聖イシドロ農夫

カトリックには、聖人方を記念する日がたくさんあります。


明日15日は聖イシドロ農夫の記念日。
わたしの守護聖人になっていただいた方です。

カトリックでは洗礼の時に、洗礼名をつけます。
諸聖人や天使からお名前をいただいて、特別の加護と守護とを願うのです。
ふだん、そんな横文字の名前で呼び合うわけではないのですが(笑)、
「どんな名前にする?」とシスターに聞かれた時、
なんだかロマンチック!と、アンのように わくわくしたものでした。

しかし・・・
どんな名前と言われても、諸聖人方のお話を聞くにつけ、
自分とはなんの関係もないような、深く、敬虔な信仰をお持ちの方々ばかり。
信仰とはなにかしらと、右も左もさっぱりわからない求道者には、どの方の人生もピンと来ずで。

「誕生日に近い聖人、とかでもいいのよ」
とシスターに教えていただいて、調べている中で出会ったのが、聖イシドロ農夫でした。

古い古い時代の聖人で、もうカトリックの暦にすら、載っていないような方。
シスターにも神父様にも、
「聞いたことないなぁ、どんな人なの?」と聞かれました(笑)。
わざわざ農夫と書かれているのは、もう一人、農夫ではない聖イシドロという方がいらっしゃるからです。
文字通りの農夫、生涯、同じ主人に仕えた小作人だったそうです。

仕事をしないでお祈りをしているので、他の小作人が怒ったところ、
天使がイシドロさんの代わりに働いていたとか、
他の小作人より収穫が多かったとか、
冬、空腹に鳴く小鳥たちのために、
運んでいた荷袋をあけて 小麦やトウモロコシを与えたけれど、
加工場に着いたときには 袋はいっぱいになっていた、とか、
小さな奇跡のエピソードが残されていますが、
わたしが心ひかれたのは、その人生がごくふつうの、ありふれたものであった ということです。

生涯貧しくとも、幸福で、働き、愛を与え、
満ち足りた気持ちのうちに平和な生涯を過ごした方。

多くの人がそうであるように。

何かがなければ幸せではない わけではなく、
何があったからといって幸せ というわけでもなく、
幸せには 目に見える形はなくて、本当に、その人の心の中でしか、感じられないもの。
特別なものばかりを、いつもいつもを求めるのではなく
日常の中で、自分が持っているものに感謝と幸せを感じていられるように、
聖イシドロのお名前をいただきました。


そんな地味な(笑)生涯ですので、その聖性を認められ、列聖されたのも、
死後500年近くたってから。
何か偉大なことを成し遂げた方だけではない、
そんな日常の中の信仰を、神さまは見ていて下さるのだなぁと思います。

それにしても、アンよろしく、なにか素敵な名前にしたいわ~
と思っていたのに、イシドロなどという固い感じの、きわめて男性的なイメージの名前・・・。
「“マリア”をつけると、やわらかい感じになるんじゃない?」というシスター方のアドバイスを受け、
最終的にマリア・イシドロとなりましたが、
実は、
イシドロさんの奥さんのお名前が、マリアさん。
こちらも信仰の深い方で、列福されており、
ともに聖性が認められている唯一のご夫婦なのだそうです。

マリアはもちろん、マリアさまのマリアでもありますので、
総勢3名の方に守護されているという、なんとも贅沢な名前となったのでした。
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by patofsilverbush | 2014-05-14 11:07 | その他 | Trackback | Comments(0)

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