高学年ともなると・・・

四月。
六年生になって最初の懇談会で、さっそく、
LINEによるトラブルがあったと先生から申し渡されました。
やれやれ、文明の利器というものは 便利なんだか、めんどくさいんだか・・・
いやいや、わたし個人としては めんどくさいとしか思わないし(苦笑)
小学生のうちからもうですか!?


LINEとは無関係ですが・・・・
子どもの学校での話を聞いていると、
頻繁に名前の出てくる子が、毎年何人かは、いますよね。
単純に仲良しの子もいれば、
仲良しというわけではない、大人として「ん?それは?」と、
ちょっとひっかかる話のときに登場する子もいる。

クラスの中にいろんな子がいて当たり前、
気が合う子もいれば、合わない子もいて当たり前です。
何年か前に同じクラスだったときは、ちょっと苦手そうにしていた子も、
今年同じクラスになってみれば、なんていうこともなく、
程よい距離を置いてつきあっている、ということもあります。

一方で、
「今日、○○がさ~」と さも大事件のように話してくれる事柄で わたしが気になるのは、
その息子的事件のときに出てくる名前が、たいてい同じ子の名前であり、
それはクラス全体としてのちょっとしたトラブルであるのか
(“事件”そのものは、聞く範囲では、いつもたいした事ではないのですが)
それとも、
息子や、息子の仲良しの子たちと、その彼の間で起こる個人的なトラブルであるのか、
息子の話だけでは いまひとつ判断できないことです。
基本、「男の子の話は、母親にはよくわからない」というのは、
男の子のお母さんのあるある(苦笑)。
説明は下手だし、時系列は完全に無視だし、主語もないし、
周囲の状況も、よくわかっていないし!


陽気で忘れっぽいたちのうちの子。
やんちゃなタイプではないし、むしろ日和見主義といいますか、
争い事は避けるタイプなので、
お友達とトラブルになったことはないのですが、
陽気で忘れっぽいだけに、
調子にも乗りやすく、自分が楽しいと
「相手は嫌がっているかも??」ということを、
調子に乗っている時にはまったく考えないところがあります。
悪気はなくても、
そういうところや、男の子特有の「かっこつけたい」「強がりたい」物言いが
相手の子を傷つけていないか、
それとも相手の子にも、なにかトラブルを招く要素があって、
クラスの中で何か指摘されることの多い子なのか、
(話を聞く範囲では、息子との個人的な相性だけではないようなのですが)
見ていない以上、よくわからず、時々ちょっと心配になる時もあります。


日常の中、いろんな人がいる中で、
意図せずとも誰かを傷つけてしまうこともあれば、
傷ついてしまうこともあるけれど。
そうやって生きているんだけれども。


いつもふんふん、としか聞いていない息子の話を根掘り葉掘り聞き、
「調子に乗らないこと!」「いろんな性格の子がいるんだよ」と
くぎを刺すくらいのことしかできませんが、


そんなことは学校生活の日常茶飯事なのか、
(自分の子供の頃を考えれば、日常茶飯事の範疇だとは思うのですが)
やや心配になる高学年ライフです。






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# by patofsilverbush | 2017-06-01 09:28 | 子育て | Trackback | Comments(0)

季節を感じるもの

湿度が低く、からりとした晴天が多かった5月ですが、
今朝の空気はしっとりと。
かすかに栗の花の匂いがし、散歩のときに見たら案の定、満開でした。
ああ、梅雨も間近だなぁ。
庭も 可憐な春の花の季節は過ぎ、
ラベンダーとホタルブクロ、紫蘭でシックな大人の庭といった風情です。

運動会が終わったと思ったら、今週末は例の合気道の昇級審査。
昨年の審査の日には、ヒヨドリのヒナが庭に落っこちて?きたんだっけなぁ・・・

なんて思い出していたら、
さきほど、お隣の屋根の上にひょろひょろと着地した小鳥が。
あら、またヒヨドリのヒナが(笑)。
ここ数日、うちの横庭をしきりにヒヨドリが飛び交っては、
かしましく鳴いてるなぁ、とは思っていたのですが、
どうやら赤ちゃんたちは、
ちょっと飛べるようになると、巣から離れてふらふら飛行を試みるのですね。
えさをはこんできた親鳥が
「どこに行ったの?」と探す ややするどい声、
親鳥を探して「ここにいるよ~!」と鳴くヒナの、短く甘えたような声。

時おり、猫も通りますし、
時にはタヌキだって通っているのかもしれない庭なので、
赤ちゃんヒナを見るとちょっと気が気じゃない(笑)。
今のところ、うちの庭には落っこちてきていないようなので、
無事に大きくなってよねと願うばかりです。




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# by patofsilverbush | 2017-05-31 14:30 | 生活 | Trackback | Comments(0)

もうひとつのレース!

