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お久しぶりです

長い長い連休、いかがお過ごしですか?
花粉症の時期が過ぎ、春になり、ツバメが帰ってきて・・・
ずいぶんとご無沙汰をしているうちに、季節はどんどん移り変わって
早、初夏に!

元号が変わるという、めったにない出来事を含んだ10連休ですが、
我が家は特に特別なこともなく(笑)。
長すぎる休みを持て余し気味の中2男子、
夫も10日のうち半分くらいは仕事、
毎年恒例、春のガレージセール参加を目前に、チクチク作業も正念場なワタクシと、
普段よりややのんびりと、
穏やかなお休みを過ごしております。


昭和から平成に時代が変わったのは、中学生生活ももうじき終わろうという頃でした。
もはや人生の3分の2は平成で過ごしてきたというのに、
わたしにとって平成というのは、なんというか印象の希薄な時代です。
結婚したり出産したり、人生の大きな出来事がいろいろあったはずなのですが、
昭和の終わり、小学生・中学生の思い出の方が、ずっと鮮やかに記憶に残っている。

平和な時代であったとよく言われますが、
世界を見渡してみると、「平和」だとはとうてい思えない映像も、
日々、ニュースで目にしてきた時代であったと思うのです。

令和という新しい時代。
世界の平和を望まれ、人に寄り添う姿を見せてこられた上皇陛下
これからも世界の平和を望まれるとご挨拶なさった天皇陛下
お二方の前で祝辞の述べたその翌々日には改憲を叫ぶ総理大臣・・・・。
新しい時代になった、からこそ、
「世界の平和」ということを、わたしたち、世界を構築する一人一人が考えねばならないと思った、
ゴールデンウィークです。


ところで。
平成最後の朝、ベランダに洗濯物を干そうと窓辺に寄ったところ、
手すりの隅に見慣れない鳥の姿がばたばたと。
あ、カワラヒワ!!
なんと巣立ちのため飛行練習中のカワラヒワのヒナが、我が家のベランダに不時着したようで、
ちょうど親鳥が餌を運んできたところだったようです。
手すりを雑巾で拭いて、洗濯物を持って再び上がってくる、その10分ほどの間に、
そんなかわいいハプニングが起こっていようとは。
しばらく眺めていましたが、またよれよれと飛んで行ってしまい、
無事の成長を祈るばかりです。
それにしても、ふだんめったに見ることのできないカワラヒワを
かわいい赤ちゃんまで一緒に見られるなんて、本当にラッキー♡
そんな小さな出来事が、わたしの連休中の「ニュース」ですよ~。


みなさまもよき日をお過ごしになられますように。






by patofsilverbush | 2019-05-05 11:18 | Trackback | Comments(0)

まわりもわたし

「これがわたし!」ということを、
我を張ったり、自分の考えを人に押し付けようとしてしまったり、
または自分が正しいと思っていることが本当に正しいでしょ!と
周りに認めさせようとしてしまうことだと
勘違いしてしまうことがよくあります。

逆に、
我を張らないように、
人にやさしく、
自分のことより相手の気持ちをおもんぱかって、
という、変な正義感が強くなって、
自分が疲弊してしまうことも。


わたしはわたし。私は自分を大切にしている。
ということと、
あなたはあなた。わたしはあなたを大切に思っている。
ということは、
両立できることであるのだなぁと、最近になってようやく
納得できるようになりました。
「わたしがハッピーであること」を何より大切にすることは、
決してわがままなことではないし、
同時に、
周りにいる人もハッピーでいられるように、思いやることもできる。


そんなふうにいちいち、日々起こることを分析しているわけじゃないけれど、
ときどき、
ああ、そういうこと・・・と思い当たることがあるのは、
やはり神様からのメッセージ。






by patofsilverbush | 2019-01-25 10:27 | Trackback | Comments(0)

IT'S ME

いくつくらいのころだったか、まったく覚えていませんが、
子供のころ母に
「この女優さん、樹木希林さんというのよ」と教わった?ときに、
「え、きりんさん!名前がきりんさん!」といたく感銘を受けた(笑)記憶があります。
およそ人の名前にはしそうもない、意表を突くネーミング、
なんておもしろい!

