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天然!

きのう、夕飯の支度をしながら、
息子が お得意の一人芝居をしながら遊んでいるのを、聞くともなく聞きながら、
はっと気付きました。

この人、天然なんだな!

生まれて9年たって、初めて気がついた わたしが言うのもなんなんですが。

小学校に上がった時、
ページの一番初めから使うことをせず、
その日の気分で、
連絡帳の気がむいたところ?好き勝手に開いた?ページに、
連絡事項を書いたプリントを張り付けてくる我が息子に、びっくりしたことを思い出します。

教えても教えても、
1ページ飛ばしてみたり、
飛ばしたページがあいてる!と思うのか、前に戻って書いてみたりで、
なかなか「今日のお知らせ」が探せなかったっけなぁ。

今もそんなところはあって、
宿題のプリントも、「しかく(空白になっている部分)に書きなさい」
と書いてあるのに、
ブランクからはみだして書いても、まったく気にしません。
そもそもブランクに収めようという発想がないらしい。

日々のいろんなことを見ていて、
天然!
とおもったとき、
なんだか可笑しく、
じゃあ、しょうがないな!
と 納得してしまったお母さんなのでした(笑)。








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by patofsilverbush | 2015-01-24 11:29 | 子育て | Trackback | Comments(0)

散歩の効能

最近、家の外に出てないなぁ!と
ふと思い、午前中、近所を散歩してきました。

実際には出ていないわけでもなかったのですが、
なんとなく、
一人で、周りの景色や、風の匂いを感じたかったみたい。

午後からは強風が吹き荒れていますが、
午前中はさほどでもなく、暖かで、
西風に吹かれてぶらぶらしていたら、
息子が前に言ってくれた言葉を 思い出しました。

「ぼくねぇ、神さまのところから、ママのことを見てたんだけど、
ママが寂しそうだったから、ママの中に入り込んだんだよ」

3歳か、4歳くらいの時だったかなぁ。
何か物語を創作できるほどの、智慧がつく前の年齢だったため、
あ、これは本当のことなのかも。と、胸をつかれる思いがしました。

息子がやってくる数年前に、流産を経験していたことや、
パートナー氏に持病があることもあり、
子供を持つ、ということに、どちらかといえば消極的だったこともあって、

どちらかといえば、子供は苦手だし、
いないほうが気楽だな、なんて、自分の中では考えていたのですが、
息子に言われて、
そっか、寂しそうだったのか、と思いました。
流産した、ということを、すっと受け入れられるようになったのも、
その言葉のあとだったようにも思いますが、
それは 自分の記憶の、都合のよい改ざんかも(笑)。


それからしばらくして、

「ママ、神さまがね、
ママの準備ができたよって言ったから、ぼくはママのところに来たんだよ」

と、また息子が言ったことがありました。

そのときはもう幼稚園に通っていて、
なんだか創作くさいな(笑)と思ったのですが、

縁もゆかりもない、今の土地に引っ越してきたとき、
小学校と、学校の前に広がる大きな公園まで、ずっと遊歩道が続いていて、
スーパーも近所にあるけれど かつ適当にのんびりした田舎、
という風情に、
友人が、
「子育てもしやすそうだね~」と言っていたのを思い出しました。

引っ越し当時は 子供を産む予定もなく、
なんとなく、大人二人で生きていくんだろうな、と思っていたので、
まさか引っ越し直後に妊娠するとは考えもしていませんでしたが、

あれから10年がたち、
息子が元気に学校に通って、公園で友達と遊んだりする毎日をみて、
たしかに、子供がやってきてもいい準備は、
あの時点で整っていたのかもしれない、
と、
ふと、今日、歩きながら思いだしました。


「導火線の短い」(笑)わたしですが、
年相応に すんなり問題なくいくタイプの子供ではない 
我が息子と過ごすうち、
ゆっくり話を聴くこと、相手の様子をよく見ること、タイミングを待つこと・・・
つまり、辛抱強く見守る、
ということを、
すこしずつ、少しずつ、覚えたかもしれません。