ところできのうは、ある意味、運動会より楽しみな競争、
オールスターの優勝戦でした。
そう!競艇のお話(笑)。
競艇は全国24場ある競艇場のどこかで、毎日のようにレースが行われていますが、
最高グレードとなるSGレースは年間8つ。
そのうちのひとつ、先週行われていたオールスターは
出場選手がファン投票で決まる、まさにスター選手による白熱のレースです。
野球のオールスターはお祭りだけど、
ボートレースのオールスターは ビッグタイトルをかけた真剣レース。
グレードの高いレースにだって強豪選手は出ているのですが、
強豪選手しか出られないSGは やっぱり迫力があり、見ごたえがあります。
みんなタイトルめざして日々、レースをしているわけですからね。


ふたつのターンマークを回りながら3周して速さを競うボートレース。
勝敗のほとんどは1周目、1マークで(スタートして、まず初めに回る1周目のターン)
決まってしまうし、
やはりインコースが有利なのですが、
わたしが好きなのはアウトコースからのマクリ・マクリ刺し・ツケマイ!
なんといってもその豪快さ!
決まった瞬間のそう快感、たまりません!
男女が同じレースを競うという、なかなか類を見ないレーススタイルも競艇の魅力。

ギャンブルには興味ないけれど、好きな選手が勝ったら嬉しいし
その一勝に賭ける選手の熱い思いや真剣さを思えば、見る方も真剣になる。
若手レーサーがなかなか勝てないでいると、がんばれ~と思うし、
女子レーサーにSGとって欲しいというのは、
選手じゃなくても、レースを見ているだけの私にとっても、夢でもあります(笑)。


そんなSGの優勝戦、正確に言えば、
その前日の準優勝戦から、白熱のレースをテレビで楽しんだわけですが、
毎年、野球見に行きたいなあ~と思うのと同じくらい、
生でレースがみたいなあ~と思いつつ、いまだ足を運んだことがないので、
また今年こそ!と思っております。







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# by patofsilverbush | 2017-05-29 10:22 | 生活 | Trackback | Comments(0)

運動会

きのうは小学校の運動会でした。
「来年からは中学生。今年で小学校 最後の運動会だから、感慨がある?」
と友達に聞かれ、
うーん、どうかな、当日はちょっと胸に迫るものがあるのかも?
と、わくわく・ドキドキ?していましたが、
午前中、あやしい黒雲が湧き出てきたり(☂ぽつぽつ程度ですんでよかった)
また日差しがピカピカになってみたり、
夫のお母さんが見に来てくれたりで、
なんとなくほかに気を取られることも多く、
あまり感慨深い気持ちにもひたれませんでした(苦笑)。

幼稚園ではまったく「競争」する場面がなかったせいか
(子供の人数や自主性を主体にする幼稚園だったため、
年少の時には運動会そのものがなく、
年長のときは 子供たちがやると言ったのでやりことになったけれど、
練習そのものも子供の意見次第でやったり やらなかったり。
競争要素はまったくなくて、できること・練習した成果を楽しんで親に見せてくれる、
そんな可愛い運動会でした)
小学校に上がってもいまいち「勝ち負けを競う」ということが
ピンときていないようだったうちの子。
なりふりかまわずゴールめがけて一直線!!!という姿を見たためしがない(笑)。
1位だろうが3位、4位だろうが、なんとなくほわわん~と走っている。

昨年になってようやく、
あら、ゴールまで、お友達の様子を気にして左右を見ることなく、
まっすぐゴールまでスピードも落とさず走れたね!
という感じでしたが、
今年は最後まで全力疾走!見事1位!
6年目にして初めて「100メートル走」という競技を見られた気がし(笑)、
そこは感慨深かったです。


個人的に競技や表現種目をがんばってるな、とも思いましたが、
6年生は運動会運営の係りの仕事もたくさんあって、
他学年の種目のとき、
用具をはこんだり片づけたりしている姿を見られたことが、親としては頼もしく、
(別に、すごくてきぱき働いていたわけではないんだけど)
学校の最高学年として、下級生のサポートやヘルプに参加しながら、
責任感を覚えていくんだなぁと思いました。
一人っ子はなかなか、そういう機会が無いのでね。

たいていの学校行事のとき、
我が家では写真や動画を撮る習慣はいっさいありません。
「撮る」ことに夢中になって、案外、その場の息子の様子に
心が集中できていないことが多いことに気がついて、やめたのです。

運動会も例外ではなく。
まして屋外では液晶画面も見えないので、はなから写真など撮る気もないのですが、
写真大好きな夫のお母さんは、
「写真を撮る」と大騒ぎ。
すごい勢いで走ってきて、一瞬で通り過ぎてしまうかけっこ姿を撮ろうと試み、
あえなく失敗。
騎馬戦の前に「撮ってよ」と言われましたが、
「最後の雄姿」を目に焼き付けたいのに冗談じゃぁない!
さらっとお断りしましたが、
案の定、デジカメの画面を見ながら
「どこ行った?今、どこにいる?」とおおわらわ。
結局、おかあさん、何か見られたのかな??と思うほどで、
わたしも感慨にふける間もなく
うっすらと気疲れした一日も無事に終わり、ほっとしています(笑)。



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# by patofsilverbush | 2017-05-28 14:41 | 子育て | Trackback | Comments(0)