同じように、
「この人が昔話の女優さんよ」と母に教わって、
「え、この人が!」と衝撃を受けたのが、
市原悦子さんでした。
わたしにとっては“日本昔話の声の人”。
テレビから録音したと思われる日本昔話の、
あのやわらかな語りに重なって、
赤ちゃんころの私の声がばぶばぶと入っているカセットテープが出てきたことがあったっけ。
その声の人が、女優さんだったということに驚いたのでした。

先日、市原さんの訃報を受け 流れていたニュース映像の中に、
日本昔話についてお話しされているものがありました。

「最初、とてもテンポがよくて、さーっとお話が流れるようなものであったから、
もっとゆっくりしましょうよ、聞いてる人が眠くなっちゃうくらい、
って言ったんですよ。
♪ぼうや~よいこだねんねしな・・・って流れてきたら眠くなっちゃうくらい、ゆっくり」
そんなようなことを話されていて、
ああ、だから、
小さな子でも、よくわかったんだなぁと思いました。
早口で流暢に語られていたら、きっと小さな私の心には染み透らなかった。
お水が土にしみこんで、
その水を植物の根が吸い上げるように、
ゆっくりと心に染み透っていった昔話の数々。
そんなふうにゆっくりじっくり身に着いたものは、
血や肉や骨となって私を作り、支えてくれてる。
「わたし」を作るのは、食べ物や運動ばかりではないのです。


今、市原さんの言葉を聞いて思うのは、
テンポが速いと感じたら、速度を落としてもいいのだな、ということ。
なにかとスピードや効率が求められるけれど、
機械の速度と人間の速度は、本当は全然違う。
なんとなく速くしなくっちゃと焦らされ、実際にあせってしまうこともあるのだけれど、
心や気持ちにあった、ぴったりくる速度を、
各個人が見つけてもいいのだなと思い、ちょっとほっとしたのでした。



声の仕事をするときに大切にしていることはと聞かれて、
「五感を大切にしたい」と話されていたという市原さん。
何かに触れたとき、風が吹いた時などに感じる、その「感じ」を大切に
ナレーションしたい
という言葉は、本を音読するうえで、
そしてまだ時々、息子に読み聞かせする時にも、
心に留めておきたい言葉でした。


飾らない、人と同じじゃない自分でいていい。
ということを体現してくださった二人の女優さん。
今、この年齢になって
人生の先輩として感じることがたくさんあります。







by patofsilverbush | 2019-01-18 14:12 | Trackback | Comments(0)

新春

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春を告げる花といえば、まずは梅かなと思うのですが、
お正月らしい、新春らしい花と言われれば
この小さな水仙の花です。
清楚なたたずまいは、
冷たく、みずみずしく、清潔かつ、華やかな香りとともに
「初春の慶び」という言葉をそのまま表したよう。



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白と、冬の庭を彩ってくれる緑の小さなブーケにしてみましたが、
水仙の香りよりも、
ローズマリーの香りがいつまでも指先に残ってしまいました。



枝の長さをそろえるために短く残ってしまったローズマリーも、
ワイヤープランツと一緒に、ビーズが入っていた小さな小さなびんに。
ちょっとした緑も、あるだけでお部屋が生き生きとしますね。


少しずつ、日足も長くなってまいりました。
春を感じるにはまだ早く、これからますます寒さが厳しくなるけれど、
部屋の隅に、小さな春と福。
ちょっとうれしい。








by patofsilverbush | 2019-01-11 18:51 | Trackback | Comments(0)

冬の長野


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学校が冬休みに入る草々、長野の両親宅へ行ってまいりました。
そういえば冬休みに来たのは久しぶりだったかも、
と、暖冬のせいか雪のかけらもない現地についてから気づきました。
いつも新幹線を降りると「さむっ!!」となるのですが、
今回はそんなこともなく。
滞在中もお天気がさほど悪い日もなくて、
アルプスがこんなにきれいに見えるほど晴天の日も!↓
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富士山同様、晴れているからっていつも必ず見えるわけではないので、
一週間足らずの滞在中に見られたのはすごくラッキー。


