<   2017年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

暑中お見舞い申し上げます

こんばんは!暑中お見舞い申し上げます。
戻り梅雨とかで パッとしないのに蒸し暑い・・・という毎日が続いていますが、
いかがお過ごしですか?

久しぶりの更新ですが、
特に何があったわけでもなく(笑)、夏休みと暑さで ぼんやりと過ごしておりました。

ちょっと時間が空いたのを幸いに、にわかにミシン熱が再沸騰♪
ここ数日は、宝の持ち腐れのようになっている在庫布をどうにかすべく、
ミシンワークにいそしんでおります。
エプロンを新調したいな、から始まって、
何か涼しいトップスが欲しい、とか、
薄いペチコートを作りたい、とか、
ワンピースのアンダーに着られるスリップも作りたい、とか、
いろいろ作ってみたいものはあるので、ちょっとずつ。


できあがりはまた後日アップするとしまして・・・(写真を撮っていない!)
お洒落にスタイリングされた、洒落たソーイング本を見ながら作ってはいても、
なんとなく気分はととねえちゃん。
日常着を自分で作れるって、なんだか楽しいことです。


明日から数日、久しぶりに長野の両親宅へ遊びに行きますが、
帰ってきたら、まだまだ作りたいものがあって、
出かけるのが惜しいくらいな気分(笑)。

暑い毎日、体調に気をつけて、よい日々をお過ごしくださいませね。






[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-26 19:36 | 季節 | Trackback | Comments(0)

おいておくと・・・

何も気づかなかった目が、突然ひらいたかのように
それまで気がつかなかったことに 突然気づくようになる「時」がある__

夏目漱石の「こころ」の中に、そんな言葉がありますが、
誰でも同じように、
今まで気づかなかったことに、はたと気づくこと、
気づいてしまったら見過ごしにはできないことが、
あるのかもしれません。

ここ何年かかかってようやく、自分の中にある、いろんな感情の
おおもとの原因に突き当たっており、
それに伴って新たに、いろいろな感情が湧き上がっております。
怒りや悲しみも多く、
そんなふうに感じる自分がいやだなぁと思ったりもしましたが、
ああ、
事実を受け入れるための、プロセスの一環なんだなと思うと、
気が楽です。

というのも、本当のところでは、
怒りを感じてはいても、「許せない」感情ではないので。

「あったものを無かったことにはできない」ように、
傷ついたことを、なかったことにしようと思うのが間違いでした。
傷はついている。
その傷をつけた原因について、怒りや悲しみを覚えたとしても、
「ああ、傷がついてるわ、こんなところに」
と受け入れる過程の中の、怒りや悲しみなので、
まず、このマイナスな感情を受け入れないことには、
傷も治らない。

怒ってはいても、許している自分もいるのだと思えれば、
それほどマイナスな感情ではないという気もします。
混乱して、いろんな感情が混とんとしている中にある、
一時的な怒りなんだと知ること。


いつも自分の気持ちを分析しているわけではありませんが、
わからない、理解できないことは、
とりあえず置いておく。
放置してあるけれど、心のどこかにあるのは知っている、
という状態でいると、
いつか答えらしきものがわかる時が来る。しかも突然。
というのは、興味深いことです。






[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-17 10:10 | | Trackback | Comments(0)

光・影

ちらほらと耳にしていた最近ですが、
今日は朝から聞こえます、蝉の声。

夏の日は偉人のごとくはでやかに今年もきしか空に大地に
                     中原中也


あらゆるものが、くっきりとした色彩でひかり輝く夏がやってきました。


神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々とした木陰は
私の後悔を宥めてくれる


などという、夏でさえ物憂く、寂しい、
倦怠や絶望と隣り合わせな感じの中也の詩は大好きですが、
はなやかな光を感じさせる、夏らしい明るさのあるこの句は、
毎年 「夏が来た!」と思うたびに心に蘇る、これまた大好きな一句です。
というのも、実は夏は苦手なので(笑)。
「偉人が来たわ!華やかだわ!」と思うことで、なんとか肯定的に、
この暑さを受け止めようと思う心の表れのような、気がしなくもない・・・。

