born this way

みなさんはお持ち合わせはありますか?

といっても、お財布事情ではなく(笑)
「常識」のお持ち合わせです。

冠婚葬祭のマナーや日々のおつきあい、
何かをいただいたらお礼はいかほどで、
などなど、いい年をした大人は、こんなふうにふるまうのが「常識」!というような知識を
わたしはあまり持ち合わせておりません。

というわけで、母にはよく浅はかだと言われます。

まあ、そんな直接的な言葉では言わないけれど、それに近いような言葉やニュアンスでね。

すみません。

とも思うのですが、
そして確かに「いい年をした大人」は、「きちんとした振る舞い」をしたほうがよいかとも思うのですが、
その一方で、
正直、意味がわからん・・・と思うこともしばしばです。


誰かに親切にしていただいたら、
感謝することと、
「お礼にお返しをしなければならない」こととは
まったく別のことのような気がします。

自分でできるようにならないと後で困るのよ!
と言われて育ったけれど、
一人で何もかもはできないのだし、得意・不得意もあるのだし、
大人になった今、できないことは山のようにあるけれど(むしろできることのほうが少ないのだけど)
わからなければ聞くことも、教えてもらうこともできる。


うーん・・・と思いつつも「常識的な知識」のない自分に、とほほと思い、
「社会人」としての自分に自信が持てずにずっといたけれど、

最近、もういいや~と変な開き直りの心境に・・・(笑)。

マナーだけではなく、「常識」という形をとってしばしば行動や心を縛り付けるものから、
もっと自由になりたい!と思うし、傍から見たら「変な人・・・」でも、いいや!って。

枠から出ることは、怖いことでもあります。
本当の自分を知ることも、怖いことです。

自分の価値観と世の中の価値観の違いに気がついたとき、
つい、世間の価値観に合わせようとしてしまう、「大人」ぶろうと無理をする自分でいたけれど、

でも窮屈だと思うのなら、勇気をふるって出てみないと自分がつらいかな。
ということに気がついて、ちょっとずつ。



子供を育てていくうえで、
わたしにはとても必要なことだったような気もします。
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# by patofsilverbush | 2013-07-13 10:25 | その他 | Trackback | Comments(0)

赤毛のアン

バレエと同じく、こちらも長いおつきあいで、
物心ついた頃から今現在にいたるまで、人生アンでできている!というくらい、
「赤毛のアン」が大好きです。
もう、何度読み返したかわからないくらい。

少女小説の代名詞のような本だし、
パッチワークやお菓子作り、バスケットに詰めたお弁当やピクニックにパフスリーブのドレス・・・
などなど、日本の少女の乙女心をくすぐる、アンのいわゆる「想像の余地」のある、
ラブリーな物語だという印象が強いのですが、
甘やかな少女の成長物語というだけでなく、
この小説は「素晴らしきかな人生!」という、シンプルな基本を、いつもわたしにおしえてくれる本でもあるのです。


アン・シリーズの中にはたくさんの引用文がかくされており、
その出典を紐解いていく・・・というような、研究みたいなことも、興味深くて大好きなのですが、
単純に物語を声に出してゆっくり読んでみるだけで、
さらっと読み過ごしてしまう言葉の中の、登場人物の深い気持ちに気がついたりします。


舞台は美しい豊かな自然がひろがるカナダの片田舎、プリンス・エドワード島。
そんな素敵な風景の中にいれば、アンのように空想力が増すかもね。

というのは表面的なことで、
アンをひきとるはめになった中年の兄妹、マシュウとマリラにとってはただ当たり前の景色なんですよね。
美しくはあるけれど当たり前の景色。
書かれていることも、まったくの日常生活です。
生きていること、人が生活すること、抱く感情、喧嘩や仲直り、失敗も成功も、恋愛も結婚も死もなにもかも。



その当たり前の生活、身の回りの景色を、
ゆっくり、丁寧に見つめること。
小さな発見に感動する心があって、初めて日常は新鮮な驚きに満ちたものになる。


そんなアンの、生きていることにたいしていつも扉をひらいている心のありかたに、
わたしはいつもほっと安心しするのです。
こんなにも人生は豊か。
どこに住んでいても、何をしていようとも、たとえ傍からは、何もしていないように見えたとしても。


いろんなことがあって、心が嵐のようになることももちろんあるし、
わぁ~やってしまった!失敗!とへこむことも日常茶飯事ですが、
そんなときでも、世界は豊かで美しいという気持ちを、心の真中にしっかりと根付かせてくれたのが
「赤毛のアン」なのです。


という私の個人的な感想だったので、今まで特に、アンを語りたい!と思ったことはなかったのですが、
なんとなく、
みんなでのんびり読んでみるのも楽しいかな
思ったことを話してみるのもまた楽しいかな、と。