大人は、
公の場での振舞い方、大勢の人の中での在り方といった、いわゆる処世術を 
子供におしえている(しつけている)つもりですが、

子供の方は、
持って生まれた 天然自然の愛情で、
わたしをゆっくり育てていてくれる。
もしわたしが、なにかできるようになっているとするなら、
それは息子が、辛抱強く、たくさんの愛情をかけて、
わたしを育ててくれたということなんだなぁ、

おひさまの光りをいっぱい浴びながら、
そんなことを感じました。


だから
散歩は必要なのです。








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by patofsilverbush | 2015-01-23 14:31 | | Trackback | Comments(0)

日光浴

小雪や雨の、冷たい二日間が過ぎ、
今日はとてもよいお天気です。

お昼ご飯が一人だったので、
本でも読みながら・・・と思ったのですが、
なんとなく本の気分でもなく、

この方たちに隣りにきてもらい、
一緒に 日光浴しながら
朝作ったお弁当をいただきました。

長く伸びているのは ハートかずら。
鉢に入っているのは、
先日、ご飯で使った豆みょうです(笑)。
ざくざく切った下から、ちょっとずつ、また新芽が伸びてきました。
みずみずしい 緑と 豆の匂い。

植物と一緒にいると、声が聞こえるわけじゃないのに、
誰かと一緒にいる感じが、すごくします。

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外で、
花や木に 話しかけられることも、よくあることです。

声が聞こえるわけじゃないので、
話しかける、というのも、変な表現ですが。


楽しいことです。











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by patofsilverbush | 2015-01-23 14:02 | 生活 | Trackback | Comments(0)

神さまのお仕事

free birdssで使う『アン』の資料を作っていますが、

以前は、
当時の生活ぶりや、
アン、マリラ、マシュウの、それぞれが成長してゆく様子や、
家族としての在り方、
などなどから、
今、こんなにも慌ただしく流れてゆく時代の中で、
丁寧に生きるというのは どういうことかしら?
と、
ひとりひとり異なるであろう、その「丁寧」ということを、
考えるきっかけになればいいなぁ と思いながら、作っていました。


おもしろい物語の、表面だけじゃなくて、
あとちょっと深く理解できたら、もっとおもしろい!
そんな感じ。


ところが最近、なんだか、作者であるモードの思考そのものを、
トレースしているような、そんな気分になることが、増えてきました。

もちろん、実際に彼女がどんなふうに考え、
それをどんなふうに作品に盛り込んだのか、または盛り込まなかったのか、
本当のことはわかりません。

でも、彼女の生涯を考えた時、
物語を読むと、
さらにもっと 奥深くまで突っ込んだ、
人生観や、自分が どう生きていきたいのか、にまで、
話が及びそうです。

そんなにめんどうくさく、物事を考えることまで、
しなくてもいいんじゃない?
もっとさくっと、楽しい会でいいんじゃないかな?
そこまで言い出したら、めんどくさい会になりそう・・・
と、どこまでをfree birdsの中で話題にすべきなのか
正直、
ちょっと迷いが出始めていました。

こんなときは、いつも神さまに伺ってしまう。
ねえ、神さま、どう思う?



イエスさまは、いつも
群衆に囲まれ、お話をなさっていました。

その場面を想像すると、
大勢の人々に囲まれたイエスさまが、壇上に立ち、
拡声器を片手に、大きな声で、その場にいる全員に 大きな声でお話をなさっているような気が
してしまいますが、

きっと実際は、そうではなかったのだと思います。

だってイエスさまは、腰をおろし、
「あなたたちは・・・」と、お話をされているから。

きっと静かな声で、その場にいる、ひとりひとりに向き合われてお話をされたのです。

そのお話を聞いて、
理解した人もいた。しなかった人もいた。
自分に都合のいいように、曲解した人もいたかもしれない。
弟子たちでさえ、イエスさまの真意を理解できることはありませんでした。

