『若草物語』

「贈り物しないんなら、クリスマスったってクリスマスらしくありゃしないよ」
という不平の言葉で幕をあけるのは、『若草物語』です。

少女小説の代名詞というか、『赤毛のアン』が出版されるまでは、
家庭的な少女の読み物として一番読まれていたのが、この『若草物語』だそうです。

クリスマスから始まる、マーチ家の4姉妹の一年間を描いた作品で、
アン同様、わたしの幼馴染でもあります。
洗礼を受けるまでの、長~い長~いみちのりの、一番初めにあるものは、この本かもしれません。
この「贈り物をしない」クリスマスにあたり、母が4姉妹にくれたものが、聖書でした。


アンじゃないけれど、日本の習慣にはない「お祈りする」という行為が、
とても「ロマンチック」で「想像の余地がある」ことに感じられ、憧れたものです。
ミーハーだなぁ、ちっとも「神様」に対峙してない!とは思うのですが、それでも、
「神は見守り、助けてくれる」存在であることだけは、感じたように思います。


「何をしたいのか」
「何になりたいのか」
という、具体的な職業としての“将来の夢”を考えたり、
なりたいものに向かって努力することはあっても、
自分がどういう人になりたいのか、
と意識して考えたことは、あまりなかったように思います。
「こういう自分はいやだなぁ」
と思うばかりで、具体的にどうなりたいのか考えたり、そこに向かって努力したことなど、
なかったかもしれません。

女性が職業をもつことなど稀だった時代、女性の目標は、
「どんな結婚がしたいか、どんな家庭を築きたいのか」
だったのかもしれません。

まだ少女期の成長を描く『若草物語』、
大人の入り口に入りかけた青春時代を描く『続若草物語』を通して、
姉妹たちは、結婚の前にある「自己」をそれぞれが見つめ、
どんな結婚をするにしろ、
そこに自己がなければ幸せにはなれないのだということを、
それぞれの体験を通して学んでゆきます。

子供の成長を見守ることはあっても、
自己の成長ということは、あまり意識しないものですが、
息子を出産した直後、ハリウッドの女優さんが
「子供とともに、わたしも母親として日々成長しているわ」とコメントしているインタビュー記事を読んで、
目からうろこの思いをしたことがありました。

そっか!母として、自分も成長しようと思えばできるんだよね!

もう大人だから(年齢的にね)、成長するなんて言葉は、自分には関係ないと思っていたようで、
その考え方がとても新鮮に感じられたのです。

「成長しているわ!」という言葉が、自信あふれるハリウッド女優さんらしかったのですが、
『若草物語』を再読しながら、そんなことをまた思い出しました。

いくつになっても成長したいと思えるって、果てしないけれど、
素晴らしい、楽しい、わくわくすることですね。
自分がどう成長してゆきたいのか、じっくり考える日々が続きます。
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by patofsilverbush | 2013-12-06 09:50 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

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