者ドイルに対する敬意や ホームズ愛に満ちた、素晴らしいドラマです。
安っぽいリップサービスのようにアンのセリフをうすっぺらくドラマに散りばめただけの、
朝ドラとは全然違う!
あ、ちょっと毒吐いちゃったね。ごめんなさい。
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by patofsilverbush | 2014-11-13 09:20 | 生活 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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