お買いもの

おはようございます。
今朝も寒かったですねぇ!
霜の妖精が、木々の葉を色とりどりに変えていく・・・
というアンの空想通りに、紅葉が美しい季節となり、
まだ木に残っている葉を楽しんだり、足もとの枯れ葉をがさがさいわせて楽しんだり、
お散歩も楽しい季節です。
とくに枯れ葉の中の、桜の葉っぱ!なんて美しいの!

さて、その11月ももう半ばとなり、
きのう、来年のカレンダーと手帳を買ってきました。
先日 ぶらぶらと物色した際、
「もうちょっと物色して、他にコレダ!ってものがなかったら、これにしましょう」
とパートナー氏と話していたカレンダーが、きのうお店に行ったらすでに無く・・・。
みんな準備がはやいな~。
仕方なく、今年 使ったのと同じシリーズのを買いました。

まっさらな日付。
どんなことが起こるのかな。
毎年のことですが、ものすごくワクワクします。


ところで、女性のみなさんは、男性とお買い物に行くのはお好きですか?
わたしはあまり、好きではありません。
なんだかパートナー氏にそばにいられると、気が散ってお買い物に集中できないんですよね。

ここでいう「お買い物」とは、生活の中の、非・必需品です。
お洋服とか靴とかバッグとかアクセサリーとか、そこまで贅沢じゃなくても、
ちょっとした雑貨とかね。
日常生活からちょっと逃避して、気分転換するのが「お買い物」だと思うのですが、
我がパートナー氏は、「お買い物」にでかけたついでに、「買い物」して帰ろうと言うのです。

この場合の「買い物」は、食糧・日用品のことですね。

逃避したいのに~?
現実的な買い物なんて、別の日にしてほしい。

と思うのは、わたしだけでしょうか?
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# by patofsilverbush | 2013-11-14 09:16 | Trackback | Comments(0)

アグリーベティ

毎週、楽しみにしていたドラマ「アグリーベティ」が 終わってしまいました。
ずいぶん前になりますがNHKでも放映されていたので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。
まず タイトルがすごいですよね。
「アグリーダック(みにくいあひるの子)ならぬ、ぶちゃいくベティだなんて・・・。

舞台はニューヨーク。
女たらしで遊び人、自分のアシスタントの女性と必ず騒ぎを起こす息子を心配して、
父親が独断で雇ったのが、主人公の女の子、ベティです。
仕事は、ファッション誌の編集長を務めるドラ息子・ダニエルの、アシスタント。
ジャーナリストを夢見ているベティですが、ヴォーグやエルなどと肩を並べる
一流ファッション誌の世界とは程遠い感性の持ち主。
奇抜な服装でオフィスに現れて、
お洒落でモデル並みに痩せている社員たちに馬鹿にされる日々・・・。

映画「プラダを着た悪魔」と同じような設定なのですが、
わたしがベティを大好きなのは、そんな状況下であっても、
ベティが一向に変わらないことです。
アン・ハサウェーみたいな、美貌の持ち主じゃないの。


背は低くて、ややぽっちゃりめの体型。
眼鏡にそばかす、「もじゃもじゃ眉毛」、あげくに歯にはブルーの歯列矯正器具。
柄on柄の、しかもカラフルなお洋服に、かなり個性的なベルトやバッグを合わせるベティの趣味は、
個性的(で可愛い!?のけれど、真似をするのは至難の業かも)なのですが、野暮ったく、
洗練されていてお洒落だ とはとても言えず、
彼女の知らないところでこっそり写真に撮り、毎日のコーディネートを揶揄するブログを作ってしまう、
ふとどきな輩も。


そんな外見もさることながら、
意地悪な同僚や、仕事のため、いや、欲しいもののためなら汚い手も平気で使うような上司や、
嘘をついたり人をだましたりするのが平気な?風潮のオフィスにあって、
悩んだり腹を立てたり、困ったはめに陥ったりしながらも、
ベティは決して自分を曲げないのです。

誠実であること、一生懸命ベストを尽くすこと、思いやりを持つこと、正直であること。
人として大切だと、自分が信じることにおいて、決して自分を偽らないベティの勇気ややさしさに、
見ているわたしも励まされました。

もちろんベティだって、大失敗したり落ち込むこともありますが、
そんなとき、ベティを支えてくれるのが、愛あふれる家族と、
ボスである、編集長のダニエルです。
お互いに仕事や、恋や、家庭の悩みを相談したり、
励ましたり、力づけたり、失敗をフォローしたり、喧嘩したりしながら、
チームになっていくダニエルとベティもほほえましい。
(この二人にべったりした恋愛が生まれないところも、このドラマの好きな理由!)