それでもイエスさまは、お話を続けられたのです。

そう思った時に、それが神さまのお答えなんだなぁ・・・と感じました。

わたしごときが、人に、その場で、
理解してもらえるように話そうだなんて、とんでもない思いあがりです。

誰かの心を動かし、成長させることができるのは、神さまだけ。
その神さまでさえ、無理強いなさろうとはしないのですから。

わたしにできるのは、感じたことを伝えることだけ。

そして、わたしがこんなふうに感じるのも、
ご参加下さっている方たちの、なにか求めているものが、
含まれているからなのかもしれません。

あとは神さまにおまかせすればいいのです。

シスターとよく使っていた、秘密の合言葉のようですが、
聖霊のお導きだわ!
と思ったできごとでした。


そんな、ちょっとめんどくさい?会になりそうなfree birdsですが、
かまえず、お気軽にご参加いただけると嬉しいです(笑)。



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by patofsilverbush | 2015-01-22 10:10 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

きのうのハート

なんとなく 気分がすっきりしなくて、
そうだ!と思いたち、ビスケットを作りました。

材料もシンプル、レシピも簡単、
そして めっぽう美味しいビスケットなのですが、
どういうわけか、わたしが作ると いつも失敗続き・・・。

お料理上手のお友達に コツを聞いたところ、
お!なんだかいい感じに焼けました!

アドバイス、ありがとう~♡

さくさく、ばりばりの歯触り、うーん、美味!
と自画自賛。

美味しいものは、身体だけじゃなくて、
日々の心も支えてくれるんですねぇ。

型はなんでもよかったのだけれど、
やっぱりハートが好きです。


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by patofsilverbush | 2015-01-22 09:40 | 生活 | Trackback | Comments(0)

自分のエゴに気づく時

そもそも人見知りだし、
人と関わるのも 苦手な私。
できればうちに引きこもって暮らしていたいけれど、
子供がいると、そうもいきません。


幼稚園や学校には行かなきゃならないし、
運動会や授業参観・懇談会などの学校行事、PTAやら交通安全当番などなど、
めんどくさいこと このうえない!
毎年 クラス替えのある学校なので、
クラスメートが毎年変わる 子供たちも大変かもしれませんが、
親もまた たいへんです。
PTAの係を決める、年度初めの懇談会なんて、
本当に毎年、憂鬱でしかたがない。


いろんな先生、いろんな保護者の方がいらっしゃるし、

子育てや教育についての考え方もそれぞれ。
人付き合いの仕方や 「常識」も、 またそれぞれです。


引きこもっていてはいけません。
と、神さまがおっしゃるので、頑張って外側にむかいますが、

何がそんなに嫌なんだろう・・・と考えた時、
たとえば
考え方の違う人と出会った時、
プラスのエネルギーを受け取ることもあれば、マイナスのエネルギーを受け取ることもある。
誰かのエゴに触れて、傷つくこともある。

単純に、その違いがわずらわしい、めんどくさいという、
変化を好まない性格、
ものぐさな性格ということもありますが、


そうやって、
他者と自分の違いに気付くということは、
相手のエゴに触れることでもあり、
同時に、
自分のエゴにも触れることになるから、ということも、あるのかもしれません。

「あの人がこうだから、イヤだ」と、
相手のせいにして、責めるのは 簡単なことなのですが、
「そういう自分は正しいのか?」 と問われれば、
返す言葉もない。
そのことに気づくからなのかもしれません。


そんな自分が好きなら、
そんな相手の在り方も、あり、
なのです。

自分が正しいと、相手を責めたい気持ちと、
あり、と思えない、
自分の了見の小ささ、許容量の狭さとの間で うろうろと行き場を無くしてしまう
自分の気持ちに、
やれやれ
と思うから、他者と関わるのが 嫌なのかもしれないなぁ。

と、ふと思ったので、書いてみました。


自分をなくして、わたしについてきなさい
とイエス様はおっしゃった。
自分をなくすって、どういうことだろう?
自分の意思を持っていては いけないのか。意思を無くすなんて、できるのかしら?

