カテゴリ:本・映画( 52 )

『おちゃめなふたご』シリーズ

息子が4年生になって、大きく変化したことは、
本をよく読むようになった、
ということです📚

赤ちゃんのころから、迫真の演技で読み聞かせをしてきたというのに、
いっこうに本を読むようにならないなぁ・・・026.gif
と 去年まで思っていたのですが、
苦節約10年、ようやく女優の努力が実ったようです072.gif

と 思いたいワタクシですが、
実はママ女優の努力のたまものではなく、
本当は、「ドラえもん」のおかげでは・・・?
と 思っているのが実際のところ037.gif

3年生のある日、初めて「ドラえもん」の漫画を読んでから、
たぶん息子は、活字を読むのが苦にならなくなったのです。


もともと、「物語」は大好きな子ですから(これは女優のおかげでしょう!)
一度読みだしてしまえば、物語の中に入っていくのは早いものです。
読み始めてはみたものの、
まだ内容が難しくて、途中で「寝かせて」ある本もいっぱいですが、
それはそれでいいかな、とも思います。


今、わたしと二人で読んでいるのが
「おちゃめなふたご」シリーズ060.gif
イギリスの女子寄宿学校の様子を描いたシリーズで、
少女だったわたしの愛読書でした(もちろん、今も愛読書016.gif
出てくるのは少女ばかり、挿絵もかわいい田村セツコさん053.gif
なので、
女の子の本を、男子に読ませてるの?と思われる方も、
もしかしたら、いらっしゃるかなぁ。


でも、おもしろいものは おもしろいし
我が家は「男女」というくくりで、間口を狭めたくない派060.gif

そしてこのシリーズ、成長していくうえで、
子供に覚えてもらいたいなぁ、とわたしが思うことが、
いっぱい出てくるのです。

精一杯ベストを尽くすことや、
人を思いやること、
責任感を持つことや、自立すること、
友達にいじわるすると どうなるのかや、
心を入れかえた子に、どう接したらいいのか などなど・・・。



奇想天外な冒険物語ではなく、
ごくふつうの子が繰り広げる、
ごくふつうの学校生活の物語だからこそ、
「この子とは、友達になれそう006.gif
この子は好きだけど、この子は好きじゃない025.gif」なんて言いながら、
息子も楽しく読めているようです。


登場する子供たちは、14,5歳なので、
ここまでの振舞い方や、気持ちの持ち方を期待するのは、
まだ年齢的には難しいのですが、
親の言うことを まだ素直に聞ける、
「女子っぽい」という理由だけで、そっぽを向かない 
この年齢で
読ませたのはよかったかな、と思います045.gif


親の期待も秘かに込めつつ037.gif息子にお勧めした このシリーズ。
先生も人格者ばかりではないことに、
再読したわたしも、反省を踏まえながら、楽しんでおります。





















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by patofsilverbush | 2015-10-01 14:48 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

『プリティ・ブライド』

パートナー氏は、「口のでかい女性が好き」だそうです003.gif
ジュリア・ロバーツやゴールディー・ホーン。
豪快に大きな口をあけて笑う、気取りのない感じ、
わたしもジュリア・ロバーツ大好きです。

あまり共通点のないわたしたちですが、
映画の趣味だけは、似ているかも。
2人とも ハッピーでラブリーなラブコメが大好き。016.gif



週末、久しぶりに『プリティ・ブライド』を観ました。
原題は『Run Away Bride』__逃げる花嫁。
文字通り、結婚式から何度も逃げ出す女性・マギーを、
ジュリアが演じています。
お相手はリチャード・ギアなのですが、わたしは『プリティ・ウーマン』より
こちらが好き。
この二番煎じ的な邦題も、なんとかしてほしい(苦笑)026.gif



