クリスマスツリー

午前中、ようやくツリーを出せました。
ハロウィーンが終わって11月になり、クリスマスにはまだ早いよな~
なんて思っていたのに・・・。
競艇のSGレースも、あとは賞金王レースを残すのみ。
ついこの間、賞金王レースで盛り上がったばかりだというのに、
もう一年たってしまったなんて!(うわぁ、ギャンブラーなオジサンみたい)

クリスチャン家庭でもなく、信心深い家庭に育ったわけでもないのに、
小さなころからクリスマスは
わたしにとっては特別な時期でした。

もちろん、
サンタさんが来る~うれしい~わくわく!! と
単純に子供らしい気持ちもあったのですが(いまだにあります)、
その向こうに漂う、何かわからない、特別な気配が好きでした。

毎年かける子供用のクリスマスレコード(時代を感じますねぇ)には、
王道なクリスマス・ソングとともに、
「イエスさまがうま屋でお生まれになる」短い物語も収録されていたので、
クリスマスが何の日なのかは、ごく普通に知っていました。
たぶんそのせいなのでしょうね。

世界中に、まあ、言葉でいうのならば、
「神聖な」気配が漂っている ように、感じられたのです。

キリスト教という一宗教の行事ではありますが、
○○教という特定の宗教を信仰しなくても、
自分が何か、神聖な力や存在に出会うときは、だれの人生にもありうるのではないかと思います。
その、人知を超える何かの存在に出会ったときに感じるであろう、喜びや愛を、
目に見える形で祝うことができるという点でも、
わたしはクリスマスが大好きです。



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# by patofsilverbush | 2013-12-03 13:18 | 季節 | Trackback | Comments(0)

ブリュエット夫人

昨日のfree bidrs ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
ストレッチの時間を 意識してとることって、
たとえ30分・・・いや、3分でさえも、
一人ではなかなか続かないものですので、
本当に皆さまには感謝しています。

初めはバレエの、見慣れない動きにとまどいがあったと思うのですが、
少しずつ慣れてきて、
「意識して身体を動かす」ことに、みんなの心が向くようになってきたかな~と感じた
きのうでした。


さて、午後はいつものように「赤毛のアン」。
7章に入ろうか、というところではあったのですが、
前回のブリュエット夫人のことを、つらつら考えていたら、もう少しシェアしたいことが出てきました。

アンの登場しない短編『ショウ老人の娘』の中で、“人生の失敗者のひとり”などと描写されてしまっている
彼女。
“他の人々の幸福は自分への侮辱と認めるようになった”
と書かれています。

それって、どんな心境なのかな。
幸せそうな人を見ると、自分が馬鹿にされているような、
非難されているような気持ちに、なってしまうのかしら。


「あの人はまるで錐(きり)みたいだもの」というアンのたとえからは、
とげとげしく、ゆとりのない、責めるばかりで受ける気はない、やわらかみのない・・・
そんなブリュエット夫人の姿が浮かんできます。

他人は受け付けないし、他人の幸せも受け付けない人?


はたから見れば、アンはもちろんなこと、
マリラやマシュウだって、「見るからに、絵に描いたように幸せそう」には、きっと見えないですよね。
結婚もせず、子供もいず、村の家々からはかなり引っ込んだところに住んでいる、
独身の兄妹。
コミュニティには参加しているマリラはともかく、マシュウなんて、
人が集まる教会にさえ行きたがらないほど内気なのですから、
「変わってるよね~あの人たち」
と、すごく言われていそうです(笑)。

でも、アンも、カスバート兄妹も、自分の幸・不幸を、周りに影響されずに生きています。
他人を受け付けないのではなく、
人は人、自分は自分と、
人のことも自分のことも、認め、受け入れている。
自分の好きな生き方を、貫いているというか・・・。
だからこそ、女の子をひきとるなどという予定外に起こったできごとを、
心をオープンにして受け入れられたのかな、という気もします。
だって、アンの生い立ちがどうだろうと、自分には関係のないことで、
あくまで頑なに、男の子を引き取ることだって できるのにねぇ。

アンに出会って、内気なマシュウにはすぐに変化が訪れています。
今までとは違う生活・心理状態になることは、
時としてとても怖いと感じることも、あるかもしれません。
でも 変化を受け入れるところから、
心の成長は 始まるのかもしれませんね。

マリラがアンを引き取ろうと決心した瞬間。
そのことって、あとから誰かに説明しても、なかなか人には真意は伝わらないかもしれないのだけれど、
「人が何かを決心する瞬間」って、おもしろいな。とも思いました。


何度も読んでいると、こういう章って さら~っと読み過ごしてしまうのですが、
意外と、いろいろなことを考えさせられる章だということに気がつきました。

自分がそんなことを思う「時」がきたのかもしれませんが、
ゆっくり、じっくり読んでみるって、楽しいことですね。


ブリュエット夫人、やはりこの物語のキーマンです。
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# by patofsilverbush | 2013-12-03 09:47 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

人生の成功者って?