思春期で心が不安定だったころ、
生活が夜型であったり、不規則であったりしたころ、
中原中也の詩は友達みたいなものでした。


息子の部活動で30分ほど早くなった起床時間。
家事は楽な方がいいと思っているので、
けっして「昔風の生活」にこだわっているわけではないのですが、
以前から気になっていたほうきでおそうじを、
最近取り入れています。
朝食をすまして 洗濯物を干し、お皿を洗ってふいて、
息子が出かけてからほうきで床をはく。
途中で地上波より30分早く始まるBSの朝ドラを見ながら基礎化粧。

8時30分には、なんとなく朝の家事も終わってしまい、
その間、騒々しいのは洗濯機の音くらいというのは、
なんだか朝の作業にはちょうどいい気がします。
朝から重たい掃除機を出してきて、コードを引っ張り出し、
騒々しい音をたてながら掃除をするのが、実はこのところ、ちょっと苦だったのです。

そんな生活に中原中也が入り込む余地はなく、
それは自分にとって、とても健やかなことなんだろうと思います。
怠惰で物憂い絶望に惹かれやすい性質の人は、
夜型になっちゃいけない!(笑)
ちょっと油断すれば、すぐにそんなものにふらふら惹かれてしまう質(たち)なので、
少しは自己コントロールできるようになってよかった。
年を重ねたことの恩恵ともいえます。



深い思想は夜中、静かに内省していると訪れるようにも思うけれど、
夜中じゃなくても、
静かな場所に、ひらめきはやってくるのですね。


規則正しい生活をしてごらん!などど、近所のおばちゃんよろしく、
中也青年に言ってみたい気もしますが、
光によりそう影のような詩をうたってくれる人は、
影の中にいる人にとって、必要なことでもあるのでした。










[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-14 09:27 | | Trackback | Comments(0)

靴の箱ってどうしてますか?

日常の中で、ふと疑問に思ったり、他の人はどうしているのかしら?
と思いながら、たいしたことでもないので誰にも聞かずじまい・・・ってこと、
ありませんか?

わたしの疑問のひとつは、
みなさんは、靴の収納に箱を使っているの?ということ。


今朝、思い立って、
クローゼットの中にいれっぱなしにしていた靴の箱を処分いたしました。
靴を買うとき、
日常的に頻繁にはきそうな靴は、箱に入れてもらわず持って帰るのですが、
あまりはかない「よそ行き用」かな、と思うものは、
一応、箱に入れてもらっていました。
はいたあと、きちんと箱に戻すものもあれば、
そのまま玄関の靴箱に収納してしまうものもあるし。
明らかに冬用の靴(フランネル素材)や夏用の靴(エスパドリーユ)は、
模様替えよろしく、
いちいち入れ替えをしていた頃もあったけれど、
はっきり言ってめんどくさい!(笑)
しまっているうちに、どんな靴があったのか忘れてしまったりもして(苦笑)
収納の基本は「持っているものが全部見える」ことだなぁと
服の整理をしているうちに、靴も同じだな!と思ったのでした。


お洒落達人のクローゼットには
靴をしまった同サイズ、同色の箱がきちんと美しく積まれていて、
しかも 
中に入った靴が何であるかわかるように、ポラロイド写真まで貼ってあるのを
よく雑誌でみかけますが
ずぼらなワタクシは、やっぱり玄関にすべて収納されている方が、
使用頻度も増えていいのでは?
と、手持ちの靴は、すべて玄関の靴箱に収納することに。
オープンラックならいいのですが、
箱や、中に詰めた紙類が湿気を集めて、
結果的に靴がしけって カビの原因になってしまうこともありますよ、
というお店の人のお話もありますし・・・。
というのは建前で、
単に、サイズも色もまちまちの箱が、
がちゃがちゃと積み重なっているのが、前々から嫌だっただけですが(苦笑)・・・


で、箱。
本当に靴をしまっていた箱も、
たんにずっと空き箱だっただけのものも(一応、取っとくか!という貧乏性の結果)
全部まとめてさようなら!
ごちゃごちゃだった一角がすっきりして、
クローゼットの風通しも、良くなった気がします♫
夏はとにかく、風通し!