誰が何と言おうと、「悪趣味な」服を着続けるベティ。
だってその服が好きだから。
そういう自分が好きだから。

美人じゃないことに落ち込む日も、
「やられたらやりかえす」ことが正しいとは思えず、損してしまう自分が嫌になる日もあるけれど。

自分が好きな自分、でいられることの方が、大切だと信じているから。

「個性は、きわめると魅力になる」というような褒め言葉を、ベティがもらうシーンがありましたが、
本当にその通りですね。
自分に「きわめる」勇気があるかな・・・と弱気になるときも、頑張っているベティに、
わたしはどれほど勇気をもらったか!


見ている人を絶対に嫌な気持ちにさせない、
あたたかくて、愛にあふれた 素敵なドラマです。
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# by patofsilverbush | 2013-11-12 08:58 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

秋晴れの日に

畑の横を通ったら、すみっこに咲いていたお花が とても可憐で、
思わずぱちり。

日の光りを反射して 金色に光って写っていますが、

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本当はこんなに豊かな赤い色です。


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神様の愛と祝福と平和が、
みなさんとともにありますように。
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# by patofsilverbush | 2013-11-08 14:42 | 季節 | Trackback | Comments(0)

自由

「今朝は体調が悪かったのよ」
と、ある日、シスターがおっしゃったことがありました。
たまたまその朝、シスターの夢を見ていたわたしは、
夢の中のシスターの いつもと違う様子や、
そばにいた方の、
「シスターは病気なのよ」という言葉に、目覚めてからもドキドキし、
ちょっと心配しながらお会いしに行ったので、
「あら~そんな夢を見たの?聖霊のいたずらかしら」
と笑う、本物のシスターの、いつもと変わらないご様子に、ほっとしたのでした。

「年をとると、できていたことが できなくなって、
朝、体調がおかしいな、と思うことがあって・・・。
少しずつ、だましだまし身体を使っていくと、だんだん調子が戻ってくるのよね。

そんなとき、ああ、少しずつ、死ぬまでに 神様にお返ししていくって
本当だなと思うのよ」と、
シスターは続けておっしゃいました。



神様にお返しする。

私たちは本当は、自分の身体の事さえコントロールできなくて、
気をつけていたって病気にならないわけじゃない。
健康も、なにかができる能力?も、あらゆるものを、神様から与えていただいて生きている。
その、与えられたものを、ひとつひとつお返ししていって、
いつか死を迎えることになるのだと。


「それは、『健康な自分』にも執着しない、ということですか?」と尋ねると、
「そうね」とあかるくお答えになったシスターのお顔を見て、
自由になるって、むずかしいな と、
改めて思いました。


お金に対する執着とか、権力や地位や、名声とか、
そういうものに対する執着心を捨てる、
というのは、概念としては割とわかりやすいかと思うのですが、
健康や、日々の幸せな暮らしを支える、日常的なささやかなものもの・・・
家族や友人、住んでいるところ、着ている服、食事、持っているこまごました雑貨類、
小さなアクセサリー、思い出の品々・・・
そういうものに執着せず、いつでも手放せる、
と思うことは、本当に難しいことです。

地震や津波や台風や原発事故で、
一瞬のうちに、大切な日常を無くしてしまった方が、たくさんいる。
昔の生活には戻れない、と、頭では分かっているのに、
なかなか次の新しい暮らしへの一歩が踏み出せない方も、たくさんいらっしゃるでしょう。

日々の暮らしへの執着心を捨てるということは、
頭で考えるよりも ずっとずっと大変なことで、
自分がそうなったとき、それができるのかと自問すると、とても自答できないわたしです。

