人生の主役になる

その時々で、誰かが言ってくれた一言、本の中の文章、歌詞の一節、ドラマや映画のセリフなんかに、
はっとすることがありませんか?
ああ、この一言で、目が覚めました!わたしに必要な言葉でした!って。

そのときに心に感じた何かは、その時の自分に必要な気づきなのですが、
だいぶたって、同じ言葉が、
新たな意味を持ってよみがえってくることがあります。
同じような気づきなのだけれど、もうちょっと深い意味あいを帯びてきたり、
新しい局面をみせてくれたり。

以前、
「“しなければいけないこと”なんてない。何を選ぶかはあなた自身だ」
と、言われたことがありました。
あまり楽しくないシチュエーションで言われたので、その時は、
「わかってるよ、やってるよ、でも“しなければならない”日常の諸々は存在するじゃないの!」
と、腹がたちました。

でも最近になって、それは気持ちの持ちようの問題だな、と思うようになりました。

“すべきこと、しなければいけないこと”は、確かにあるのですが、
自分がそれをどう感じるか?ということです。
誰かがやらなきゃいけないから、そしてその誰かがやってくれないから、
わたしがやるしかない、
とか、
義務だからやらなきゃいけない、
とか 
思い始めると、際限なく不満が溜まってしまいがち。
やりたくないのに、やらなきゃいけない。どうして私ばかりが?って。

でもたぶん、そうじゃなくて、それは自分の選択の結果なんだよなぁ・・・
自分が、それをやるって決めた。
やりたくなければ、やらなければいい。
「やってるわたしばかりが、損してる」というのと、
「やるって決めました」と思って取り組むのとでは、
自分の感じ方が180°変わるんですよね。



誰かが何かを決めてくれるのを、ただ待っている主人公に、友達が
「自分の人生でわき役になるつもりなの?」という言葉を投げかける、
そんな、漫画の一場面に、はっと思ったことがありましたが、

自分で何をするか決める、
決めた結果、起きたことをしっかりうけとめる

ということを、案外、軽く見ていた自分に気がつくようなことを、
最近、よく見せてもらえます。


「これをする」というチョイスでも、「しない」というチョイスでもよくて、
どうするか決めたのは、自分自身、だと自覚すること。
それを選ばざるを得ない状況にあったとしても、それでも、
それを「選んだ」のは自分だと自覚した時に、はじめて、
自分のしていることに、前向きに取り組めるような気がします。

そして、前向きに取り組めるからこそ、自分の人生で主役になれるんですよね。
誰かが決めたことじゃない、
自分の人生を、責任もって生きることが、
人生で主役になることなんだなぁ、と、
あのとき感じなかった言葉の意味を、最近になって深く噛みしめています。

まだ、わたしはここまで。

たいてい、
言葉は違えど、結局いつも同じことを言われていることにも、
気付き始めた今日この頃(笑)。
同じ言葉をどこまで深く感じ取れるか、はかりしれない楽しみや面倒くささがあります。
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by patofsilverbush | 2013-11-30 10:50 | | Trackback | Comments(0)

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