なかなか心に すとんと落ちてこない言葉であったけれど、

相手の言葉が
心外であっても、不平等であっても、まちがっていたとしても、

まず、反論しよう、意見を言おう!と 心を騒がせず、
いったんは素直に受け取ること。

謙虚に受け止めることが、
「自分をなくすこと」につながってゆけるかもしれません。






















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by patofsilverbush | 2015-01-17 11:27 | | Trackback | Comments(0)

心のサプリメント

もう20年来、ず~っと大好きな人がいます。

といっても相手は芸能人(笑)。
パートナー氏とも 長いおつきあいですが、
さらにそれよりも 長いこと ずっと見ています。
もう 「きゃ~♡」 というような疑似恋愛を通り越して、友達みたいな気持ち。

その人の出ているテレビや雑誌を 逐一チェック!
ということはしませんが、元気が出ない時には、
顔を見れば、 がんばろう~と思う。

むかしむかしに歌っていた歌は、ばりばりのアイドルソングで、
今でも好きだし、元気がでます。

若くて 楽しくて エネルギーがたくさんあった頃。
(なんて、青春時代なんて、本当はきらきらしてばかりも いられない時代なのだけれど)


1歳ちがいの、同世代。
それなりに年を重ねて、経験が増えて、
あの頃よりも器用に?ずうずうしく? 物事に対処できるようになったかもしれないし、
お互いに 
落ち着いて、穏やかな顔ができるようになった。

むかしの元気いっぱいの曲を聴くと、
時々、
「今はちょっと 落ち着きすぎるんじゃない?」 なんて、
もっともっと冒険してほしくなったり、
自分も もっともっとアクティブになりたいなんて、思ってみたり。

でも本当は、すごくチャレンジしていたり、
努力していたり、
するのも知ってる。


あのころと全然!変わらない顔を、見せることもあって、
あ、やっぱり大好きだな
と思うのです。


何かを感じ、何かに触れて、また考えて・・・を、
繰り返している、彼がいると、
わたしも頑張れるなぁと 思うのです。






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by patofsilverbush | 2015-01-16 16:57 | | Trackback | Comments(0)

来(きた)るべき都

きのう、聖書を読んでいたら、
今まで気づかなかった こんな一文に目がとまりました。

  わたしたちは この地上に永続する都を持っておらず、
  来(きた)るべき都を 探し求めているのです
                        ヘブライ人への手紙 13-14

先日書いた、“わたしの祖国” のようですね。



フランスでの 新聞社襲撃事件を受けて
フランスや、隣国のドイツでも、
一部の方によるイスラムへの 圧迫、排斥運動があるようですが、
大多数の方は、
その運動に反対されているようです。

民族、文化、宗教、価値観の多様性。
誰でもが自由であり、
他者を認め、敬意を払う許容性をもつ世界。


人種も 性別も 宗教も関係なく、
わたしたちは 同じ地球に住む、ひとつの種族なのです。
表面上の違いはあっても、きっと
たいした違いはない。


排斥や弾圧からは 悲劇しか生まれないと、
わたしたちは学んだはずではなかったかと思うのです。


冒頭の聖書の言葉の、前の部分は、
こんなふうです。

    イエスもまた、ご自分の血で民を聖なる者とするために、
    門の外で苦難に遭われたのです。
    だから わたしたちは、イエスが受けられた辱めを担い、
    宿営の外に出て、そのみもとに赴こうではありませんか。



自分の内側、自分だけの価値観の中に閉じこもっていては、
他者への理解はうまれません。

外へ出る、
自分と 他者の違いを知ることは、
時に恐ろしく、時に苦しいこともあるかもしれませんが、
 
「来るべき都」は、過去の中にはないということ、
誰もが忘れてはいけないことだと思います。


宗教の問題は、日本人にはあまりピンと来ず、
「よく分からない」という言葉で 対岸の火事のように傍観してしまいがちですが、
世界はつながっている。
地球の反対側で起こっていることは、
けっして日本にも無関係ではないということを、
過去から学びたい。












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by patofsilverbush | 2015-01-15 09:02 | 聖書 | Trackback | Comments(0)