自分の好きな靴がずらっと並んだ
(というほど、無い、ともいえるし、
一度に一足しか履かない 一人の人間が持つにしては、多すぎる、ともいえる)
光景は、我ながらわくわくしますが、
だいぶんくたびれた靴は処分しようか、眺めつつ、迷っている一週間。
すごく古いけれど、履き心地が最高の靴で、大切に履いている靴から、
割と最近やってきた、新しい靴まで。
靴が新しいと、
着慣れた服もまた、ちがった印象で着られて楽しいですよね。











[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-12 15:01 | ファッション | Trackback | Comments(0)

ふつうの日

修学旅行から無事 帰宅、
本日6年生は、土曜日の振り替え休日です。
毎年、送り出すお母さんたちは空模様が気になる梅雨時期の修学旅行ですが
今年は好天に恵まれた修学旅行となり、
子供たちが楽しい時を過ごせたことに感謝したいと思います。

留守の間、
せっかくのお天気だから、布団を干そう!とか
靴箱の整理をしよう!とか
結局、特別なこともせず過ごしていましたが、
とにかく静かで、自分のしたい時間に したいことに集中できるというのは
素晴らしいことでした。
靴も磨いてピカピカになったし✨清々しい気分で、
また一日の始まりです。

靴を磨くとき、
♫きゅっきゅっきゅ~っとくつを磨こう
という子供の頃に覚えた歌が、必ず頭の中に鳴り響くのですが、
子どもの頃に覚えた歌って、不思議といつまでも歌えるものですよね。
ちゃんと集中して、覚えている、ということなのかしら。
大きな黒いパパのくつ、茶色いリボン ママのくつ、
きゅっきゅっきゅ~と磨いたら きゅっきゅっきゅ~とひかるよ
小声で口ずさみながら磨く、夫の靴(たまには磨いてやるか)と(ほぼ)私の靴♡
ふつうの日。
ふだんしないことをする、ふつうの日。は、それだけでちょっと楽しい。
「何かしました!」って感じがします(笑)


なんだか あっというまに夏休みになってしまう予感( ;∀;)がする、
今朝も暑い朝。
みなさまもよい一日をお過ごしください。








[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-10 08:49 | 生活 | Trackback | Comments(0)

祝!再放送

今週の水曜日から、
待ってました!『プリンプリン物語』再放送が始まりました✨

わたしと同年代の方、ちょっと年上の方は、
ご存知の方もいらっしゃるかな?
1979年から3年間、NHKで放送されていた人形劇。
放送当時6歳のわたしは、内容はまったく覚えていなくて、
プリンプリンの美しい銀髪の髪型が素敵♡ということしか記憶になかったのだけれど、
人形劇の最高傑作!と言われていたそうで、
再放送が始まる前の特集番組では、その人気の高さをうかがい知ることができました。
今まで夫以外の誰からも「プリンプリン」の話は聞いたことがなかったので、
みんな知らないのかな~
なんて思ってました。びっくり。


当時、録画に使っていたのは高額なオープンリール。
一度しか使わないのはもったいない!と
撮っては消し、撮っては消しと使いまわしていたため、
録画そのものの保存がまったくなかったらしいのですが、
声の出演の方、人形制作者の方、人形操作の方たちなどが
当時 放送したものを、ご自分のために録画していたビデオテープが見つかったことで
めでたく再放送可能となったそうです。
素晴らしい!


何年か前に後半部分だけ、再放送されたことがあり、
毎回15分の番組を、
わたしも夫も、毎日楽しみにしておりました。

お守役のおさるさん・モンキーと共に箱に入れられ、波間に漂っていたところを
漁師に拾われた赤ちゃん。
箱に王冠が入っていたことから、
「どこかの国のプリンセス」ということだけは分かりましたが、
それ以外の手掛かりはまったくありません。
15歳の少女になったプリンプリンは、
友人のボンボン、オサゲ、カセイジン(と呼ばれていますが、火星人ではありません)と共に、
まだ見ぬ祖国を探す、長い旅に出かける、という内容。

以前も書いたような気もするのですが、
大人の目で見返してみると、
世相や国家の在り方に対する風刺や皮肉、示唆に富んだ、
たいへん深い内容です。
「限りなく美しく、この上もなく清らかな、愛に満たされたところ」
それがわたしの故郷だと、プリンプリンは歌いますが、
行く先々、問題を抱えていない国はない。

