世界は人間だけではできていない

夏日の暑い日があるかと思ったら、
朝晩 ぐっと冷えてきましたね。
キンモクセイの香りがしなくなった・・・と思っていたら、
きのう、ふっと花をかすめるかすかな香り。
我が家のキンモクセイはよそ様より一足遅れて、今、咲き初めたのでした。
ほんの少し長く、よい香りを世界に振りまいてくれる。
遅咲きにもよいところがあります💛

小学生の喧嘩みたいな口ぜりあいを続けるトップとか、
右寄りな方たちの政権争いとか、
うっかりふつふつと怒りを沸かせてしまいそうなニュースばかりですので、
日常のハッピーを、いつもより意識してたくさん掬い上げていたいと思う。
この世は、
大きな声を出す、ちっぽけな権力を欲しがる「強い」人のモノではないのですから。





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# by patofsilverbush | 2017-10-06 09:09 | | Trackback | Comments(0)

アリアナ・グランデの言葉を聞かせてあげたい

人の話は聞かない
質問には一切答えない
自分に都合の悪い意見はすべて排除
対話の必要性を否定し、圧力の必要性を堂々と説く、自称平和主義者
偽善と欺瞞に満ち溢れている

そんな、
我が家的に「ああいう人にならないでほしい」見本のような人が、
連日「子供たちのために!」と連呼しているオモシロさ!


負けん気は一切ないのに、なぜか連日、「たたかっている」我が息子。
ハリー・ポッターなら闇の魔術の呪文が好きだし、
腰にさした50センチ物差しを構えて『るろうに剣心』に登場する斎藤さんの決め技
牙突のポーズに余念がない。
闘争本能が男の本質だというのなら、
偽善者総理には物差しを貸してあげますから、
一人で戦ったらいいのにね。
ついでに「セクタム・センプラ!」と杖を振り回して叫んでいたら、
ぷぷぷ、と失笑されて、相手の戦意を喪失するのに、一役買うかもしれません。
捨て身の平和主義をおすすめいたしたい。





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# by patofsilverbush | 2017-10-04 09:40 | その他 | Trackback | Comments(0)

愉快極まるひととき

きのうは金曜ミサに与った後、
久しぶりに友人と待ち合わせ。
会うのは2年ぶりくらいだったのに、
会った瞬間から「きのうも会ってました」という遠慮のなさ(笑)。
ランチ→お茶という長丁場をものともせず、話が弾んで、
はっと気づけば「え~もうこんな時間!???」と、
時計を見たわが目を疑う始末です。

バレエ時代の大親友ですが、
学年も、学校もちがうのに、
もっと言ったら学校生活や私生活、いわばプライベートな部分だって、
ほとんど知らないのに、
この「おいたちから知ってます」みたいな共感性は、
厳しい環境を潜り抜けてきた同士ならではなのかな。
近況から、子供のこと、バレエ時代のこと、宗教から仕事のことまで
とにかくしゃべってしゃべった、愉快な半日でした。

また、それぞれの場所で、
それぞれの日常をがんばるんだよね。

今日で9月もおしまいです。
秋も深まってきますね。
よい週末をお過ごしください。




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# by patofsilverbush | 2017-09-30 13:30 | 生活 | Trackback | Comments(0)

主のみ心を行うこと

午前中は教会にて、シスターの主催するお勉強会があるはずだったのですが、
今朝の大雨。
家を出る頃にはほぼやんでいたのですが、
教会に着いてみると中止です、ということが判明しました。

帰りかけたところ、たまたま神父さまが玄関からお顔を出されましたので、
思い切って、
日ごろ悩んでいることについて、
お話を聞いていただくことができました。なんという主の思し召し!


教会というところは、
神様に祈る場所であると同時に、「共同体」という組織でもあります。
子どものPTA活動などもそうですが、
組織である以上、がっつり役割をもって参加した方が、
知り合いもでき、やることもでき、活動していくうえでのやりがいにもなる、
という面があります。

ただ、すべての人が、そこに「がっつり」取り組めるかというと、
そこには個々にそれぞれの事情があるわけで。


教会というのは、別に善人の集まりではありません。
まだ洗礼を受ける前には、「閉鎖的だなあ」と感じたこともありますし、
洗礼を受けてからも、オープンマインドの人は少ないように感じるのも事実です。
教会に行く・行かないで信仰の度合いを測るような風潮も、なくはないですし、
信仰があることをアピールするために、役職に積極的についたほうがいい、
という善意のアドバイスをいただくこともあります。

わたしは神さまに相談した結果、
今はとにかく、子供のことに専念しよう!と決めていますので、
正直言ってミサに与れることも、ままならないのが現状ですが、
その気持ちを汲んでくださる方と、
とにかく教会に来るように!教会は癒しを求めるためだけに来る場ではないよと、
善意の厳しいアドバイスを下さる方とおり、
その善意を否定せずに、
けれど「主がわたしに求めていることは、今はこれなのです」といちいち説明もできず、
ちょっと閉塞感を感じていました。