女性に対して辛口なコラムを、新聞に連載している アイク。
たまたまバーで会った人の話を聞いて、
そのままコラムのネタにしてしまったのが、
田舎町の “逃げる花嫁”、
男を食い物にする、恐ろし女だと、何の取材もせずに
コラムに書いてしまったのです。

その侮辱的な内容に怒ったマギーが 新聞社に抗議したため、
クビになってしまったアイクは、
汚名返上のため、マギーの取材をしに ニューヨークからやってきます。

折しも 4度目の結婚式を控えたマギーと
契約を結んで彼女を取材するうちに、
いつしか恋に落ちる2人・・・053.gif
4度目の結婚式のお相手をアイクに変更し(笑)
これぞ運命の相手016.gifもう逃げ出さない016.gifと 式に臨むマギーは、
今度こそ逃げ出さず、無事に花嫁になれるのか・・・?


ありがちといえば、ありがちな、
大どんでん返し!!!驚愕のラストシーン!!!042.gifとか
もう涙が止まらない!!!!007.gif と、いうようなことはない、
ごく普通のラブストーリーですが、


「自分がどんな人間なのか」、考えたこともなかったマギーが、
アイクと出逢い、
少しずつ、
自分という人を知っていく、
そんなところが、この映画の好きなところです045.gif


優しい人は、
相手の呼吸に 自分を合わせてしまうことができる。
相手の好きなものに、自分も興味を持っている と思ってしまったり、
誰かにきついことを言われても、相手に悪気がなければ、
傷ついても笑って受け流せる。
誰かを傷つけるのがイヤだから、笑ってごまかすことができる。


「自分の好きな卵料理も分からないなんて!」
とアイクに言われて、喧嘩になるけれど、
そこで初めて、
マギーは 自分について考え始めるのです。


相手の好きなものを、自分も好きなれるとは限らない。
知らないうちに、自分も誰かを傷つけているってこともあるし、
笑ってごまかしているのは、自分の気持ち。
わたしって、本当はどんな人なの・・・?



恋を手に入れるラブ・ストーリー、というより、
「わたしというひと」を知り、好きになる・・・そんなストーリーかもしれません。


和を持って尊しとなすって、日本人的な考えだけど、
どんなことが好きで、
どんなことにわくわくして、
どんな食べ物や、服や、歌が好きか、
どんな意見を持っているのかは、
誰でも自分で決めていいことだし、誰かに合わせる必要もないことです。

わたしはわたし。

自分を好きになる、第一歩は、
自分というひとを、よく知ることです 016.gif

誰よりも分からない・・・そんなミステリアスな「自分」の謎を、
探ってみませんか?































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by patofsilverbush | 2015-09-28 11:09 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

『窓際のトットちゃん』

言わずと知れた、黒柳徹子さんの ベストセラー。
やっぱり子どものころから本棚にありましたが、
結婚のために家を出たときに、実家の本棚に置いてきてしまい、

最近、青い鳥文庫で買って読み返していました。


トットちゃんこと徹子さんが通った 小学校・トモエ学園での出来事を綴った本で、
この本を読んでいたからこそ、息子を 
小人数のモンテッソーリの幼稚園に入れることに、なんの抵抗も心配もなかったかもしれません。


小学一年生で、あまりの問題の多さに「ふつうの」学校を退学になったトットちゃんのために
ママが見つけたのが、
小林校長先生が作られた トモエ学園。

なにしろ、校庭に並んでいるのは 払い下げになった電車で、
車両一台が 各学年のお教室。
トットちゃんたち一年生だけをみても10人に満たないし、全学年をあわせても50人足らず、
という学校です。

トットちゃんがびっくりしたように、
毎日、決まった席に座る必要もなく、好きな席に座れるし、
その日に決められた時間割の、それぞれの科目の課題を先生が黒板に書いたら、
あとはそれぞれ、好きな科目から勉強していけばいいし、
今だって、息子を通わせたいくらい、素敵な学校なのです。