I Say Little Prayer

『暮らしの手帖』に、渡辺和子さんのエッセイが掲載されていました。

渡辺和子さんは、カトリックのシスター。
昨年 話題になった、『置かれた場所で咲きなさい』をお書きになった方です。

修練女時代のこと。
与えられた単純労働に 一日を費やす日々を送っていた渡辺さんは、
ある日、
夕食のおぜん立てをしているところで、
修練長に尋ねられました。
「あなたは 何を考えながら仕事をしているのですか」

ひとつひとつの椅子の前に、
皿、コップ、フォークなどを並べる、単純作業。

「別に何も」と答えた渡辺さんを、
修練長はこう言って叱責されたそうです。

「あなたは 時間を無駄にしています。
同じ並べるのなら、夕食を摂る一人ひとりのために、
祈りながら置いていきなさい」

そのときまで、仕事はすればいい(doing )と考えていた渡辺さんは、
仕事は意味あるものとする(being)ことが大切なのだと、
続けられています。

『この世に雑用はないということ。
用をぞんざいにした時に 雑用になるのだということを 習ったのである』



ジュリア・ロバーツ主演の映画『ベストフレンズ・ウェディング』は、
大好きな映画の一つです。

9年前に付き合っていた恋人と、別れた後も 親友関係にあるジュリアン。
28歳までに お互い独身だったら、結婚しよう という約束を交わしていた2人でしたが、
その28歳を目前に、
その元彼 かつ 親友・マイケルから電話が。
なんと、結婚するから、親友として 式に列席してくれというのです。

いつまでもそばにいてくれるはず! と思いこんでいた彼を、
取られてなるものか! とばかりに、
ジュリアンは、
彼を花嫁から取り戻すべく、彼のもとに向かうのですが・・・

結婚式までの4日間。
自分のものである元彼(笑)を 取り戻すべく奮闘する、
ジュリアンの、えげつない花嫁への嫌がらせと、
そんな嫌がらせにも気付かずに 心からジュリアンに好意を寄せる、
マイケルの恋人キミーが可愛くて、笑ってしまうし、きゅんとなってしまう。
人気絶頂期の頃のジュリア・ロバーツだけれど、
まだブレイク前だった、キミーを演じるキャメロン・ディアスが 本当にキュートで、
ああ、これじゃジュリアンはふられても仕方ないな と、
見ている人にも あっさり思わせる輝きを放っています。


その映画の半ば、
親族一同がレストランで食事をしているシーンで
ジュリアンのゲイの親友・ジョージが歌いだし、
レストランのお客や従業員までをも巻き込んで 大合唱するのが、
ダイアナ・キングの『小さな願い』です。

    あなたのために ささやかな祈りを捧げるわ
 
   
    目覚めるとすぐ
    服を着たり、お化粧をする前に
    わたしは あなたのためにささやかな祈りを捧げる

    髪をとかしているときにも
    何を着ようか考えているときにも
    仕事中も
    休憩時間にも
    あなたのために ささやかな祈りを捧げるわ


甘いラブ・ソングに、一同はうっとりとなる、
楽しい映画のハイライトでもあるのですが、

この歌は、
たとえば 家族のためにも歌うことができる。

おそうじしながら、
今日一日、家族が それぞれの場所で、楽しく、平和に過ごすことができますように、と。
友達のためにも、
世界中の、どんな人のためにも 歌うことができるのです。


あなたのために、ささやかな祈りを捧げるわ。


日常の「雑用」をこなしながら、
その中に祈りを込めれば
日常の業務が、
誰かのためを思う時間となること。


渡辺さんのエッセイから、わたしも習いました。







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by patofsilverbush | 2015-01-14 10:12 | | Trackback | Comments(0)

花束

いつも 
素敵なカードや便せんで お便りをくださるお友達がいます。


先日も届いた、素敵なカード。
手帖の内側の、
透明なカバーに挟んでいましたが、

手帖をひらくたびに、
花束をいただいたような気分です。


オールドローズや水仙、すみれ・・・

新春のごあいさつに、ひと足早く、春をいただいたみたい。

どうもありがとう!

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by patofsilverbush | 2015-01-14 09:24 | 生活 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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