だからこそ、いつも心に留めておかなくちゃいけない、としか、
今の私には、言いようもない。

この世の何にも執着がない、というのは、
まるで解脱!それこそ聖職者にでもなるつもりなのか?!という感じですが、
そんな表面的な立場のことではなくて、、
その日その日、起きるできごとに、きちんと向き合い、
楽しんだり、悲しんだり、腹を立てたり、感動したり、
そのできごとのいちいちに 焦点を当てる生き方のことに 他なりません。

いつもその場に、きちんといる、ということ。
でも、持っていることに固執しない、ということ。

過去や、起こり得たであろうと かってに予測している未来の幻影に、
執着しないこと。


誰かからの束縛や、おかれている環境からの束縛から、自由になることだけではなく、
自分の思いこみや執着から、自分を解き放つこと。

いろいろな意味で、
自由になる ということは
大変むずかしい、永遠の課題のような気がします。
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# by patofsilverbush | 2013-11-06 09:57 | | Trackback | Comments(0)

適正価格

よく行くお洋服屋さんで、素敵なカシミアのセーターを見かけました。
シンプルだけれど可愛くて、思わず手に取ったら、
その手触りにうっとり。
最近では、某大型衣料店でも お手軽な価格のカシミアセーターを売っていますが、
全然手触りが違う!
もちろん、お値段も大きく違っていましたが・・・(笑)。
目と手と心の、保養になりました。


お店のスタッフの、可愛らしい女性と、
「あのカシミアは、どうしてあんなに安いんですかね」という話になったところ、
彼女が、
「働いている人は、どんな過酷な労働条件で働いているんだろう~と思ってしまいます」
と、何気なく言った一言に、ああ・・・と思いました。

物が出来上がるまでには、さまざまな工程があります。
その工程ひとつひとつに、たくさんの人の手があって、はじめてお店で並ぶ商品になる。

わたしたちは、商品を見て、商品そのものの価値と値段を照らし合わせて買い物をしますが、
その向こうにある、製作者、生産者の手間や苦労、愛情のことには、
無頓着だったりします。

「どうしてこんなに高いんだろう?」
と思う商品も、その背景を考えると、すごく適正だなぁと思ったり。
(買えるか買えないかは別としても・・・)

大量生産で、なんでも安く買えてしまうし、食事もできてしまう昨今、
わたしたちは、お手間に対してお金を払うということに、すごく抵抗があるような気がしますが、
手間をかけて、大切に作られたものをが、
あんなに安い値段なわけは、確かにないのでした。
そして、それがそんな値段で売られている以上、過酷な労働条件で働く人たちが、
確かにいるということなのですね。


自分の労働価格が、適正なのかどうか。
と考えることと、
商品の向こうにある人の、労働価格が、適正なのかどうか。
と考えることは、
きっと同じ。



お洋服でも、お野菜でも同じこと。
お買い物の際、それが適正価格なのかどうか、の基準が、
少し変わる気がします。
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# by patofsilverbush | 2013-11-05 16:39 | Trackback | Comments(0)

できあがり!

ここ数日、暇を見つけては刺していたハンカチが、できあがりました。

フォークロアなイメージの刺繍は、ハンガリーのカロチャ刺繍。
もっとはっきりした色味で刺すと、さらにフォークロアな可愛いイメージになりますが、
こんな色を使うと、ちょっと大人っぽくなります。

ふだんは色味をおさえた、単色使いの刺繍や、
ワンポイントの小さなものを刺すことが多いのですが、
このカロチャ刺繍は別。
カラフルに、いろんな色を使って華やかに刺したくなります。

こういう図案、なのではなくて、
お花を一つ一つ、全体のバランスを見ながら付け加えていくのが好きです。
そうすると、いろんなお花をどんどん付け加えたくなってしまうのですが、
使い勝手を考えると、こんなものかなぁと自制。

春や夏に、大地や空の恵を得て、生き生きと咲き誇る花だからか、
刺していると、本当に幸福な、豊かな気持ちになります。

だから、自分にも、その花に負けないだけのエネルギーがないと、
刺せないような気もします。

20センチ四方の小さな布。
裁断して、四方を縫って、縫い糸の始末をして、刺繍をして、洗いをかけて、アイロンをかけて。
「できあがり!」となるまでに、ずいぶんたくさんの工程があるもんだな
と、ものを作ると思います。



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# by patofsilverbush | 2013-11-05 15:59 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


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