長野駅から車で20分ほど。
長野市街からちょっと山を登っただけ、とはいえ、
庭からは山しか見えない両親宅では、なんとなく時間の流れ方も違って感じます。
のんびりというより、
冬のセール、とか、バラエティ番組、とか、コマーシャル、とか、情報、とかいう名前の
余計な雑音がないというか。


旅先で買ったものは、
どこそこで、誰と、どんな会話をしながら買った、
という忘れ難い思い出と結びついた、
物語つきの特別なものになるのが素敵です。
雑然とした、ちっとも素敵でない骨董屋さんで
母とそれぞれ品定めしながら
ごちゃごちゃした雑多なものの中から選び出したキリコのグラスやぐい飲み。
長野に行くとよく連れて行ってもらうガラスアートのお店で、
母とお揃いで買ってもらっちゃった162.pngガラスの天使。
そのお店を去り際に見つけて一目ぼれしたステンドグラスの小箱。
そんな、長野で見つけたお気に入りたちが、毎回ちょっとずつ増えて行って、
いろんなものと私を結び付けてくれる。
両親と交わした会話や、
母のご飯や、
その土地の空気や、
その時過ごした時間の流れと。
そのものの中にとどまる記憶や時間や気持ちが、
その物を、「わたしにとって特別なもの」にしてくれる。


もちろん、買ったものばかりではなく、
ひろったメタセコイアの実であることもある。
写真よりも記憶に残る、思いでの保存法かもしれません。




   
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by patofsilverbush | 2018-12-29 14:08 | Trackback | Comments(0)

懐の深い彼女

渋い金色のビーズのクラッチバッグを持っています。
いったいいつ頃、なんのために買ったものなのかもおぼえていないけれど、
もうずいぶん長いこと、クロゼットのかごの中に入っています。
結婚式か、なにかのパーティーなどに持っていくような、
裏側はブロンズがかった金色のビーズだけ、
表側には大ぶりのフェイクダイヤのようなビジューが並んでいる、
本当に華やかなクラッチです。

ハンカチ、口紅、スマートフォン、うすっぺたな小銭入れ、
くらいは入りますが、
いくら小荷物派なわたしでも、なかなか持ち歩く機会もなく、
もちろんそんな華やかな場所へお出かけする機会もなく。
「クロゼットのかごの隙間からキラキラがちらっと見えるだけで、存在意義があるバック(笑)」
というのが、長年の彼女の位置づけでした。


今日、近所のお友達のところへちょっとお邪魔する際、
ふと思い立ってその彼女に登場してもらいました。
まさにハンカチ、スマートフォン、家の鍵、だけの、軽やかな荷物を入れるのに
ぴったり!
ミルク色のトレーナーにざっくりしたウールのスカート、足元はスニーカーという
まったくもってカジュアルな装いに、意外にも浮き過ぎない、
ちょっとした愛嬌や華やぎを添えてくれて、
楽しいお出かけに、さらに楽しい気分をプラスしてくれたのでした。


「わたし、意外と懐深いわよ」
とウィンクしている彼女の出番が、この先、増えそうな気がしております(笑)。
わたしの枠がちいそうございました。




by patofsilverbush | 2018-12-18 15:24 | Trackback | Comments(0)

祈る

今週は急激に寒くなり、ああ、年末だったんだ、と思い出す、
凍えるような冷たい空気です。
晴れ予報の日でも意外と朝は曇っていたりで、
布団を干すタイミングに腐心してしまう。

今朝、晴れ間ののぞいていた空も次第に雲が厚くなり、
今やどんよりと薄暗く、寒さをいっそう際立たせているよう。

神様に必死に祈るような悲しみがあり、
重たい窓の外の景色にちかちかと明かりを投げかけるクリスマスツリーに
明るい兆しを祈らずにはいられません。

今、街がきらきらしたこの季節に、
聖なる由来のあるこの季節にふさわしい奇跡を、
もし御心にかなうのならば、願わずにはいられません。

by patofsilverbush | 2018-12-11 15:34 | Trackback | Comments(0)

カーテン

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苦節1年半(笑)、
「今年中には編み終わるぞ!」と、新年に自分に宣言したカーテンが、
なんと本当に今年中に編みあがりました!やったねワタシ!

