無力であること

自分はまったく無力である と、
痛感する日々もあります。

慰めを必要としている人が、目の前にいたとしても、
拙い言葉は その人の心に届くことはありません。


ご本人ではない限り、心の痛みや苦しみは、
わからない。
どんな言葉も、思想も、「あなたにはわからない」という思いのもとには 無力です。

そうね、わからないね。
と、口をつぐむことしかできない。
わたしの体験した 悩みや悲しみが、その人には分からないのと 同じように。

人は 本質的には孤独なものです。
自分の悲しみや 痛みは、
究極的には 自分にしか癒せない。
だから、誰かにしてあげられることは、本当は(究極的には)ないのだと思います。

そのことに罪悪感を抱くことも、ありますが、
仕方ないんだなぁ とも思う。


ただ、
小さな喜びに、心を閉ざさないでほしい
そうやって 小さく小さくでも、扉をあけておいて、
いつか大きな喜びに、しっかり心をひらいてほしい とは、
思います。


自分もそうやって、
悲しみの中にいて、
よく分からないながらも、神さまの光りを、いつも感じていたように。

信仰を持ってほしい、という意味ではなく、
ただ、
「善」という存在を感じること、
人間は無力であるけれど、
人知を超えた、
誰をも 幸せにしたいと思っている大きな意思が、
人間の目に見える外の世界には、あるということには、心をひらいてほしいな、と。



でも、
そんなふうに思うことも、
悲しい人にとっては、また負担になることかも、しれません。









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by patofsilverbush | 2015-03-31 10:42 | | Trackback | Comments(0)

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