子供番組らしいというか、それとも、らしくない、というべきか、
けっこうはちゃめちゃな場面も多くて笑えますが、
なにしろ、15分番組なのに、劇中歌が多い!
歌ってるだけで、話の内容がさっぱり先に進まない~なんて時もありますが、
毎日見て、毎日歌をきいているうちに、子どもでもきっと覚えちゃうんだろうな。
そしてその歌が また素晴らしいのです。
我が家にはCDもありますが(笑)
素晴らしい歌詞、珠玉の名曲の数々!
(お金さえあれば幸せになれる~という、
あからさまな欲望に満ちた悪役の歌なんかもあり、かなりインパクトもあります・笑)
本当によく口ずさんでいるので、
実際には『プリンプリン物語』を見たことがない息子も、
歌は知っていたりします。


今回の再放送は、残念ながら毎日ではなくて
毎週水曜日、2話分ずつの放送。
いまだ欠けている回もあるそうですが、
なにしろこれから始まるプリンプリンとの旅が 楽しみです。














[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-07 08:49 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

かご

かごを見ると、素通りはできません。
カゴバックであれ、収納用であれ、
かごを見たら立ち止まる!は、私の中ではもはや合言葉(苦笑)。
数々のかごが家にあるというのに、
お店でもウェブショップでも、かごをチェック。
なんていうかやっぱり、人が、手で、作ったものが好きなのよね。

一口にかごといっても、けっこう雑な作りのものも多く、
きちんと、丁寧に、作られているものは、やはりお値段もそれなりに・・・。
うかうかと買えはしないのですが、
その素朴でシンプルで誠実なたたずまいを見るだけで、
心が落ち着くように思います。

なにか素敵なものが見たいなぁ~✨
という気分の時に、
よくかごのウェブショップをのぞいてはうっとりしているわたしに向かい、
「またかご見てる」とあきれる夫。
「わくわくしませんか?」
「いいえ、俺のギターのサイトをみてるあなたと同じくらい、
まったく何も感じませんよ」
ああ、そう。いい例えですね!

出かける時の荷物は少ない方ですが、
それでもふだん、お出かけに持ち歩くかごは、
それ自体、それなりの重さがあります。
最近、本当に身軽に出かけたい時に使っているのが、
この小さくラブリーなかご↓

d0314849_13572708.jpg

こちら、実はかれこれ・・・うーん、何年前かな?
もうわからないくらい前に、誕生日に妹ちゃんたちに買ってもらった
お気に入りのかごなのです(覚えてるかな?)
息子が生まれるよりも、もっともーっと前だと思うのですが・・・
そうなるともう とにかく、少なくとも12年以上、前ですね。


持ち手の部分が本体から外れてしまい、
麻ひもで固定しているのですが、
持ち歩いている時にはずれるのが心配で、ずっと小物の収納に使っていました。


小さなお財布と、ハンカチ、リップ、携帯電話。かぎ。
なんとなく、いつものお財布をいつものように持ってしまうけれど、
小銭入れに必要なだけのお金やポイントカードを入れれば、
こんなにも身軽なんだなぁ!と、心も軽やかです。
中身が軽ければ 持ち手が外れるようなことも、今のところなく、
このラブリーなかごを持ち歩くことに、ウキウキ(笑)。


雑な作り、というわけではないけれど、手ごろなお値段で気軽に手に入れたものは、
気に入ってはいるけれど、実はあんまり思い入れはないことが多く。
思い切って買った!というものや、
値段はさほど高くはなかったけれど、あの時に、あの場所で、買ったもの、
と記憶がはっきりしているものは、
やっぱり使う頻度も高く、わたしとの親密度も高い(笑)。
手軽で惜し気がないというのも大事ですが、
この先、かごを買うならば、
やっぱりある思い入れをもって、大切に使えるものに限ろう、
と 
かごを見れば立ち止まりつつも、最近ではそう思っています。










[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-06 14:49 | 生活 | Trackback | Comments(0)

