人生の成功者って?

おとといのfree birds いらして下さり、ありがとうございました。
「あ~、最近、身体動かしてなかったな~」と自覚するだけで、
意識は身体に向くのかなと思います。
ちょっとの背伸びだけでもね。

午後は「赤毛のアン」6章を読みました。

アンを孤児院へ返すべく、彼女を孤児院から連れてきてくれたスペンサー夫人宅へ赴いたマリラ。
カスバート兄妹が欲しがっていたのは男の子だと知ると、
「女の子をお願いしたい」と伝言を頼まれていたスペンサー夫人はびっくりしますが、
アンを孤児院へ返す必要はない、
ご近所のブリュエット夫人なる人物が、お手伝いの女の子を探している、
と言いだします。

「アンがちょうどいいじゃありませんか。これこそ神様の思し召しだと思いますわ」

ブリュエット夫人がどんな人物か、うわさで聞いていたマリラは、
いっこうに神様の思し召しだとは思えません。
道中聞いてきたアンの身の上話とあいまって、そんなひどい人にアンを渡すのかと思うと、
良心の呵責に苦しめられ、ついにアンを引き取る決心をするのでした・・・・



ここで「神様の思し召し」だと思うのは、スペンサー夫人が言うように、
たまたま女の子をひきとりたいと思っている人が、身近にいたことではなく、
そのことがきっかけとなって、マリラがアンを引き取る決心をした、
ということです。

マリラにはそんな自覚はいっさいなく、「喜んでひきとるとはいいかねる」ものの、
こうなったのも、神様がお与えになった私の義務、くらいな気持ちでした決心。
でも、後々のことを考えれば、この決心が、
マリラやマシュウの人生を大きく変えてしまったわけです。

幸せになるために、本当に必要なことと、
自分が必要だと思っていることは、まったく違うものだったり、するのかもしれませんね。
どんなことが人生に起きるか、まったくわからないけれど、
目の前にきたことには、とにかくベストを尽くそうと、
マリラとともに思った昨日でした(笑)。



ところで、「人生の成功者」って、どんな人をイメージしますか?
この章のキーマンであるブリュエット夫人は、
アヴォンリー近隣の人たちを描いた短編集・『アンの友達』の中の一編、
『ショウ老人の娘』というお話の中にも登場し、“人生の失敗者の一人”であると描写されています。
かたや“生涯の成功者”だと描写されるショウ老人は、
近隣の人たちからは「かいしょうなし」と呼ばれている、
大きな農場もなければお金もない、生活の術をかせぐ手立てに、まるで興味のない人です。

はたからはどう見えようとも、
その人の心が幸福であるか。
心が幸せで、自分の生活に満足して、自分以外のものに愛を注いだ毎日を送っているか。

それが、モードが繰り返し描く、「人生の成功者」のようです。



「あの人はまるで、錐(きり)みたいだもの」とアンがたとえたブリュエット夫人。
なんとなくわたしのイメージの中では、中年というより初老に近い、こわいおばさんのイメージがあるのですが、
「赤ん坊がむずかるので、今すぐにでもアンを連れて帰って子守りをさせたい」
と言うんですよね。
そう、彼女には赤ちゃんがいるのです。
「あらためて考えると、なんだかびっくりするよね」
「私たちより、若かったりしてね~」なんて、可笑しく語り合った、楽しい午後のひとときでした。
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by patofsilverbush | 2013-11-30 11:33 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

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