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10年後の自分

だいぶん前のことで、記憶が定かではありませんが、
何かで、
政治家は 常にポーカーフェイスなので、年をとっても 顔にしわができない
というようなことを書かれている、誰かのエッセイ?を読んだ覚えがあります。

誰が書かれていたのか、どんな媒体であったのか、どんな内容の文であったのか、
まったく覚えていないのですが、
なぜか その一文だけは印象深く、
なるほどね、と思ったのは覚えています。
(もちろん、表情豊かな政治家もいらっしゃるでしょうが)



40代に入ると、そろそろこじわが気になるお年頃。
高価なものから お手頃な物まで、いろいろな化粧品があり、
美容整形や、なんとかマッサージなどなど、
テレビや 雑誌の特集を傍観するにつけ、
アンチエイジングを気にしなきゃならない年齢になるんだなぁ・・・と、
いろいろやるか、やらないかは ともかく、
30代のころは漠然と思っていました。



でも、実際に40代に入って かれこれ2年の今は、
日々の豊かな日常でできる、表情のあと、
それって素敵なんじゃないの?と思い始めています。


結婚するか しないかとか、子どもがいるか いないとか、一人っ子ってどうなの?とか、
ある意味で、
既成の価値観を押し付けられがちな30代が過ぎ、
少しだけ、自分の生きたい方向が 見えてきたからかもしれません。


少しだけ、だから、
まだまだ迷いもするし、落ち込みもするし、カリカリする日もあるんだけれど、
50歳になったときに、
自分はどうなっていたいのかな?
という、10年先の自分に、何を期待しているかによって、
この40代は、日々の過ごし方が変わってくるような気がします。

もちろん、いつの自分だって、その先の自分を作っていくのだけれど、
若い時は、いつも「今」で手いっぱいなものですからねぇ。
「未来に続く、今」と、なかなか意識できなかったけど、みなさんはいかがですか?
刹那的な「今」を生きるのは 若さの特権な気がしますが、
大人の「今」は、それじゃいけない気がする、ような?(笑)


キャリアアップのために、資格を取ったりするもよし、
若々しい見た目でいられるように、お金をかけるもよし、
いろいろ選択肢はあり、何を選択するかも、ひとそれぞれ。
自分の価値観を、あらためて見直す時期なのかもしれません。


無表情で過ごして つるつるの素肌を保つのも、ひとつの方法ではありますが、
わたしだったら、
いっぱい笑って、顔にしわができるほうが、いいかな。
かといって、
自分の感情をすべてさらけ出してよい、というわけでも ないけれど。
ポーカーフェイスというより、穏やかな表情で、日々を過ごす努力は、
したほうがいいかも。



適度な運動や、日々のくすみをとって透明感を保つこと、
身体に良いものを食べ、きちんと眠ること、
それらは アンチエイジングのためというより、
心と身体の健康のためにも、必要なことです。
若いころより無理が効かなくなってくるのなら、
すこしばかり、心身の健康を保つ努力は 必要ですね。


そのほかには、何がほしい?どんな自分になりたいかな?


いくつになっても背筋を伸ばし、美しく しゃんと歩けたら素敵だし、
センスよく、洗練された装いや、言葉や、仕草を身につけたい。
おおらかで、寛容で、あかるく、清々しく、新鮮で、柔軟な心と頭を持った、
チャーミングな人でありたい。
そんな自分になるためには、何をすればいいの?



お金をかけてできる自己投資もありますが、
お金なんか使わなくても、できる自己投資もある。

日々を、自覚しながら過ごすこと。


そのための10年なんだな と思います。

もちろん、わたしのことなので
ゆるくゆるく!
が 基本スタイルなのは、きっと変わらないんだろうな!(笑)























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by patofsilverbush | 2015-04-30 10:20 | | Trackback | Comments(2)

息子に質問されて、自分のことを、はたと見直してみる。
そんなことが、時々あります。

小学生らしい質問ですよね。
「ママの夢って なんなの?」とか、
「ママが一番好きな遊びは何?」とか。

夢・・・夢かぁ・・・。

そりゃあ プリンス・エドワード島に住んじゃうことでしょう(笑)!
と思いますが、
「大きくなったら、○○になりたいです」的な夢なら・・・と考えてみると、
ちょっと答えに詰まったりして。
漠然とは、あるんだけれど、
それに向けて、具体的に何をしよう、というのが、思いつかない。
ほんとに「夢」ですね。


