光のライン

今朝、顔を洗って化粧水をはたきながら、何気なく変えたテレビのチャンネルから
「今日一番良い運勢は、おうし座のあなた!」
という声が。
「運命的な出会いがあるかも!」
なに!?もしかして、中居君に出会えちゃうかもしれない??
外出予定もないので、ふつうに着ていた家事労働着を、着替えましたよ、
お気に入りの白いシャツに(笑)!

ふだん今日の運勢をやってる番組は見ていないし、
たまたま見たとしても、ふうん!と思うだけですぐに忘れてしまうのですが、
「いつか中居君にあえるかも」
は、いつも心のどこかにあるのでね(←けっこう、かなり、本気!)
備えよ常に!


ふと台所に目をやると、
そこにはまっすぐ東を指す一本の光のラインができていました。
時々刻々と変化する、窓からの日差しの入り方の、そのまっすぐな光の線を
見られてよかった。


SMAP26周年。







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# by patofsilverbush | 2017-09-09 09:46 | 生活 | Trackback | Comments(0)

さみしい

「ママはさみしいことなんて、ないでしょ」と息子が。
え!そんな情緒欠損症みたいに言われても!
「そんなことないよ」と言ってみましたが、
「じゃあ、どんなとき?」と聞かれると・・・ねぇ。
「そうだねぇ、淋しくないね」
そんなある朝の会話。

たぶん息子が言っているのは、「ひとりでいる時間」のことだと思うのです。
自分が学校に行っている時間、
私だけが留守番で、パパとおばあちゃんちに行っている時。
ひとりで淋しくない?と。
一人でいる時間を淋しいと思ったことは、たしかにないのです。
わたしを大切に思ってくれる人が、いつもそばにいるからこそ、
わたしは一人の時間を思い切り満喫できるのです。
ありがたいことです。


けれどそれだけでもなく、
わたしは、「わたし」という人が、一緒にいる人として好きなんだとも思います。
風も草花も木もいますし、そもそも「人といる」時間と同じくらい、
「一人でいる時間」も好きなのです。
だからそういう意味ではちっともさみしくないけれど、
だからって、
まったく淋しいと思わないわけでもない。
「それはこんな時」と、ちょっとやそっとでは説明できない、個人的な事柄であるのです。


号泣するほどさみしいときもあるし、
じんわりした淋しさを抱えて過ごす日もある。
誰かに説明するために費やす、膨大な時間や言葉や術を、わたしは持ちません。
個人が抱えるさびさしって、そんなものではないでしょうか。
「わかる~」という共感らしき薄っぺらな言葉で片づけられてしまうには
あまりに心の深くにある、個人的な、尊いもの。
自分のわがままさや、かってな思い込みや偏見も含めた、ありのままの感情を、
理解してもらえるように説明できるとは とうてい思えないし、
そう思ってしまうことが、そもそも「さみしい」人間なのかもしれません。


けれどもここ数年、
さみしさのあまり号泣しようとも、混乱しようとも、
いつもそばいいてくださる方の存在を、
わたしは忘れたことはありません。
神様だけは、わがまま、思い込み、偏見、自分勝手さ、あやまち・・・
あらゆる「ネガティブ」に思える感情を内包した、わたしのさみしさを、
すべて理解し、ふかく共感してくださる。
そばにいてくださる。
共に泣き、共に笑って下さる方だからです。


信仰を持たなかった頃の自分がこれを聞いても、
そんなことは信じられなかったのだけれど、
それを信じられるようになってから、
どんなにさみしくても、死ぬほどつらくはなくなりました。



さみしいことなんて、たくさんある。
でも、一人でいる時間なんて、さみしいどころか自由な、至福の時間ですよ。
と、息子には言いませんが(笑)。
共に過ごす時間も至福なら、一人の時間も同じくらい至福。
そこにいつも一緒にいて下さる人は、
わたしの幸福だけを望んでいてくださる方だと思う、これも至福。


さみしさが分かるのは、人として、善きことであると思っています。







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# by patofsilverbush | 2017-09-08 13:34 | | Trackback | Comments(0)

