お守り言葉

赤毛やそばかす、がりがりにやせていることなど、
自分でも気に病んでいる外見的なコンプレックスを、
初対面のおばさんにさんざん(悪気なく)指摘されて
癇癪を起し、足を踏み鳴らしてどなりまくるアン。

グリーンゲイブルズに引き取られてから初めて、
「家族」ではない「よそのひと」であるレイチェル・リンド夫人に出会う場面は、
何度読んでも アンのものすごい権幕を想像しては笑ってしまう場面です。

「かんしゃくもち」であるアンですが、実際に癇癪を爆発させるシーンは、
ここと、同じく赤毛をからかったギルバートの頭に 
石板をたたきつける場面くらい。
でもどちらも、強烈に印象に残るシーンですね。

「ママも癇癪持ちなの?」と、今朝、息子が。
はいはい、そうですよ!!!
これでもだいぶん、抑えていると思います、
何度言ってもゴミをゴミ箱に捨てないとか、
引き出しをあければ
洗濯ものなのか、洗濯済みのものなのかすらわからない服が、
くしゃくしゃにまるまって突っ込まれているのを
何度も発掘している身としましては(# ゚Д゚)!!
何度目かわからないから、我慢の限界を超えた結果ですっ!いい加減にして!!


まぁ、ともかく落ち着いて・・・。


癇癪持ちではありますが、『若草物語』のジョーのように、
抑えようと絶え間ない努力はしております(苦笑)。
突然キレる、と家族は思っているかもしれないのですが、
日々、我慢して抑えている癇癪壺が満杯になった結果、
ふたが吹き飛ぶのでございますよ。


『生まれつき怒りっぽい性格をできるだけ抑えて、
時には爆発させながら、一生を終えた人。
一方で、ほんとにおだやかな性格で生まれた方が、そのような一生を終えた。
神さまの目にどちらが尊くうつるかわかりません。
わたしたちは
あの人はずいぶん怒りっぽい一生だった。
それに比べてもう一人の人は、とても穏やかで立派な人だったと
言うかもしれませんけれど
非常に怒りっぽい人が努力をして一生を終えたことのほうを、
努力しないでおだやかな一生を終えた人よりも、
価値高く見て下さる方があるのです。』


折に触れて読み返す、
シスター渡辺和子の著書『「ひと」として大切なこと』の中の一節。
そんなふうに思って下さる方がなければ、
わたしなんてコンプレックスや自己嫌悪に押しつぶされてしまう。

努力しても、目に見える「成果」がよくわからないこと、たくさんあるけれど
そんなふうに思ったら
「成果」が見えなくても、
少なくとも努力はしている、と思うことはできます。


神社ならお守り、教会ならメダイなど、
身や心を守るための、目に見える印を持っていると、
人はなんとなく安心したりもしますね。
同じように、身や心を守る言葉が、自分の中にたくさんあると、
目には見えないけれど、心の中に小さな灯りを灯してくれることがよくあります。
心の引き出しに、たくさんしまってあるお守り言葉。


「わたしも少しばかり、癇癪持ちですのよ」
と、大人になったアンがため息交じりに言うと、
「けっこうですね、人に踏みつけにされる心配はありませんからね」
と返した、ミス・コーネリアの素敵な(笑)言葉と共に、
シスター渡辺のご本も、わたしの頼もしいお守り言葉のひとつです。








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by patofsilverbush | 2017-06-29 08:50 | | Trackback | Comments(0)

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