一番好きな遊びは、読書です。
と言ったら、「ふざけないでー。」と怒られましたが、
仕方ないじゃないですか、それが一番好きな遊びなんだもの。


学校で、
将来、なりたいものについての発表があって、
え!!!???
という夢を発表していた彼。
それは具体的に、なにをしたらなれるんだろうか、という、
わたしの夢くらい、「ザ・夢」って感じでしたが、
なんだか へ~と思ったし、楽しそう。

小学生の夢なんて、まだまだころころと変わってゆくんだろうな、と思いましたが、
よく考えれば、わたしの夢は、
子どものころからの延長なので、
案外、
いつの日か、夢がかなった彼の姿が見られるのかもしれません。


負けてられないぞ!なんちゃって。
自分の中身が空っぽだと、息子の質問にも答えられないな!
まずは、中身をたっぷり詰め込みたいものです。










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by patofsilverbush | 2015-04-28 09:21 | 子育て | Trackback | Comments(0)

神棚

女性の間で、神棚が流行っているそうです。

というトピックだけを見て、番組そのものは 見なかったのですが、
やはり それだけ、
生きていくのは過酷である ということなのでしょうか。

弱音を吐きたい時、とにかく涙を流したい時、
怒りを爆発させたい時、
悲しくて悲しくて、とてもやりきれない時・・・
人生には、いろんな時があるものね。

寄る辺ないと、心細い。



悲しみや苦しみに触れて、信仰を持つ、
という方も、もしかしたら 多いのかもしれません。

わたしの場合は、特別に「何があった」ということはなく、
単純に、
子どものころからの愛読書たちのおかげで、
キリスト教を身近にも、憧れにも感じていたこと、
アンに出てくる聖句は、聖書のどこに書かれているものなのか知りたかったこと、
子どもの幼稚園の先生が、カトリックであったおかげで、
わたしの無知な質問にも丁寧に答えて下さり、
教会への門をひらいて下さったおかげで、神さまに導かれたわけですが、

逆に、
人生に悲しみが多い時であったなら、
「宗教なんかに頼るもんか!」と、意固地になったかもしれません。



また一日、新しい朝を迎えられたこと、
夜、その日を無事に過ごせたことに、感謝する。
その気持ちを向ける場所として、おうちに神棚を作る女性が増えている、
というような、テレビ番組の特集のようでした。

確かに祈りの対象である「神さま」は、目に見えないわけですから、
目に見えるどこかに、気持を向けたくなりますよね。


小さな窓辺に、
シスターにいただいた小さな十字架像と、
代母さまにいただいた聖母子像がおいてあり、
そこが わたしにとっての神棚なのかなと思いますが、
一日に何度も、そこに目をやりながら、
その場所に目を向けて祈ることは、わたしはありません。


どこにいても、その場で お話を聞いていただけるのが、
神さまのよいところ!


神さまに「お願い」したからといって、
なにもかも、思う通りになるわけではない。
わたしが求めるものとは別の、まったく思いもよらないものを、
神さまが下さる時、
嬉しいこともあれば、困惑したり、
時に おこがましくも 憤りを覚えたりすることもあります。

困惑を素直につぶやいたり、
憤りをそのままに訴えたりしながら、
神さまは 
どこか遠いところにいて、
わたしが四苦八苦している姿を、ただ見守っているだけの存在ではなくて、
ともに悲しみ、ともに苦しみ、
いつの時にも そばにいて下さるのだと思うと、
辛さや困惑を超えて、その先へ進む勇気を頂ける。


信仰は神聖なものですが、
もっとも身近なものでもあります。

「神」を「信じる」という、「何か特殊なこと」のような感じではなしに、
みんなが、
「善」に心を閉ざさないように、なるといいなぁと思います。








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by patofsilverbush | 2015-04-27 14:51 | | Trackback | Comments(0)

詩でいっぱい

よいお天気続きなので、引き続き、庭仕事に精を出しています。

といっても、ほったらかしの庭の、整備、
という感じで、
ガーデニングなんて素敵に聴こえるけど、
実態は土木作業に近いものがあるよねぇ・・・
と、スコップをふるいながら 思います。

作業中、
とてもいい匂いが漂ってきて。

すぐうしろに咲いている、すずらんの香りでした。

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数年前に植えたすずらん。
苗を売っているところが なかなか見つからなくて、
近所の個人花屋さんが、ご自宅の庭に植えていたものを、
少しわけて下さったのでした。
新しい場所に馴染むまで、花をつけない年が続きましたが、
少しずつ、花が咲くようになって、
毎年、今年は何本咲くかな~と、楽しみなのです。

はなみずきが満開になり、
木の根元に植えたアジュガも、だいぶ花数が増えてきました。

d0314849_09073699.jpg
庭仕事をするのは、
世界を美しくする、神さまのお手伝いだと、アンは息子に語り、
アンの二男ウォルターは、春の美しさを、
「そこらじゅう、詩でいっぱいだね、母さん?」
と表現します。