今日、ひとひ

極上のお天気もつかのま、きのうは肌寒いくらいの雨→くもり空でした。
「おそうじしなさいよ!」と神様がプレゼントしてくれた青空だったかのようです。

それにしても今年は梅雨明け以降、関東のお天気は安定しません。
晴れマークが並んでいたはずの週間天気予報も、
2時間後には曇りや雨マークに変わっているという・・・
とにかく、晴れたらその日は逃せない!と思って、
大物のお洗濯やら布団干しやら片づけをしておかなければ、「明日でいいか」は通用しない空模様。
まさに「今、今日できることを」の体現です。


元来が楽天的な性格で、取り越し苦労はきらいです。
それでも、以前は「先のこと」が心配になったり、
起こってもいないことをあれこれ考えて、悲観するようなことが、よくありました。
よく言えば素直なのかもしれないけれど、
周囲の声にあおられて、心配したり、恐怖したりすることも多かったように思います。
それが大人らしいふるまいだと言われれば、そうかなという気もしますが、
そういうのはもういいかなと思った。
プリンプリンも歌ってますしね
♪心配なんかは大人にまかせましょう
心配したってはじまらない~   
って!


今できることをした と思っていると、先の不安はなくなります。
今、辛いことがあるならば
逃げることが「今、できること」の場合もあるし、
何を選択してもいいのです。
自分で決めれば。誠実で、情熱があれば、それで。

雲は多めだけれど、晴れる予報。
今日、わたしができることは何かな。
したいことは何かな。
みなさんはどんな一日を過ごされますか?

今日という一日、お互い大切に過ごしましょうね。








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# by patofsilverbush | 2017-09-05 09:14 | 生活 | Trackback | Comments(0)

片づけ・息子の部屋編

今朝はなんだかひさしぶりに、うきうきするような青空♡
というわけで、突然くもってにわか雨・・・の心配もなく布団を干し、
さて大仕事!
もう見て見ぬ振りも限界なほど魔窟状態な息子の部屋の片づけですっ。

年齢無関係に、なにしろ片づけられない我が家の男ども。
あけたらあけっぱなし、出したら出しっぱなし。
それはともかく、ゴミがごみ箱に捨てられないって、もうどういう理由?
まったく意味が分かりません。

「片付いたお部屋が気持ちいいということがわかれば、
片づけるようになりますよ。
物の置き場所を決めてあげれば、もとに戻せますよ。」
と、モノの本には書いてあるけれど、うそうそ!
散かっていても気にしない、ゴミなんてもう目に入らない相手には、
そんなこといっさい通用しません。
人が片づけて、わざわざ作った空きスペース(ゆとり空間)に、
あいてるじゃん!とばかりに平気でものを置くような人たちです。

はっ!つい鼻息が荒くなり、失礼いたしました。


ということで、息子の部屋の片づけは、
とにかくゴミは捨てる!
床に置きっぱなしの物を、棚に戻す!
の基本の片づけ。
ついでなので、クリアケースにとにかく突っ込んである「見て見ぬふり」のガラクタも、
何らかの決断(ときめくのか・ときめかないのか)をさせ、
どうせならばと家具の配置換えもして、
なんとなく雑然と、使い勝手の悪かった部屋も、だいぶん広く感じるようになりました。
床が見えるようになったから、という理由だけではないはず(笑)!
通りすがりにちらりと見える、まるまるゴミ箱のような部屋がきれいになって、
清々しい~。


わたしはたぶん、物を捨てられるタイプの人間。
夫や息子は基本的に捨てるのは苦手なタイプですが、
夫は「いつか使うかも」「そのうち」という、未来不安型タイプ、
息子は「あの時の思い出」という過去執着タイプで、それぞれ捨てない理由は真逆です。
なんでもいいですが、
とにもかくにも、
出したものは戻してほしいし
ゴミはゴミ箱に捨ててもらいたい、
と思うのは、そんなに贅沢なことかいな~?


