ギフト

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同じように続く日常も「毎日同じなんてことはない」というアンの言葉通り、
晴れている日でも、
富士山が見える日と、見えない日があります。
上はきのうの、かすみがかった朝。
よく晴れてはいたけれど、世界に一枚ヴェールをかけたような、
はかなげな美しさがありました。

今日は真珠色の曇り空。

富士山が見える日は、凛とクリアな空気の冷たい朝です。
毎日見えるわけではないから 心が弾む特別な朝。
清々しく、新鮮な気持ちに満たされるのは、
富士山効果でもあるし、きりっとした空気の効果でもあります。


先日、あるネット記事を読んでいたら、
「わたしたちはお互いに“おみやげ”を渡しあうことで
よい関係性を保てるものなのです」
という言葉を見つけました。
いつもつきあっている友達グループの中で、自分の居場所が見つけられない。
自分はその人たちから必要な時だけ利用される存在にすぎないような気がする。
そんな友人関係は解消したいけれど、ひとりぼっちでお弁当を食べる「みじめな存在」には
なりたくない。
本当の友人がほしい。
・・・という女子高校生の悩みに答えた、一連の長い記事の中の言葉。

「あなたは、
うわべだけと感じる友達づきあいか、“一人でお弁当を食べるみじめさ”か
自分でどちらかを選ばないといけません」
と、世界が狭くなりがちな学生にはなかなかハードルが高い真実を述べた後、
「人はお互いに“おみやげ”を渡しあいながら関係を作ってゆくものです」
というように言葉は続いていました。


「悲しい事ですが、人は、お土産を渡すだけの存在では
よい関係性は保てないものなのです。
その友人たちは、あなたにどんなお土産をくれますか?
ひとりでお弁当を食べなくてもいいおみやげをくれています。
あなたはそのお友達に、どんなおみやげを渡していますか?
あげるものが何もない、ということはないのです。
にっこり笑ってあいさつすれば、それでもう、おみやげなのです。
ただし、自分が欲しくないものをもらっても、
相手が欲しくないものをあげても、
お土産は成立しません」


正確ではないけれど、そんなような記事でした。


たしかに、わたしにも経験がありますが、
一方的な関係性というの、続けるのは難しいですよね。


今朝、散歩中に曇り空を見ながら、
どんな日でも、どんな季節でもその日なりに美しい景色をくれる世界を歩きながら、
自分が家族を含む周りの人にもらっている「おみやげ」のことを考えてみました。
わたしはその人たちに、なにか「おみやげ」をあげられているのでしょうか。
「ギフトだねよ~169.pngギフトギフト169.png
と、途中からSMAPの歌になりながらつぶやいた途端、雲間からパーっと日の光が。
今朝も神様が、ギフトを下さったようでした。

もらっているものには気づかないで、
一方的に「あげている」と押し付けてるものばかり大きく見える。
そんな心のかぜっぴきを、ギフトで一掃!
せめて思いついたときだけは、心がけようなんて思った禅寺のような朝散歩でした。
家族にも、お友達にも、周りの人にも、
ちょっと買い物に行ってなんらかの言葉を交わす「袖触れ合う」人にも。
何かをもらったり、何かをあげられたり。
そんな日常が、世界平和、いやいや、宇宙平和につながるはず!






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by patofsilverbush | 2018-11-27 10:26 | Trackback | Comments(0)

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