小さな、楽しいお手伝いです。




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by patofsilverbush | 2015-04-27 09:28 | 季節 | Trackback | Comments(0)

見方ひとつで

アニメ『赤毛のアン』を見ながら、息子が言いました。
「アンちゃんは扱いにくい子だね」

マリラのブローチを、取った・取らないというお話の場面。
楽しみにしているピクニックを控え、
アンを疑い、怒っているマリラを前に、ピクニックの話をするアン。
その言葉に、さらに怒りを募らせるマリラ。

あるいは、
学校で、日ごろから気にしている赤毛をからかわれて、
かんしゃくを起こし、からかった男の子の頭を 石板でなぐりつけ、
先生に立たされたり、
さらに遅刻で罰を受けて、
登校拒否をしてみたりするアンに、途方に暮れるマリラ。


そんなマリラの気持ちを、客観的に観察しての、息子の言葉でしたが、
「あ~あ、そんなこと言うから、余計マリラがおこっちゃうんじゃん!」という、
いかにも ことなかれ主義な息子らしい観察と、
自分だって、人によっては「扱いやすい」とは言えないのになぁ~。
お前が言うか
的な発言に、思わず笑ってしまいました。


2年生から、3年生の前半にかけては、
息子に関しての心配ごとが、あとをたちませんでした。
1年生、いや、もっと言えば、幼稚園時代から、
マイペースだけど、大丈夫なの?この人は。
という心配は ずっとありましたが、
2年生の時の担任の先生が、まじめ一筋だったせいか、
「あんなことも、こんなことも、みんなができているのに、できませんね」
というようなことばかりで、
正直言って、先生の見方にふりまわされた感は 否めません。

自宅にいる息子を、わたしの目から見ると、
まあ、できないことはいっぱいあっても、大丈夫。 に思えるのに、
周りと比較すると、年相応にできていないらしい ことに、
ものすごく焦りもし、
先々のことも心配になり、
「どうして何度言っても分からないのっ!」と 
感情的に叱ってしまうことも、しばしばでした。


あることがきっかけとなり、「この人のペースに、ゆっくりつきあうか」
と、心を決めた時に、
ものすごく気が楽になり、
たぶんその時に、少しだけ、神さまへの思いも 深まったような気がします。


求めなさい。そうすれば 与えられる。
探しなさい。そうすれば 見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば 開かれる。

あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供に良いものを与えることを知っている。
まして天の父は 求める者に聖霊(一番良いもの)を与えて下さる。
                               (ルカ11-9~)


素直で、のびのびしている この子の、一番よいところを 委縮させてまで、
与えるべきことは、何もない。
♪神さまが間違えるはずがない、こんなふうに生まれついた、わたしは完璧!
と レディ・ガガも歌っていますが、
本当にその通りで、
神さまがご用意して下さる最上のものを、信頼しよう、
わたしが心配したって、神さまがご用意して下さるものには、とうてい及ばないのだから。
神さまが信頼しなさいと言って下さるものを、信頼しないで、
他に何を信頼するの。
と思ったとき、とてもとても、心が安らかになりました。

ゆっくり じっくり、息子に時間をとることを覚え、
それについて、まわりから色々批判されることも、気にするのをやめ、
同じ年頃の子と、成長の度合いを比べることもやめ、
先生に言われることを、気にすることもやめ。


周りの情報を ある程度、遮断したり、聞き流したりしましたが、
無駄にいらいらすることもなくなり、
息子のペースに、ゆっくりつきあえるようになりました。



そしたら、3年生の後半は、
息子の、息子らしさを「まあ、いいか」と思って下さる先生のおかげもあって、
2年生の時の、あの通知表は何だったの?というくらい、
成績もあがって(笑)。
別に優等生になったわけではなく、
ただ「ふつう」な感じになっただけですが(笑)、
わたしも、パートナー氏も、「うそ~、すごいじゃ~ん!!!」と 
単純に大喜びしてしまいましたわ(笑)。
ハードルは低め設定の方が、喜びは大きいですねぇ(しみじみ)。


もちろん、日々、いろんなことが起き、
その都度、「もう~!!!」と爆発することは変わらずなのですが、
そして、
この先だって、なにも問題が起きないわけではないでしょうが、
周りと比較したり、年齢で成長をはかることをせず、
目の前の、
神さまがお作りになったままの彼の、
神さまと彼が、彼仕様に設定した 成長の度合いに フォーカスしなさい、
と 神さまがおっしゃってくださったことで、
息子はわたしとって、
「扱いにくい子」から、「扱いやすい子」に変わったわけです。