自分の生活の中の新しい発見があるかもしれない。
もちろん私もそう。
表面的なおしゃべりにはない、ある種のテーマ?みたいなものから派生していく何かを楽しみに、のんびりご一緒に、アンを読んでみませんか?
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# by patofsilverbush | 2013-07-10 09:54 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

free birds

自宅で小さな集まりをひらいています。

午前中はストレッチとなんちゃってバレエ、
お弁当をはさんで、
午後は「赤毛のアン」を読みながら、日々のことや自分の気持ちについて、
思いついたことをシェアできたらいいなという時間です。


バレエは子供のころから二十歳過ぎまで続けていましたが、
もともとは運動嫌いの運動音痴、
現役をはなれてからかれこれ○○年たち(わ~、とても言えない!)、
まったくお手本もお見せできない体たらく・・・・。

適度な運動は体にいい!なんて、知ってはいるけれど、なかなか一人では続かないもので、
参加してくださる皆さんがいて、わたしも一緒に運動できるという、わたしにとってはとてもありがたい会なのです。
皆さん 本当にいつもありがとうございます。



といっても、わたし個人に関して言えば、実は「運動すること」が目的ではなかったりもします。

ストレッチも、音楽に合わせて身体を動かすことも楽しいのですが、
自分の心や体に意識を向ける、ことが、大切かなぁと思うのです。


毎日の生活の中で、わたしたちは何かをしながら別のことを考えていることがよくあります。
お掃除をしながら、次にすべきことや午後の予定を頭の中で確認していたり、
友達とおしゃべりしながら、晩御飯は何を作ろうかなと考えていたり
お風呂にはいりながら、明日のスケジュールを・・・・・などなどなど。

そうやって無意識のうちに、身体を動かし、心は「ここ」にあらずになっていること、わたしはよくあります。


今、手を動かしている。
今、窓の外を見ている。
今、箸を持っている。

なんて、自分の動作についていちいち考えたりしないけれど、
手を動かして、自分は何をしようとしてるのかな?
窓の外を見たのはなぜ?
ご飯を口に入れた、あ、美味しい!
と、いちいち気にとめたりすると、確実に自分の心は「今」、「この瞬間」にいて、身体の動きにぴったり寄り添っていることに気がつきます。
足を組んだり背中が丸まったりする、悪い癖にも気がついたりしてね。



忙しくて大変!と思うことも、実は自分の頭だけが、忙しがっているだけだったりすることも。


不定期な集まりなのですが、自分も含め、来て下さる方が、
自分の身体の動きのひとつひとつに集中することで、
自分の身体の状態や、くせに気がつけたり、

自分に寄り添う時間を持つことで、
気にもとめなかった自分の本当の気持ちに、気づくことができたりしたら、なんだか嬉しい。

ついでに動作も、丁寧に美しくなれたら素敵。


午前中は身体を使って、午後は心を使って、
外に向けている自分と内面の自分が、一致できるようになったら、
もっと気持ちが自由になれるんじゃないのかな~。

そしてなぜ「赤毛のアン」?かといえば・・・それはまた、次回にでも(笑)。
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# by patofsilverbush | 2013-07-06 10:55 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

楽しい想像

朝の散歩中に、雉を見ました。
森のはずれの切り株の上、悠々と立つ姿に気がついたときは、思わずはっと息をのんでしまいました。

この春はよく、雉を見かけます。
通っている修道院のそばや教会の近く、
ある朝には、庭に大きなものが走りこんできた!とのぞいたら、メスの雉だったことも。
鳴き声はよく聞くけれど、まさか庭にやってくるとは!一応、住宅地なんだけどね・・・。

大好きな「赤毛のアン」の中で、アンがこんなことを言っています。

『プリンス・エドワード島は世界中でいちばんきれいなところだって、いつも聞いていましたから、
自分がそこに住んでいるところをよく想像していましたけれど、
まさか本当にそうなるなんて、夢にもおもわなかったわ』


プリンス・エドワード島に住みたいなぁ、とか、
アンよろしく、小川のそばに住みたいわ、とか、
いろんなことを想像しますが、
ふと気がつけば、
我が家の周りは実に静かな住宅街。


通学時間をすぎてしまえば、人声も、車の音もほとんど聞こえず
あけはなった窓から聞こえるのは鳥のさえずりばかり。
窓の外に目をやれば 庭木の緑も見え(その向こうには隣家の壁が迫っているとはいえ)、
季節ごとのちいさな花も楽しめます。
少し歩けば運河もあります(せせらぎを楽しむという風情はないものの)。
   

自分の想像していたものとは違った形だけれど、
夢って案外かなっているのかも!
と先日、ふと気がつきました。


楽しい想像は、たいてい気がつけばそのとおりになっているものだと思うのです。
気がつけば、というところが肝心で、
案外そのことに無頓着で、自分の現実に不満を持っていることも多いものではないでしょうか。

気がついて良かった!