ビートルズがやってきた

d0314849_13564874.jpg


朝ドラ『ひよっこ』の劇中で、ビートルズが来日しましたね。

夫はずっとビートルズ好きですが、
わたしはドラマ『glee』の面々が歌って以来なので、
すごく最近、聞くようになりました。
(といっても、夫が車で流すのを、聞いているだけですが)
わたしにとっては劇中でgleeのキャストが歌っているのが
“ビートルズ”なのですが(ビートルズファンの方、いらしたらごめんなさい!)、
それでも、もともと好きな曲もあったり、
本家ビートルズを聞いているうちに 覚えて好きになった曲もあるので、
おお!ビートルズ来日か!
と、ムネオさんと同じように感慨深く、
来日を見守っています(笑)。


この曲を作ったとき、神さまが降臨したに違いない!
と思う、メッセージ性の強い歌もあって、
わたしの心の中で、何かはっと、
今、主のみ言葉を聞きました!(*個人的感想です)
という「気づき」体験をするとき、ビートルズの曲を聴いていた
ということも、幾度かあります。
歌詞にインスパイアされて湧き出る気づきなのか、
そのとき、自分に必要な祈りの答えを、神さまがくださっているのか
意見はあるかと思われますが、
わたしにとっては、それは祈りに対する、神さまの答えのような気がしています。



ある体験をする機会に恵まれた、
のだけれど、その体験を、自分は望んでいるのだろうか?
もっと端的に言ってしまえば、
それって必要な体験?どちらかといえば、不要では?
と思って、体験することを迷っていた数年前、
やはり車中で聴いていたビートルズの曲に、はっとしたことがありました。

それが必要なのか、不要なのか、
何を私が決めようとしているのだろう。
それがどんな経験になるのか、やってみなければ分からないというのに、
「わたしには不要」だと 決めつけようとしている愚かさ。
それが身になるのか、ならないのかは実のところ問題ではなくて、
そうやって世界を狭めようとしている、気持ちの頑なさに気づいたということなのです。

その体験をしたことが、今、結果的にどうであったかのか、
わたしははっきり「よかった」「素晴らしい体験であった」とは言えません。
それがあってもなくても、
たぶん気持ちは変わらないのだけれど、
宗教にある「洗礼」という儀式を、
形式ではなく、気持ちで語るとしたならば、
たぶん、私が主の洗礼を受けたのは、その瞬間だったのではないかと
今は思います。
自分ではかる、小さな思いや希望を超えて、
もっと大きな何かにゆだねること。

ビートルズが神や洗礼について歌っていたわけではないのだけれど、
I say Hello
と言われたあの瞬間の衝撃は、ちょっと忘れがたい。


愛がすべてだと、くちずさむ日。
あるがままでよい、と思う日。
こわがらないで、気持ちが変われば、すべてがうまくゆくよ、と鼓舞する日。
毎日の中で、小さく歌を繰り返して、
やっぱり愛がすべてだと思う、ビートルズ体験。
来日時のわくわくも体験できてよかったです♫












[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-06 13:58 | | Trackback | Comments(0)

ママをおやすみ

今週の金曜日から1泊2日で、息子は修学旅行へ出かけます。
何日も前からわくわくと興奮するアンと同じく、
あと何日だね!と毎日、指折り数えるくらい楽しみなご様子。
もう鞄に荷物も詰めたし、
「今日、行きたいなぁ~」と毎朝(笑)。
1泊と言わず、1週間くらい、行っててくれればいいのに(笑)。

朝、学校へ送り出してから夕方帰ってくるまで、
毎日一緒にいる時間も少なくなってきたけれど、
それでも、なんだか夜の時間も解放される!と思うと、
わたしも指折り数えて楽しみにしております。
ゆっくりセールでも、見に行っちゃおうかな~なんちゃって。

きっと実際はふだんとそんなに変わらないんだろうけれど、
なんとなく気楽で、
「ママ」をお休みできるのは、楽しいことでもあります。

ところで先日、
「ママって、ママらしいね」
と息子に言われました。
よそのママがどんなママであるのか、わたしには分からないし、
たぶん息子にだって分かりはしないのでしょうけれど、
そもそも、ママらしいママってなんだろう??
じゃあ、ママらしくないママって?
ママらしい、と言われて、べつだん、
嬉しくもなければ哀しくもなく、
そう言った彼の口調も、「これは鉛筆です」くらいの、まったく普通の調子だったので、
「そう??」としか言いようがなかったのですが
ママとして、これは信頼できる人だ、と
思ってくれているのならいいなぁ。