彼が変わったわけじゃなく、私の見方が変わっただけで。



ずっとのちになって、マリラもアンに、言っています。

あの頃は、人の生き方はひとつしかないと思っていたけれど、
人によって、生き方はいろいろあるんだね。
あんたを育ててみて、わたしにもそれがわかったよ。と。


自分の思う通りの子になるように、育てようとしていたマリラは、
ちっとも自分の思う通りの子にならない 、そのままのアンを、
愛しているんだと気がついたんですよね。


息子もアンも、型にはまらない、
生き生きした、おもしろい、やさしい子です。


神さまが どんな道をご用意して下さっているのか、
歩いてみなければわからない。
ひとりひとり、違う道です。
立ち止まったり、回り道しながら、
さまざまなことに触れ、感じ、豊かな日々を過ごせたら、
こんなに幸せなことは、ないのだと、
今は同じ道を、おしゃべりしながら歩く息子を見ながら思います。














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by patofsilverbush | 2015-04-26 09:45 | 子育て | Trackback | Comments(0)

相手と気を合わす

息子が習っている合気道は、試合がありません。
勝ち負けという思想はなく、戦わないのが、ベストな方法、
という、「戦わない武道」。
素敵ですね。
相手の呼吸と 自分の呼吸を合わせること。
周りの世界と 自分の気を合わせること。
自然の気配と 自分を調和させること。

相手をよく観察し、かつ、相手の在り方を尊重しなければ できないことです。
自分の意思だけを主張していては、お互いの気を合わせることは不可能です。

今朝は息子が、掃除を手伝ってくれました。
といっても、おしゃべりしたくて、
掃除機をかけるわたしのあとを、くっついてきただけなのですが、
何も言わなくても、
掃除機を動かしにくいところは 運んでくれたり、持ち上げてくれたり。

あ、これって、合気道だよね。

合気道の型をやっているわけじゃないけれど、
相手を観察し、相手が動きいいように、合わせてくれる。
道場じゃなくても、
学校でも 職場でも、できることです。

相手を大事にすること。
理解できない・・・と思っても、そういう相手を、そのまま受け入れようと思うこと。
でも、意見が違えば、自分の気持ちははっきり言うこと。
自分も大切にすること。


お掃除しながら、そんな話。
でも、実践できているときに話すのが、
一番 理解しやすいんじゃないかな、
なんて思って。


と、子どもに言って聞かせるふりをしながら、
実は、どちらかというと、自分に言って聞かせていることで。
こうやって、「教わっている」立場の人に、教えられてゆくんですよね。
謙虚でなければ 教えられないなぁ。
謙虚でなければ 何も学べないなぁ。
と、日々、反省です。











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by patofsilverbush | 2015-04-25 11:33 | 子育て | Trackback | Comments(0)

いい人じゃなくても、いっかな~

ストレスが溜まると、愚痴をこぼしたり、
誰かに話を聞いてもらったりしたくなるのが 女性の性。

楽しい愚痴もあれば、深刻に悩んでいることもあり、
一口に「愚痴をこぼす」といっても その局面はいろいろですが、
ひとつ言えることは、
みんな、自分をよく思いたい、正当化したいし、評価してもらいたい、
という気持ちが、根底にあることです。

人間なので、それは当り前の感情なのですが、
愚痴をこぼしたり、
あるいは、誰かの愚痴を聞きながら
そんなに取り繕わなくてもいいのに、
と、ちょっと思います。

わたしも悪い、けど、相手の在り方はどうかと思う。とか。
わたしは平和主義、だけど、なめられるのは困る。とおっしゃる方も、いらっしゃいました。


できれば自分は、人からいい人だと思ってもらいたいし、
自分自身も、常識的な、まあまあ良い人間だと思ってる。
人から誤解されないように、自分が「いい人」であることは、さりげなくアピールしておきたい。


そんな気持ちがあって、無意識のうちに、
自分をかばう、正当化する発言を付け加えてしまうけれど、
ときどき、それって偽善だよなぁ と
我ながら思います。

だって、そうはいっても、
相手の在り方を否定しているのも、自分なんだものね。

その気持ちが悪いわけじゃない。
ネガティブな感情を抱いてしまうことは、そんなに悪いことじゃ、ないのにね。
どうしていい人ぶろうとしてしまうんだろうって。


だからといって、「いい人」だと思われるのは、わたしは嫌いかも。
わざわざつっぱろうとは思わないけれど、
自分の気持ちに沿わないのに、「いい人」らしく振舞いたくはない。
疲れちゃうしねぇ。