雑貨が通販で買えるインテリア雑誌で見かけたレース編みのテーブルクロスを
レースのカーテン代わりにずっと使っていたのですが、
さすがに10年以上たつし、傷んできたかな、取り替えようかなぁ・・・・
というところから思いついた、「そうだ、自分で編めばいいんじゃない?」プロジェクト。
まだレース編みを始めたばかりのころで、
今見ると、編みはじめのモチーフはやり直したいねと思うのですが、
それもまあ、上達の跡が見えると思えば、
味があると言えなくもない(笑)。

飽き性故、大きな作品を作ることは、刺繍のものでもあまりなかったので、
これだけの時間をかけたものは初めてです。

同じモチーフばかり編んでいると飽きてしまったり、
刺繍の作業があるときは数か月も放置したりと、
隙間時間を見つけてのんびりと編んでいましたが、
継続は力なりとはこういうことか。
継続するばかりが正解ではなく、
たとえば今は、「やってみて違かったらやめてもいい」と自分に実践中なのだけれど、
こればっかりは、続けないと仕上がらない、
辛抱強く取り組むことの成果も、あらためて感じております。


今まで使っていたものは20番糸をざっくり編んだものでしたので、
それより細い、40番糸を密に編んだ新しいカーテンは、
同じレース編みでも、窓辺の印象はかなりちがったものになりました。
同じ部屋だけれど、なんだか新鮮162.png

さて、次は自室のカーテンを、またのんびり編み積もらせてゆこうかな。
ひとつ何かを完成させると、達成感や満足感とともに、
次へ行くエネルギーも湧いてくる。
だから「「作る」作業はやめられません。



by patofsilverbush | 2018-12-11 11:46 | Trackback | Comments(2)

ギフト

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同じように続く日常も「毎日同じなんてことはない」というアンの言葉通り、
晴れている日でも、
富士山が見える日と、見えない日があります。
上はきのうの、かすみがかった朝。
よく晴れてはいたけれど、世界に一枚ヴェールをかけたような、
はかなげな美しさがありました。

今日は真珠色の曇り空。

富士山が見える日は、凛とクリアな空気の冷たい朝です。
毎日見えるわけではないから 心が弾む特別な朝。
清々しく、新鮮な気持ちに満たされるのは、
富士山効果でもあるし、きりっとした空気の効果でもあります。


先日、あるネット記事を読んでいたら、
「わたしたちはお互いに“おみやげ”を渡しあうことで
よい関係性を保てるものなのです」
という言葉を見つけました。
いつもつきあっている友達グループの中で、自分の居場所が見つけられない。
自分はその人たちから必要な時だけ利用される存在にすぎないような気がする。
そんな友人関係は解消したいけれど、ひとりぼっちでお弁当を食べる「みじめな存在」には
なりたくない。
本当の友人がほしい。
・・・という女子高校生の悩みに答えた、一連の長い記事の中の言葉。

「あなたは、
うわべだけと感じる友達づきあいか、“一人でお弁当を食べるみじめさ”か
自分でどちらかを選ばないといけません」
と、世界が狭くなりがちな学生にはなかなかハードルが高い真実を述べた後、
「人はお互いに“おみやげ”を渡しあいながら関係を作ってゆくものです」
というように言葉は続いていました。


「悲しい事ですが、人は、お土産を渡すだけの存在では
よい関係性は保てないものなのです。
その友人たちは、あなたにどんなお土産をくれますか?
ひとりでお弁当を食べなくてもいいおみやげをくれています。
あなたはそのお友達に、どんなおみやげを渡していますか?
あげるものが何もない、ということはないのです。
にっこり笑ってあいさつすれば、それでもう、おみやげなのです。
ただし、自分が欲しくないものをもらっても、
相手が欲しくないものをあげても、
お土産は成立しません」