おとといのfree birds いらして下さり、ありがとうございました。
「あ~、最近、身体動かしてなかったな~」と自覚するだけで、
意識は身体に向くのかなと思います。
ちょっとの背伸びだけでもね。

午後は「赤毛のアン」6章を読みました。

アンを孤児院へ返すべく、彼女を孤児院から連れてきてくれたスペンサー夫人宅へ赴いたマリラ。
カスバート兄妹が欲しがっていたのは男の子だと知ると、
「女の子をお願いしたい」と伝言を頼まれていたスペンサー夫人はびっくりしますが、
アンを孤児院へ返す必要はない、
ご近所のブリュエット夫人なる人物が、お手伝いの女の子を探している、
と言いだします。

「アンがちょうどいいじゃありませんか。これこそ神様の思し召しだと思いますわ」

ブリュエット夫人がどんな人物か、うわさで聞いていたマリラは、
いっこうに神様の思し召しだとは思えません。
道中聞いてきたアンの身の上話とあいまって、そんなひどい人にアンを渡すのかと思うと、
良心の呵責に苦しめられ、ついにアンを引き取る決心をするのでした・・・・



ここで「神様の思し召し」だと思うのは、スペンサー夫人が言うように、
たまたま女の子をひきとりたいと思っている人が、身近にいたことではなく、
そのことがきっかけとなって、マリラがアンを引き取る決心をした、
ということです。

マリラにはそんな自覚はいっさいなく、「喜んでひきとるとはいいかねる」ものの、
こうなったのも、神様がお与えになった私の義務、くらいな気持ちでした決心。
でも、後々のことを考えれば、この決心が、
マリラやマシュウの人生を大きく変えてしまったわけです。

幸せになるために、本当に必要なことと、
自分が必要だと思っていることは、まったく違うものだったり、するのかもしれませんね。
どんなことが人生に起きるか、まったくわからないけれど、
目の前にきたことには、とにかくベストを尽くそうと、
マリラとともに思った昨日でした(笑)。



ところで、「人生の成功者」って、どんな人をイメージしますか?
この章のキーマンであるブリュエット夫人は、
アヴォンリー近隣の人たちを描いた短編集・『アンの友達』の中の一編、
『ショウ老人の娘』というお話の中にも登場し、“人生の失敗者の一人”であると描写されています。
かたや“生涯の成功者”だと描写されるショウ老人は、
近隣の人たちからは「かいしょうなし」と呼ばれている、
大きな農場もなければお金もない、生活の術をかせぐ手立てに、まるで興味のない人です。

はたからはどう見えようとも、
その人の心が幸福であるか。
心が幸せで、自分の生活に満足して、自分以外のものに愛を注いだ毎日を送っているか。

それが、モードが繰り返し描く、「人生の成功者」のようです。



「あの人はまるで、錐(きり)みたいだもの」とアンがたとえたブリュエット夫人。
なんとなくわたしのイメージの中では、中年というより初老に近い、こわいおばさんのイメージがあるのですが、
「赤ん坊がむずかるので、今すぐにでもアンを連れて帰って子守りをさせたい」
と言うんですよね。
そう、彼女には赤ちゃんがいるのです。
「あらためて考えると、なんだかびっくりするよね」
「私たちより、若かったりしてね~」なんて、可笑しく語り合った、楽しい午後のひとときでした。
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# by patofsilverbush | 2013-11-30 11:33 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

人生の主役になる

その時々で、誰かが言ってくれた一言、本の中の文章、歌詞の一節、ドラマや映画のセリフなんかに、
はっとすることがありませんか?
ああ、この一言で、目が覚めました!わたしに必要な言葉でした!って。

そのときに心に感じた何かは、その時の自分に必要な気づきなのですが、
だいぶたって、同じ言葉が、
新たな意味を持ってよみがえってくることがあります。
同じような気づきなのだけれど、もうちょっと深い意味あいを帯びてきたり、
新しい局面をみせてくれたり。

以前、
「“しなければいけないこと”なんてない。何を選ぶかはあなた自身だ」
と、言われたことがありました。
あまり楽しくないシチュエーションで言われたので、その時は、
「わかってるよ、やってるよ、でも“しなければならない”日常の諸々は存在するじゃないの!」
と、腹がたちました。

でも最近になって、それは気持ちの持ちようの問題だな、と思うようになりました。

“すべきこと、しなければいけないこと”は、確かにあるのですが、
自分がそれをどう感じるか?ということです。
誰かがやらなきゃいけないから、そしてその誰かがやってくれないから、
わたしがやるしかない、
とか、
義務だからやらなきゃいけない、
とか 
思い始めると、際限なく不満が溜まってしまいがち。
やりたくないのに、やらなきゃいけない。どうして私ばかりが?って。