いい人ぶろうとしても、無理ですね。
わたしが向かいたい道は「いい人」方面ではないようです。


もうひとつ。
自分も含め、
我が強い人ほど、我が強い時ほど、
気持ちにゆとりがなくなり、
自分を正当化したくなり、
相手の在り方を責めたくなり、
その結果、
誰かと衝突して ストレスが溜まりやすくなる、
という傾向にあるということは、
肝に銘じておきたいなと思います。



「いい人」でいることと、
我を無くすこと、は、似ているようで、実は全然違うことです。
柔らかな、自然体の自分でいること。
理解はできないけれど、受け入れようと思う姿勢や、
ソフトで、ゆとりがあることで、
自分をある種のストレスから、守ることは、できるような気がします。






























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by patofsilverbush | 2015-04-24 10:16 | | Trackback | Comments(0)

庭仕事

ゴールデンウィークを前に、初夏の日差しがやってきました。

きのうは一日 庭仕事。
新しく買ったローズマリーやチェリーセージの苗を、植木鉢に植えて。
庭で細々と生息していたタイムも鉢植えに。
今年はベランダをハーブ園にするのだ♡

建売りで、似たような家が何棟かある中で、
なぜ このおうちを選んだのかと言えば、
細長いけれど、庭のスペースが他のあいていた家より、比較的 広かったこと、
キッチンに窓があったこと、
そして、
ベランダが広くて、お隣のおうちと並んでいないこと!
(ベランダに出たら、あら こんにちは・・・ってことがない)

夏場の日当たりは庭よりいいし、
この広いスペースを生かして ベランダガーデンにしたい、
テーブルなんか置いて、お茶を飲んだりね・・・きゃ♡
と 引っ越し当初から思っていたのに、なかなか手が回らずに はや十年。
夏の2階の暑さ対策も兼ね(灼熱地獄ですよね、2階って!)、
素敵なベランダになるよう、今年は植物を育ててゆきたいと思います。

毎年恒例、ふうせんかずらの種もまいたし、
熱くなりすぎる前の、清々しい陽気を楽しみたいね。




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by patofsilverbush | 2015-04-24 09:38 | 季節 | Trackback | Comments(0)

忘れたころに

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数年前に植えた、わすれなぐさ。

大好きな花で、以前は毎年、苗を買ってきては植えていたのですが、
こぼれ種で翌年も咲く・・・予定が、まったく芽も出ず!

やっぱり日当たり不足ということもあって、
丈夫なカモミールでさえ、こぼれ種で増えたりしないので、
ここ2~3年は、植えていなかったのに。

今日、庭に出てみたら、
小径のレンガの隙間から 花が咲いてた!

ちっちゃいけど、可愛い。
しかも こんなにたってから!?
嬉しいサプライズでした。

わたしを 忘れないで
の、忘れな草。
あいにくの曇り空だけど、青空から こぼれ落ちてきたみたいです。





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by patofsilverbush | 2015-04-21 10:59 | 季節 | Trackback | Comments(2)

4年生

新学年が始まって、最初の授業参観と懇談会がありました。

毎年、PTAの係決め、ゆううつだわぁ。と思うのですが
(うちの学校、毎年、全員、何かしらの係をしなければならないのですが、
今はどこの学校もそんなものなのかな?)
今年はあっさり決まってよかった!と ちょっと一息。

今年の担任の先生は、
「教員生活3年め」の若い女の先生。
今まで、年配のベテラン先生にしか教わったことがないので、新鮮です。
どんな先生かな。

4年生になると、「高学年」の仲間入り。
ということで、
高学年の自覚を促すような指導をしていきたい ということでしたが、
ま、それはそれ。
やっぱり年齢にはとらわれず、息子自身の成長にあわせて、
わたしも対応をしてゆきたいなと思っています。

子供みたい、にみえるけど、
彼なりに、成長している。
その、ちょっとした変化を見逃さないように、注意深くありたい。

とはいっても、
実はそんなに丁寧に見ているわけでもなく、
子ども同士のつきあいに関しては、けっこう放任ですがね(笑)。

今までが、世界は自分を中心にまわっている ような、子どもらしい年齢であるとしたら、
そろそろ、
世の中には 自分と他者がいることに気づき、
自分と他者を比較する
違うものは排除したい
と思うような、年齢にはいってくるのかな。

学校だけがすべてである、というような、狭い価値観の中に
閉じ込められがちになってしまうけれど、
だからこそ、
学校なんて、たいしたことないよ、と
言ってあげられたら と思います。








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by patofsilverbush | 2015-04-20 10:48 | 子育て | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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