「教会に行く」ことや「教会で奉仕活動する」ことで、
信仰が測れるとも思わないし、
教会に行かなければ、神さまと会えないとも思っていない、
むしろ、教会の外の、それぞれの場所で
どうクリスチャンとして生きていくのか、ということが大切では???
でもそれって、わたしの言い訳に過ぎないのかな??
という疑問に、
神父様は
「教会のことはできる人がやればいいのだから、
言い方を考えつつ、断ればいいんじゃない?」とあっさり(笑)。
「信仰は生き方ということだから、教会で何をする・しないについて、
別に引け目を感じる必要はないですよ」と。


神父様のお墨付きをいただきました!というわけでは、けっしてありませんが、
ほっと気が楽になりました。


信仰というのは本当にバランスで、
個と団体、とか、
受け入れることと 主体性をもって取り組むこと、とか
忍耐することと 変化しようと決断すること、とか
「主がこうおっしゃっている」と信じることと 
「でもそれは、人間としてのわたしの個人的な感情ではないのか?」と疑問を常にいだくことetc.
いつもバランスを取れるように、
なにかに傾いてしまわないような
自己の規律が必要です。

そしてそれとは別に、
個人として神様からいただいている
課題みたいなものに取り組んでいくことは、
誰に対してもナイスな人間でいようと思うことなく、
強い意志をもって!取り組まねば、と
教会うんぬんではない厳しさも、あらためて心した、
ありがたい朝でした。

本当は、誰に対してもナイスであることと、
神様のご意思に従うことは両立可能であるとは思っています。
ただ、お互いへの敬意がなければ、無理だとも思っています。
相互関係は、一方的な思いだけでは解決しないのが難しいところですね。





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# by patofsilverbush | 2017-09-28 14:12 | | Trackback | Comments(0)

中学を前に

きのうは、ご自宅で私塾を開校されている先生がお話をしてくださる、
小さな集まりに参加してきました。
10人に満たない少人数でのお話会でしたが、
ご自身の塾にも発達障害の方がたくさんいらしているという先生のお話だけに、
集まったのも、
発達障害がある・またはグレイゾーン??である子供たちを持つお母さまが多かったようです。


「こういうテーマで」という講演会ではなく、
お母さま方の「うちの子はこんなことで困ってるんですが・・・」
というそれぞれの話を聞いて、
真摯に、やさしく答えて下さる先生。
みなさんのお話に
「うん、わかるわかる!」と共感できる・してもらえる喜びを覚えたり、
「うーん、それは難しいね・・・」と親身な感想を抱いたり。
なかなか理解されなかったり、説明が難しかったりする子供のことや、
自分の心のことを、
無理解なまなざしにさらされることなく話せる場所があるのは、
素晴らしいことだと思いました。
わたしは幸い、共感してもらえる、または「それはそれで個性」と思ってくれる友人に恵まれたので、
息子が淡いグレーゾーンであっても、さほど悩むことなく今を過ごしていられますが、
誰にも言えない・・・という気持ちを抱えて子供と向き合うお母さまも、
きっとたくさんいらっしゃると思うのです。
“障害”の度合いが大きければ大きいほど、
理解してもらう努力をあきらめてしまうことも、あるのではないでしょうか。


あるお母さまが、
「うちは完全に発達障害だから、支援学級で特別扱いしてもらえるけど、
グレーゾーンにいる子は、普通学級で、一人で何でもやらなくちゃいけないから、
かえって大変そう」
という感想をおっしゃられていました。
うーん・・・どちらが大変ということはないけれどもね(苦笑)。
自分の子が発達障害であることや、
自分が発達障害である、ということを、
まず認めることそのものが、多くの人には大変なのだろうと思いますが、
まずはそれを認めることが、本人にとってのよい一歩につながることは、間違いなさそうです。


先生のお話で印象に残ったのは、
「子供が苦しい思いをしているようなら、学校なんて行かせる必要ない。
他にも行く場所は、探せば見つかります」
ということ。


子どもを守れるのは親だけ。
中学校は子供そのものを見る場所ではなく、勉強を教えるところ。
(だから子供のために訴えても、何もしてくれない場所です)
先生というものは大学で教職課程をとって、教員資格を持っている、ただそれだけの人。

柔らかで静かな口調で語られる、厳しい現実!?
でも、いじめによる自殺だと本人の遺書を前にしても、
「いじめの事実はなかった」と発表されるようなニュースを見ていれば、
それが現実なんだなと思わざるを得ません。
中学に入れば(育児の)手が離れるよ、というのも本当だけれど、
「子供を守れるのは親だけ」ということは、きちんとこの先も、
肝に銘じていなければならないなと感じました。







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# by patofsilverbush | 2017-09-26 09:13 | 子育て | Trackback | Comments(0)

心弾む

キンモクセイがふわっと香るお彼岸。
昨日はお墓参りに行き、忙しかった今週もフィニッシュです。
そして来週はさらに忙しいという、
なんだかわたしには珍しく、予定が満載のこの9月。

このところ、ちょっと自分を甘やかしていた向きもあるかなぁ
などと思うけれど、
それはそれで、必要な時間であったとも思う。
キンモクセイが甘く香るので、なんだか祝福のようです。

何をするにもよい気候。心が弾みますね。
よい日曜日をお過ごしくださいませ。


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# by patofsilverbush | 2017-09-24 11:21 | 季節 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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