[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-05 17:31 | 子育て | Trackback | Comments(0)

『西の魔女が死んだ』

とてもとても久しぶりに、読み返しました。
梨木果歩さんの『西の魔女が死んだ』。
新装版として新刊書コーナーに並んでいた、そのシンプルなたたずまいに惹かれました。

映画化もされた、著者の代表作ともいえる作品。
梨木果歩さん、大好きで、
我が家の本棚にも幾冊もならんでいるのに、この本は、
一度買ったものの、手放してしまった本でした。
初めて読んだのは、いつの頃だったか。

初版の奥付を見ると、1994年4月19日発行とある、
と あとがきに書いてありますが、
わたしが初めて読んだ梨木さんの本は、
2004年の第6版の『春になったら苺を摘みに』なので、
少なくとも2004年以降。
それでもかれこれ、13年前ということになります。
30代になったばかり。
何回か読み返して、それでも手放したのは、
たぶん、主人公・まいの気持ちと、おばあちゃんの気持ちが
自分の中で交錯して、うまく処理できなかったからではないかと思います。


中学へ上がったことをきっかけに、学校へ行かれなくなってしまったまいと、
「魔女」であるおばあちゃんが共に暮らした、1か月ほどの物語。

おばあちゃんの暮らしが、それはそれはもう、わたしの理想通りで、
(映画を観ると、本当にもううっとりして「ここに住みたい」と思うくらい)
お祖母ちゃんの語る死生観も、
もうまったく「その通り、わたしの想像と同じ」だったので、
だからこそ、あるいきさつの末に “西の魔女が死んだ”ことは、
わたしの中で、かなりショッキングでした。
「いつ死んでもいいように、大好きなことは、とにかく今日、伝えよう」
と思う、きっかけになったかもしれない。


おばあちゃんのような暮らし、と
まいがそれを「即座に拒否」したように、
まだまだ外に流されて行こうとする気持ちが交錯した
13年の時を経て、
今回、わたしはもう、まいよりも、おばあちゃん寄りの気持ちで
この本を読みました。
書き下ろされた、おばあちゃんのある1日を描いた短編は、
だから本当に、
「ああ・・・」と思った。
今は、だいぶん、自分の外側のことに目が向いてしまっているなぁ、と。
そんな時期なのかもしれないけれど、
「生活は小さくていい」とある日決めた、そのことから、
少しまた、ぶれが生じている。と。
わたしは、「オールドファッション」な生き方が好きなのだと、
改めて思ったのです。


『ただシンプルに素朴に、真摯に生きる、というだけのことが、
かつてこれほど難しかった時代があっただろうか。
社会は群れとして固まる傾向が強くなり、声の大きなリーダーを求め、
個人として考える真摯さは揶揄され、ときに危険視されて、
異質な存在を排除しようとする動きがますます高まってきた』

という言葉に続いて、
この、静かな、
シンプルかつ素朴、真摯な生活を描いたこの本を、
再び送り出す言葉として、梨木さんはこう、あとがきを締めくくっています。


『私たちは、大きな声を持たずとも、
小さな声で語り合い、伝えていくことができる。
そのことをささやいておいで』
と。


声高に叫ぶことで、かき消される声があること。
声高に叫ぶことで、叫ぶことが目的になってしまうこと。
聞く意思を持たなくなること。
声高に叫ばれることで、自分で考えることを、しなくなること。

そんな世の中で、シンプルに素朴に、真摯に生きていこうとするのは、
確かに難しいことだと感じざるを得ないけれど、
そう、
わたしは、そう生きたいのだとある日思った、
そのことを、今、大切な時に思い出させてくれた再読になりました。

また、心新たに。
新しい週が始まります。
今日も楽しく過ごせますように。
みなさまもよい1日をお過ごしくださいませ。

















[PR]
by patofsilverbush | 2017-07-03 10:09 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
プロフィールを見る
画像一覧