青い空は人をアグレッブに、ポジティブなやる気に満ちた存在にしてくれますね。





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# by patofsilverbush | 2017-09-03 15:39 | 子育て | Trackback | Comments(0)

好きなものの、エッセンスだけ

『赤毛のアン』大好き!と公言しているせいなのか、
「アンが着ているみたいな服」と聞いて、なんとなくイメージするような、
レースやフリルついたふんわりスカートやパフスリーブが「似合いそう」とよく言われるのですが、
実のところ、これほど似合わないものはない、というくらい似合いません!
レースやフリル、憧れのふくらんだ袖(パフスリーブ)、大好きですよ~
似合わないなんて、ほんとうに、ほんとうに残念😢
ネットレース素材の半そでTシャツを1枚持っているきりで(これは似合うし、好き♡)
他にはたとえば、キャミソールにレースがついているとか、
パフスリーブシャツをいつも着ているとか、
フリルのついたチュニックを持っているとかいうことはまったくないのですが、
ふだんよく会う友人にも
「アンみたいな服が似合いそう」と言われるので、
イメージっておもしろい。

どこからそのイメージがくるのかと言えば、
たぶん、着ていることの多い、
やや長め丈の、やわらかいシルエットのスカートや かごバッグからなのかな。

バレエを習っていたせいもあるのか、はたまたもともと好きなのか、
ロマンチックチュチュ型の
(白鳥が着ているような、短いスカートのものではなくて、妖精などが着ている、長いふんわりした衣装ですね)
スカートが、一番 着ていて落ち着くし、好き。
レースやフリルやパフスリーブをそのまま「アンのように」取り入れるのは、
わたしには無理がありますが😢
エッセンスだけなら取り入れることができる。
たぶん「似合いそう」と言ってもらえるのは、そのエッセンスの部分なんだと思います。


好きなものと似合うものは別。とはよく言ったもので、
ラブリーな服が似合わないのと同様、
好きなのに似合わないもう一つのものは、真逆の「かっこいいもの」。
ジャケットとか、かっちりしたコートとか、いわゆるマスキュリンなもの。
こんなとき、ジャケットとか羽織ったらかっこよく決まるんだろうな~
と思うのだけれど、実際トライしてみるとなんともちぐはぐで。
見破られたことはない(と思うのだ)けれど 実は男顔なことがバレてしまうのです😢


好きだけど似合わない
似合わないけど好き
なものを捨てて、残った服を見たときの、自分の「好きで(たぶん)似合う」服の印象は
よく言えばやわらかな印象のもの。
憧れそのものではないけれど、
どこかに「アンの雰囲気」が漂っていると、いいなぁ。
















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# by patofsilverbush | 2017-09-02 11:01 | ファッション | Trackback | Comments(0)

お祭りすんで、あたらしい夜明け

突然、何かがふってきたように始めた「片づけ祭り」。
夏休みの終わりと共に、無事に終了いたしました。
早かったなぁ~。

夏休みで毎日、うすら散らかっている部屋にストレスが溜まったのだと思うけれど
(散らかしているのは私ではないので、片づけようがないことに、イライラ)
イライラしても始まらない。
自分の物ならいくら捨てようが片づけようが、自由だものね。

いつもなんとなく、決心がつきかねて取っておいてしまうものがいくつかあったのだけれど、
今回ばかりはもう思い切って!
出会ってくれた、買ったときのときめきをくれたことに感謝して(こんまりさんいわく)
処分いたしました。
いつもなんとなく、
「うーん、まだ捨てられるかも・・・」という未消化な気持ちが、
クローゼットを開けるたびに沸き起こっていましたが、
今回はそれもまったくなく。
クローゼットも引き出しも食器棚も、
どこをあけても「素敵なもの」が一目瞭然に目に入り、
用もなくあちこちの扉をひらいては、「うん、素敵♡」とときめいおております(笑)。

そうはいっても、実は今回さよならしたものは、さほど多くはなくて。
足りなかったのは最後の勇気だったのだなぁということが
片づけをしてみて気づいた点です。


結論を先延ばししてしまうこと。
なぁなぁのまま、なんの選択もせずに放置してしまうこと。
それがいいときも、あるのかもしれないけれど、そういう曖昧さが心にひっかかるのなら、
何らかの決断を自分でしたほうがいい。
誠実に、情熱をもって真摯に下した決断ならば、その小さな勇気が
ひとつのゆるぎない自信につながるのだと、
ちょっとづつため込んで、執着していたらしい不要な過去のできごとを、解放できた気がします。
捨てたものがすべてではなく、
残したいものはきちんと手元にあり、
大切な過去は、ちゃんと心にときめきを与えてくれるものなのだと、
扉を開けるたびに思う、9月の始まり。





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# by patofsilverbush | 2017-09-01 15:10 | | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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