指導??

わたしがバレエを習っていた30年前、高校生の頃。
(わ!もうそんな昔のことなのか!自分で書いていてびっくりしました!)
たぶんマックスで自我の塊であったり、
そのくせ自信がなくて「自己」というものがまったくなかったので、
自己主張すらできなかった頃。
バレエ教室の先生は、わたしたち生徒にとっては「絶対」の存在でした。

理不尽に怒られるのは日常茶飯事で、
「理不尽だよね」と愚痴は言い合っても、
とても意見できるような関係性はありませんでした。
その状況が理解できない彼氏に
「理不尽に怒られてるなら、ちがいま~すって言えばいいじゃん!と言われた!
言えるわけないじゃんねぇ?」
という先輩の言葉に、深くうなずいたことも、今では懐かしい思い出です(笑)。
そういう環境にいないとわからない、理解できない空気感って、きっとあるように思う。
“学校の先生”とは明らかに違う絶対さ。
もしかして同じ時代、運動部で「しごかれた」方は、
同じような状況や気持ちを経験されているのかもしれません。

もちろん、わたしにとってバレエの先生は理不尽なだけではなく、
素晴らしいこともたくさん教えて下さった恩師です。
やさしかったことも、たのしかったことも、もちろんたくさん。
ただ、
「理不尽に怖かった」ということが常態化していたため、
理不尽で怖い、とは思っているにも関わらず
「それが物事を極めるために必要な指導だ」と、割と最近までふつうに思っていました。
「よく頑張ったよね~!」と、当時の自分を、
練習内容のいかんにかかわらず、「怖い指導の下でもやめなかった」という一点だけで、
褒めたい気持ちでいました。いや、いるかな。褒めたいかな(笑)。

最近になって当時の仲間たちと話した時、
「怖かったよね~」
「恐怖政治だよね~」
「あれじゃ委縮しちゃうよね~」
と思い出話で笑いあったのですが、
ああ、そうか、わたしは委縮していた、と
こんなにこんなに時間がたった今、ようやく当時の自分を理解できたように思います。
それが普通だったから、委縮している状態を、ふつうのことだとしか思っていなかったようです。

バレエに関してだけではなく、
今まで自分がいろんなことでいかに委縮していたか、
理解できる機会が多かったのも、ここ最近のことです。
委縮しなくてもいいんだ!と思ったときの安心感といったら!


時代が違う、
今の子はそんな練習にはついてこない、
と よく言われるけれど、
たしかに委縮させたところでいい結果は生まれない。
失敗を恐れず、伸び伸び思いっきりやっておいで!という言葉は、
委縮していない精神でないと理解できないことです。
人を「鼓舞させる」ことは難しい。
どういう指導のもとであったなら、わたしは自分を鼓舞できただろうか。
と、今さらながら考えてしまう連日のニュースです。
日大芸術学部、憧れてたんだけどなぁ・・・。







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by patofsilverbush | 2018-05-24 17:07 | | Trackback | Comments(0)

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