でもたぶん、そうじゃなくて、それは自分の選択の結果なんだよなぁ・・・
自分が、それをやるって決めた。
やりたくなければ、やらなければいい。
「やってるわたしばかりが、損してる」というのと、
「やるって決めました」と思って取り組むのとでは、
自分の感じ方が180°変わるんですよね。



誰かが何かを決めてくれるのを、ただ待っている主人公に、友達が
「自分の人生でわき役になるつもりなの?」という言葉を投げかける、
そんな、漫画の一場面に、はっと思ったことがありましたが、

自分で何をするか決める、
決めた結果、起きたことをしっかりうけとめる

ということを、案外、軽く見ていた自分に気がつくようなことを、
最近、よく見せてもらえます。


「これをする」というチョイスでも、「しない」というチョイスでもよくて、
どうするか決めたのは、自分自身、だと自覚すること。
それを選ばざるを得ない状況にあったとしても、それでも、
それを「選んだ」のは自分だと自覚した時に、はじめて、
自分のしていることに、前向きに取り組めるような気がします。

そして、前向きに取り組めるからこそ、自分の人生で主役になれるんですよね。
誰かが決めたことじゃない、
自分の人生を、責任もって生きることが、
人生で主役になることなんだなぁ、と、
あのとき感じなかった言葉の意味を、最近になって深く噛みしめています。

まだ、わたしはここまで。

たいてい、
言葉は違えど、結局いつも同じことを言われていることにも、
気付き始めた今日この頃(笑)。
同じ言葉をどこまで深く感じ取れるか、はかりしれない楽しみや面倒くささがあります。
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# by patofsilverbush | 2013-11-30 10:50 | | Trackback | Comments(0)

プレゼント

先日、パートナー氏に素敵なプレゼントをもらいました。
クロスモチーフのネックレス。
シンプルながら、ちっちゃなダイヤがきらきらして、とても綺麗!
・・・と、パートナー氏は言うのですが、残念ながら、ネックレスをしてしまうと、
わたし本人からは見えないんですよね~。つまらん!

この手のキラキラしたものをもらったのは久しぶり。
やっぱり女性は、テンションあがりますよね。

時節柄、お店の方にも「クリスマス・プレゼントですか?」と聞かれたのですが、
全然そうではなく(笑)。
そもそも、記念日とか、誕生日とか、クリスマスなどのイベントごとに、
何かをしようという発想のない2人。
予約が必要な素敵なお店にも行ったことはないし、デートの思い出と言えば一番に思い浮かぶのが
公園というくらい。
とにかく、「素敵なシチュエーション」がなくても楽しかった。
結婚して14年という、中途半端なタイミングでのプレゼント(しかもやっぱり、結婚記念日でもないし)も
なんともワタシタチらしいのでした。


ときどき、自分で決めた目標や方向性の、あまりの果てしなさや、
成果がわかりづらく、一歩でも進めているのかもわからない状態に、
嫌になるときもありますが、
この十字架が、そんなわたしを励ましてくれそうです。


いつも助けてくれて、どうもありがとう。
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# by patofsilverbush | 2013-11-27 11:45 | Trackback | Comments(0)

自分メンテナンス

ポストに手紙を投函しに行きがてら、近所を散歩しました。
久しぶりの朝散歩。
最近、チャージしてなかったなぁと反省です。

ストレス発散にお買い物するとか、スポーツするとか、掃除するとか・・・
人によっていろいろな方法があると思うのですが、
わたしにとっての散歩は、ストレス発散とは、ちょっと種類が違うみたい。
ウォーキングではなく、散歩。
「サザエさん」の波平さんが、「ちょっと散歩してくる」と言って出掛ける、あれですね。
だから、歩く速度も一定しません。
のんびりしたり、テンポよく歩いてみたり、立ち止まったり、ベンチがあれば休憩したり。
お茶を持っていくと、楽しいです。

アヴォンリーを離れ、街中の大学に進学したアンが、
「木のあるところに行きたいから」と墓地を散歩しようと思う場面がありますが、
本当に木からは、エネルギーをもらえます。
親しい木は話しかけてくるし、そうじゃなくても、エネルギーだけ送ってくれる方?もいます。


子供たちの通学時間は過ぎ、公園に遊びに来る小さな子とママたちには、まだちょっと早い、
中途半端な時間は、
人も少なく、とても静か。

紅葉と落ち葉で、目も綾な並木道。
オフコースの秋の名曲(笑)、「YES,YES,YES」を 心の中で口ずさみつつ、
もうちょっとしたら「さよなら」の季節だなぁ
なんて思ったり。

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周りの風景と自分が一致していくと、心が落ち着いてきます。
ひとりで。
広い広い世界と、わたしの間にはさまるものは、なにもなくて、
ただ その自然のままの美しさと、心が調和する幸せ。


慌ただしい毎日だからこそ、メンテナンスの必要を感じます。




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# by patofsilverbush | 2013-11-27 11:10 | | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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