今は、この形が幸せ。
その形は時とともに変化しているけれど、きっと想像した楽しいことは、
自分の想像してもいなかった形で自分にやってくる。


プリンス・エドワード島に、本当に住んでしまう日を楽しみにしつつ、
愛すべき日常を今日も迎えられたこと
「神に感謝」!
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# by patofsilverbush | 2013-07-02 09:48 | その他 | Trackback | Comments(0)

お仕事 

専業主婦をしていると、
「仕事しないの?」
とよく言われます。

ある場合はその言葉の裏に、「暇だね」というニュアンスがかくれていることもあり、
いちいち気にしていた時期もありましたが、いつ頃からか、
「仕事してるし」
と、堂々と答えられるようになりました。

わたしは
家事 育児 
という仕事が大好きです。


といっても、カリスマ主婦のようにお料理上手でも、やりくり上手でも、お掃除上手でも、
たいして子供好きでもないのですが。


食べること、眠ること、リラックスできる場所があることは、
人間が生きていくことそのものに関わる大切なことです。

健やかな身体や心を作るために、なんといっても食事をきちんとしてほしいし、
晴れた日には布団を干して、気持よく眠ってもらいたい。
家中ぴかぴか!とは言いませんが、気持よくお掃除した部屋でのんびりしてもらいたいし、
外で何かあった日には、緊張をほどいてもらいたい。
子供の話はゆっくりじっくり 聞いてあげたい。


家族のために、という気持ちはもちろんありますが、
なによりも、私自身が、家にいることが好きなのです。

日々の、「生活」に寄り添うこと。たいせつにすることが。


それはきっと、外でお仕事をする女性と、変わらない気持じゃないかしら。
この仕事が好き!という気持ち。



金銭が発生しないと仕事じゃない?
ほんとうにそうかな?


誰だって、誰かが作ったものを食べているんだし、
公共のスペースだってお掃除をして下さる人がいて、きれいを保っている。
子供を見て下さるお仕事の人がいるから、ママ達は安心して働ける。

だったらそれを自分でやっている人は?
それは「やってあたりまえ」なのかな?
だとしたら、外で働く人たちは、その「やってあたりまえ」なことを人任せにしている、ということには、ならないの?


どちらが偉いのでも大変なのでもなく、
外で働くのと同じように、
家事も育児も、
人を育てる、人の健康を守る大切な仕事だって、
主婦やお母さんが胸を張って、堂々と、言えるようになるといいなぁと思います。
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# by patofsilverbush | 2013-07-01 16:29 | その他 | Trackback | Comments(0)

just the way you are

小学2年生にもなると、他者と自分を比較することを覚えます。

いや、はやい子はもっとはやくから、比較をしているのでしょうか?

年齢よりも幼いわが息子、小学校生活2年目にしてようやく「学校」というものにも慣れ、
クラスメイトの個性が見えてきたようです。

そしてある日、こんなことを聞いてきました。
「ぼくがもっとかわいかったら、もっとぼくのこと好きになった?」


もっとかわいかったら?
じゅうぶん かわいいけど!


なにをもってかわいいと思っているのかは知りませんが、
こんなときに 答える言葉はただひとつ。
「いつも言ってるでしょ、
'cause you're amazing
just the way you areって」
そう言われて、息子は大にこにこで「ぎゅう」してきました。本当はママがいつもそう思っていること、
知っているからです。


ドラマ「glee」の中で歌われた、
Bruno Mars の「Just The Way You Are」(実はオリジナルは聞いたことないのですが)は、
ラブ・ソングではあるけれど、すべての人に歌いたい歌です。

ドラマの中でも、ゲイの友人に対して歌われていました。


 君の顔をみるたび ぼくはこう言うよ
 どこも変えようがない
 だって ただそのままで 君はすばらしいから



誰にでも欠点はあり、できないことのほうが多い。


でも、何ができなくても、息子はそのままで素晴らしい、世界でたったひとりの「彼」なのです。
そして忘れてしまいがちですが、わたしも、夫も、それはやっぱり同じ。
 

わたしが彼に伝えたいその気持ちを、小さな息子も同じように、素敵な言葉で返してくれます。

ママかわいいから好き 
ママ優しいから好き 
ママと抱っこすると気持ちいいね
ママ大好き


可愛くも優しくもない、どころか、感情にまかせて叱ってしまうような、短気な母親なのですが、
そんなわたしも、彼にとっては世界でたったひとりの「大好きなママ」なんだなぁ・・・と。
そんなやさしい言葉で言われると、しみじみ反省してしまいます(笑)。


お小言や注意やお説教は、次から次へと口をついて出てきますが、
大好きな気持ちだって同じくらい出し惜しみせず、毎日毎日 伝えたい。
あした死んじゃうかもしれないんだし!



そのままの あなたが大好き。
宝物よ と。


お友達はみんな、自分と同じように、その子のパパやママの「宝物」。
好き嫌いや苦手な感情はあってあたりまえだと思うけれど、
苦手なりに、相手の個性をそのまま受け止められる、
そんな人に育ってほしいし、息子とともに自分のことも育てていきたい、そんなふうに思います。

そして子育てよりも、自分育てのほうがもっと難しい!と感じる今日この頃です(笑)
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# by patofsilverbush | 2013-06-25 10:29 | 子育て | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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