円熟する 『赤毛のアン』第13章・2

さて、
牧師さんが、ピクニックの開催を正式に発表するのを聞いて、
「興奮のあまり体中が冷たくなり、ぞくぞくっと鳥肌が立った」
と話すアンに、 マリラは吐息をつきます。
 

「あんたは物事に執着しすぎるよ」

物事は、自分の思い通りになることばかりではない。
わくわくと期待して待つことが 現実にならなかったとき、
待つ喜びが大きいほど、失望も比例して大きくなることにもなる。
そんなアンの性質を、マリラは懸念したのです。


「この先の人生で、何度もひどくがっかりするんじゃないかと思いやられるよ」



感受性豊かなアンの、この性質は、
そのままモード・モンゴメリの性質でもありました。

モードは友人への手紙に、この自分の性質について、こんなふうに書き綴っています。



『以前はとても衝動的で、感情の起伏の激しい性格でした。
気短かということではなく、憎しみにせよ 愛情にせよ、
いったん心に生まれると、とことんまでいってしまたものです。
それは重大な欠点であったばかりか、
知的・精神的・肉体的に、多くの点で害を与えるものでした』



自分の激情のままに、心を揺り動かされること。
小さな喜びに 天国まで舞い上がることも簡単なら、
絶望のどん底に突き落とされるのも、また容易な性質。


人生の様々な局面や、体験、
意思に反して余儀なくされる生活が、そんな自分に
「自制心を働かせる習慣を身につけさせてくれた」と
モードは続けます。



『この欠点を根絶したという確信はありませんが、
人に対しても自分に対しても、
穏やかに、はるかにあたりの柔らかい人間になりました』



もって生まれたままの性質を、自制して抑えることは、
いっけん、ありのままの自分を隠すことに見えますね。
大人になってゆく過程で、人は、
他者を傷つけないよう、また自分が傷つかないよう、
もともとの性質を抑えたり、隠したりせざるを得なくなります。
一人一人が思いのままににふるまう世界では、誰も安心して暮らせません。
自分の役割を、それぞれがきちんと責任をもって果たすために、
時には自制し、譲り合うことや、妥協点を探ることも必要です。


ずけずけと思ったことをそのまま口にすることが、
必ずしもいいわけではないし、
自分の気持ちより、相手の心を思いやることや、
他者を理解しようとする努力、
自分とは違う、相手の在り方を受け入れること。
住みよい世界は、一人一人の そんな努力やルールがあって、
生まれるものなのですから。


「世界には自分だけ」のような 幼児のふるまいを経て、
「自分と他者のいる世界」を作ってゆけるようになることを、
世間では、“成長” と呼ぶのかもしれません。



ちょうど、突拍子もない行動で、マリラやリンド夫人や唖然とさせるアンが、
マリラから「分別」を学び、
周囲と調和することも学んで行くように。




一方、憂えるマリラに、アンは自分の喜びの気持ちをこんなふうに説明します。


「何かを期待して 待ち焦がれることも、
楽しみのうちの半分だわ。
期待して 思い通りの結果にならないこともあるかもしれないけれど、
待ち焦がれるときの楽しさは、誰にも止めることはできないわ。
何も期待しないより、期待して失望する方が、ずっといいわ」




アンのこの性質は 大人になってもずっと変わらず、
やがて大きくなってからも、
アンとマリラの間には、同じようなやりとりが繰り返されるのです。

しかしそこには、時を重ねてきた変化も、見受けられます。


この続きは、また次回に♫








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by patofsilverbush | 2016-01-30 09:51 | ferrbirds赤毛のアン | Trackback | Comments(0)

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