見極められない

なんとなく、もやもやと考え続けている案件が、ここ半年ほどあって。
いつも気にかかってしょうがない、というほどでもないけれど、
ふとした拍子に思い出すと、そのたびに「うーん・・・」と考えを巡らせてしまうこと。
我ながらしつこい!と思うほどなのですが、
なんだか「すっきり!」と理解できなければ、
「解決した!」ともいえないので、気になってしまうんですよね。

そのことに携わるたくさんの人たちそれぞれに、考え方や感情、思惑がある中で、
自分なりにできることはしたつもりでしたが、
もっと別の在り方があったのでは?
わたしがもっと違うアプローチをすればよかったのか?
何か別に、できることがあったのかしら?
と、ちょっと考えてしまう。


ひょっとして、もやもやを感じるわたしの感覚がおかしい?
すごくものごとを自分本位に、閉塞的にとらえてしまっているのかなぁ・・・
と思っていましたが、
ふとした時に、
まったく私の案件とはかかわりのない人々が、
その人たちの場所で、
わたしと同じような感情をもってもやもやしているようだという話を聞いて、
なんだかちょっと安心したのでした。

もちろん、多数派の意見や「ふつうはこう」と大多数の人が考えるあり方が、
常に正しいとは まったく思いませんし、
みんながみんな、物事に対して自己本位で閉塞的な見方をしていることだって
あり得るのですが、

ああ、でも困惑しているのは私だけではないんだな、
と知ったことで、
「人を困惑させるだけのことはある案件」なんだということは、
理解しました。
少なくとも、わたしだけが感じる困惑ではないんだな、と。


ストレートにズバン!とくる出来事なら、たぶん
腹は立っても、それほど困惑はしないのかも。
なんだか嫌な気持ちになる、のだけれど、
自分が何に対してそんな気持ちを抱いたのか、
はっきり言えないので、みんなもやもやしてしまうのかもしれません。
心理学の研究としては面白いのかも?

みんなで集まって その出来事について話し合い、
共感しあった、というわけではないけれど、
なんとなく遠巻きに「そうだよね」と安心し、
わたしが「何とかできる」問題ではないんだなと、そこだけは納得がいったのでした。


自分の問題と、誰かが自分で解決すべき問題は 混在するので、
どこまでが自分の問題であるのか、見極めが難しい。
親切なのか おせっかいなのか、
導きなのか 誘導なのか、
の判断が、難しいのと似ています。
自分がする側であっても、される側であっても。

ひとつだけにとどまらず、
なんとなく身近でそんな話がいくつかあったので書いてみました。






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# by patofsilverbush | 2017-05-25 13:02 | | Trackback | Comments(0)

決めるのは自分

子どもと過ごす、こんな時間が至福・・・
と書いたところで、子どもが生まれる前は、
子どもなんて好きじゃない、いや、むしろ嫌いでした。
実際は今でも好きじゃないかも。
生意気そうだし、面倒くさいし、お店やなんかで走り回っている子供を見ると、
やれやれ と思うし、時には注意だってしちゃう、こわいおばちゃんです。
自分の子供がいて、いろんな姿を日々しているから、
よその子のがんばっている姿もかわいいなぁ~がんばれ!と思うこともあるけれど、
幼稚園や学校の先生になりたい♡と思うことは、
絶対ないと思われます(苦笑)。


子どもがいない時は、自分の時間を好きなように使えることが至福でした。
夜遅くまでテレビを見ていても読書してもいいし、
お風呂にず~っと入っていたっていい。
夜になってふらっとご飯を食べに行ったっていいし、
遅くまでふらふらとお買い物だってできる。
ご飯なんてそっちのけで手芸をしていてもいい。


今は子供に関わっているがために、めんどくさいこともたくさんあるし、
自分のしたいことばかり考えてもいられないけれど、
それを楽しもうと思わないことには、
子育てなんてやっていられない、というのが正直な気持ち。
そりゃあ少子化にもなるよね、と思う。
めんどくさいのにキャリアにもならないし、お給料をもらえるわけでもないんだし(笑)。
誰かが「がんばってるね!」と評価してくれるわけでもないんだし。


子どもがやってきたことで、学んだこともたくさんある。
いなかったら知らなかったであろうハッピーなことも、たくさんあります。
でもきっと人それぞれ、「その人に合った、その人に必要なこと・もの」は
それぞれに違った形でちゃんと与えられているんだと思うのです。


子どもがいない時は不幸だったわけでも、
子どもが生まれたから幸福になった、わけでもなく、
もちろん子供が生まれたから不自由だわと思っているわけでもなく、
いつのときも、
そのときの状況をハッピーだと感じられるかは、自分の心次第な部分も大きい。
そして
共感や慰めや理解が心の支えになることはあっても、
自分にしか決められないことでもあります。
同時に、自分だけが決められる、自分で決めていいことでもあります。

なんとなく今、
「ハッピーな状況にあるか」の判断を人にゆだね、
ハッピーじゃない状況を誰かに、どうにかしてもらおうと思うような感じが
あちこちにあるような気がしています。













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# by patofsilverbush | 2017-05-24 10:15 | | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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