正確ではないけれど、そんなような記事でした。


たしかに、わたしにも経験がありますが、
一方的な関係性というの、続けるのは難しいですよね。


今朝、散歩中に曇り空を見ながら、
どんな日でも、どんな季節でもその日なりに美しい景色をくれる世界を歩きながら、
自分が家族を含む周りの人にもらっている「おみやげ」のことを考えてみました。
わたしはその人たちに、なにか「おみやげ」をあげられているのでしょうか。
「ギフトだねよ~169.pngギフトギフト169.png
と、途中からSMAPの歌になりながらつぶやいた途端、雲間からパーっと日の光が。
今朝も神様が、ギフトを下さったようでした。

もらっているものには気づかないで、
一方的に「あげている」と押し付けてるものばかり大きく見える。
そんな心のかぜっぴきを、ギフトで一掃!
せめて思いついたときだけは、心がけようなんて思った禅寺のような朝散歩でした。
家族にも、お友達にも、周りの人にも、
ちょっと買い物に行ってなんらかの言葉を交わす「袖触れ合う」人にも。
何かをもらったり、何かをあげられたり。
そんな日常が、世界平和、いやいや、宇宙平和につながるはず!






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by patofsilverbush | 2018-11-27 10:26 | Trackback | Comments(0)

自分史上最高の!

突然ですがワタクシ、今現在「自分史上最高に」美人!なのです!

あ、もちろん残念ながら顔の造作のことではなく(苦笑)。
余談ですが夫の同僚の方が、
「○○(夫)の奥さんって、自分の中では宮崎あおいのイメージ」
と言ってたよ
という嬉しい情報を夫から聞き、
お会いすることはないと思うので真実はカスミの中にそっとしまい、
そういうことにしておいてもらっております(笑)。


そんな、宮崎あおいちゃんとは似ても似つかないながら
自分史上最高に美人!と鏡の自分ににっこりしている最近のわたしですが、
なんと!
先日、お茶に来てくれた友人が
「最近キレイだよね~」とほめてくれたのです162.png
わ~い、うれしいな110.png
「あ、もともとキレイだけどね(^_^;)」という
心やさしい彼女の、心遣いつきほめ言葉。
誠実な友人だけに、素直にうれしく照れくさく、
「実はね・・・」と種明かしをしたのでした(健康美容サプリかなんかのCMみたい)。

実はなんてことなく、
単純に最近、
①眉毛をきちんとしっかりめに描いて
②赤いリップをくっきりと
することで、顔だちの印象がはっきりしただけなのだと思います(笑)。
お化粧は基本的に最低限しかしないくらい、さほど興味のないジャンルなのですが、
40代も半ばになり、顔がぼんやりしてきたことに、ある日気がついたのでした。
やわらかい顔、と、ぼんやりした顔って、似て非なるもの!
というわけで、パウダーで適当に色を載せるだけだった眉毛を
ペンシルでおっかなびっくり、きちんとひくことに(おそっ!)。

はっきりした赤いリップをある時期から使うようになり、
顔の印象がはっきりしたなと思っていたけれど、
さらにもうひとつ、年齢のステージが上がったということなのでしょう。

年を重ねて変化することは怖いことではなくて、
その年齢や経験にあうきれいさを工夫することができる。
そんな楽しみもあり、
なんとなくぼんやりしていた鏡の中の自分の顔が、
きちんと意志的になり
同時に、顔だけではなく、「自分で自分を楽しんでいる」と思えることが楽しく
今、わたしは「自分史上最高」に美人!と意志と自信を持って、
鏡の自分にっこりしているわけなのです。
「世界で一番の美人」ではなく、「自分史上最高の美人」と思えるところがポイント(笑)。

ステージが変わるごとに、小さな変化があって、
そんな自分の心や体に敏感に、工夫することを楽しめる人でありたい。
調子のいい時やハッピーな時ばかりではないから難しいときもあるけれど、
その時々の自分と、根気よくつきあえる自分でありたいなぁ。

みなさんはどんな人を「素敵」と感じますか?








by patofsilverbush | 2018-11-25 11:49 | Trackback | Comments(0)

日々のあれこれを綴ります


by anne
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