散歩の効能

最近、家の外に出てないなぁ!と
ふと思い、午前中、近所を散歩してきました。

実際には出ていないわけでもなかったのですが、
なんとなく、
一人で、周りの景色や、風の匂いを感じたかったみたい。

午後からは強風が吹き荒れていますが、
午前中はさほどでもなく、暖かで、
西風に吹かれてぶらぶらしていたら、
息子が前に言ってくれた言葉を 思い出しました。

「ぼくねぇ、神さまのところから、ママのことを見てたんだけど、
ママが寂しそうだったから、ママの中に入り込んだんだよ」

3歳か、4歳くらいの時だったかなぁ。
何か物語を創作できるほどの、智慧がつく前の年齢だったため、
あ、これは本当のことなのかも。と、胸をつかれる思いがしました。

息子がやってくる数年前に、流産を経験していたことや、
パートナー氏に持病があることもあり、
子供を持つ、ということに、どちらかといえば消極的だったこともあって、

どちらかといえば、子供は苦手だし、
いないほうが気楽だな、なんて、自分の中では考えていたのですが、
息子に言われて、
そっか、寂しそうだったのか、と思いました。
流産した、ということを、すっと受け入れられるようになったのも、
その言葉のあとだったようにも思いますが、
それは 自分の記憶の、都合のよい改ざんかも(笑)。


それからしばらくして、

「ママ、神さまがね、
ママの準備ができたよって言ったから、ぼくはママのところに来たんだよ」

と、また息子が言ったことがありました。

そのときはもう幼稚園に通っていて、
なんだか創作くさいな(笑)と思ったのですが、

縁もゆかりもない、今の土地に引っ越してきたとき、
小学校と、学校の前に広がる大きな公園まで、ずっと遊歩道が続いていて、
スーパーも近所にあるけれど かつ適当にのんびりした田舎、
という風情に、
友人が、
「子育てもしやすそうだね~」と言っていたのを思い出しました。

引っ越し当時は 子供を産む予定もなく、
なんとなく、大人二人で生きていくんだろうな、と思っていたので、
まさか引っ越し直後に妊娠するとは考えもしていませんでしたが、

あれから10年がたち、
息子が元気に学校に通って、公園で友達と遊んだりする毎日をみて、
たしかに、子供がやってきてもいい準備は、
あの時点で整っていたのかもしれない、
と、
ふと、今日、歩きながら思いだしました。


「導火線の短い」(笑)わたしですが、
年相応に すんなり問題なくいくタイプの子供ではない 
我が息子と過ごすうち、
ゆっくり話を聴くこと、相手の様子をよく見ること、タイミングを待つこと・・・
つまり、辛抱強く見守る、
ということを、
すこしずつ、少しずつ、覚えたかもしれません。

大人は、
公の場での振舞い方、大勢の人の中での在り方といった、いわゆる処世術を 
子供におしえている(しつけている)つもりですが、

子供の方は、
持って生まれた 天然自然の愛情で、
わたしをゆっくり育てていてくれる。
もしわたしが、なにかできるようになっているとするなら、
それは息子が、辛抱強く、たくさんの愛情をかけて、
わたしを育ててくれたということなんだなぁ、

おひさまの光りをいっぱい浴びながら、
そんなことを感じました。


だから
散歩は必要なのです。








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by patofsilverbush | 2015-01-23 14:31 | | Trackback | Comments(0)

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