神棚

女性の間で、神棚が流行っているそうです。

というトピックだけを見て、番組そのものは 見なかったのですが、
やはり それだけ、
生きていくのは過酷である ということなのでしょうか。

弱音を吐きたい時、とにかく涙を流したい時、
怒りを爆発させたい時、
悲しくて悲しくて、とてもやりきれない時・・・
人生には、いろんな時があるものね。

寄る辺ないと、心細い。



悲しみや苦しみに触れて、信仰を持つ、
という方も、もしかしたら 多いのかもしれません。

わたしの場合は、特別に「何があった」ということはなく、
単純に、
子どものころからの愛読書たちのおかげで、
キリスト教を身近にも、憧れにも感じていたこと、
アンに出てくる聖句は、聖書のどこに書かれているものなのか知りたかったこと、
子どもの幼稚園の先生が、カトリックであったおかげで、
わたしの無知な質問にも丁寧に答えて下さり、
教会への門をひらいて下さったおかげで、神さまに導かれたわけですが、

逆に、
人生に悲しみが多い時であったなら、
「宗教なんかに頼るもんか!」と、意固地になったかもしれません。



また一日、新しい朝を迎えられたこと、
夜、その日を無事に過ごせたことに、感謝する。
その気持ちを向ける場所として、おうちに神棚を作る女性が増えている、
というような、テレビ番組の特集のようでした。

確かに祈りの対象である「神さま」は、目に見えないわけですから、
目に見えるどこかに、気持を向けたくなりますよね。


小さな窓辺に、
シスターにいただいた小さな十字架像と、
代母さまにいただいた聖母子像がおいてあり、
そこが わたしにとっての神棚なのかなと思いますが、
一日に何度も、そこに目をやりながら、
その場所に目を向けて祈ることは、わたしはありません。


どこにいても、その場で お話を聞いていただけるのが、
神さまのよいところ!


神さまに「お願い」したからといって、
なにもかも、思う通りになるわけではない。
わたしが求めるものとは別の、まったく思いもよらないものを、
神さまが下さる時、
嬉しいこともあれば、困惑したり、
時に おこがましくも 憤りを覚えたりすることもあります。

困惑を素直につぶやいたり、
憤りをそのままに訴えたりしながら、
神さまは 
どこか遠いところにいて、
わたしが四苦八苦している姿を、ただ見守っているだけの存在ではなくて、
ともに悲しみ、ともに苦しみ、
いつの時にも そばにいて下さるのだと思うと、
辛さや困惑を超えて、その先へ進む勇気を頂ける。


信仰は神聖なものですが、
もっとも身近なものでもあります。

「神」を「信じる」という、「何か特殊なこと」のような感じではなしに、
みんなが、
「善」に心を閉ざさないように、なるといいなぁと思います。








[PR]
トラックバックURL : https://ginnomori.exblog.jp/tb/21742798
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by patofsilverbush | 2015-04-27 14:51 | | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
プロフィールを見る
画像一覧