小林校長先生の考えた、
大人の都合や、お仕着せの教育ではない、
子どものための教育プログラムは、
モンテッソーリではありませんが、相通じるものがあり、
教育とは、「こうあるべき」と外側から固めるものではなくて、
その子一人ひとりの内側に備わったものを、磨いてゆくことなんだなぁ・・・
と、トットちゃんのオモシロエピソードを息子に読みながら、
親として 深く考えてしまいます。


子どもの頃、読んだときにも 印象に残って、ずっと覚えている言葉は、
「君は本当はいい子なんだよ」

校長先生が、トットちゃんの顔をみるたび、言ってくれたという言葉です。


よほど変わった女の子だったとみえるトットちゃん。
「おそらく、先生たちや他の生徒の保護者から、さまざまな苦情があったと思う」と
ご本人の徹子さんが書かれています。
トットちゃん自身は 屈託のない、明るい性格ではあったけれど、
心のどこかで、疎外感というか、みんなとは、何かが違う、
ということを、感じていたとも。

そんなトットちゃんに、この言葉をかけてくれた校長先生の気持ちを、
「残念ながら、ずっと後になるまでわからなかった」と 徹子さんは言います。


「いろいろと困ったところはあるけれど、本当は、 君はとてもいい子なんだよ」
という 気持ち。


「君は本当はいい子なんだよ」
と 先生に言われるたびに、トットちゃんは
「はい、わたしはいい子でーす」 と元気に思うだけだったけれど、
もし、この言葉がなかったとしたら、
問題児であった自分は、きっと
わたしはダメな子なんだ というコンプレックスを持ち、
今とは違う人生を歩んでいたかもしれない。
もしかしたら、一生を決定するような言葉であったかもしれない、と。



「出来ない子」は、とかく、否定的な言葉をかけられがちです。
すごく問題児、というわけではないけれど、
地味に問題児である、我が息子も そう。
たぶん、自分もそうであったから、
この言葉が子ども心に、とても印象に残っていたのだし、
今でもやっぱり、
そんなふうに 息子には言葉をかけたいと思ってしまう。



トモエ学園には、
とても優秀な子も、
トットちゃんのように 他の学校ではうまくやっていけなかった子も、
身体に障害がある子もいました。

どの子も、それぞれ、
自分が抱えていることにコンプレックスを持つことがないよう、
君はできるんだよ
君はいい子なんだよ
と、校長先生は、トットちゃんだけではなく、一人ひとりにぴったりの言葉を、かけたことでしょう。


学校で、どの子が問題を起こしても、
校長先生はその子の親を学校に呼ぶことはなかった  
と書いてあることに、再読して気がつきました。
その子の話を、気持ちを、じっくり聞いてくれたし、いいわけだって聞いてくれた、
だから 自分が悪かったことも、納得できた。

トットちゃんが初めてトモエ学園に行った時、
「話したいことは、なんでも話してごらん」と、
校長先生は4時間もの間、トットちゃんの話をきいてくれたそうです。


ついつい、大人の説明を子どもに聞かせてしまうのが 当り前のような気がしてしまいますが、
こんなふうにしてくれたら、
きっと子どもは、
自分がちゃんと話を聞いてもらえる 大切な存在であること、
学校で過ごす自分が 主体なのだと思えるだろうな!



マナーや 振舞い方が中心だった、うんと小さかったころとは、
「しつけ」の内容も変わってきました(とはいえ、まだまだ、マナー部門のしつけは必要ですが!)。
どんなふうに、どんな言葉で、子どもを受け止めるのか。
小さな、けれど 
自分とは違う個性をもった ひとりの人と、どう向き合ってゆくのか。
親も 子どもの成長に合わせて 成長してゆく必要がありますね。



















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by patofsilverbush | 2015-09-07 09:20 | 本・映画 | Trackback | Comments(2)

妖精の贈り物

小さなころ持っていた、子ども用の 大きなサイズの童話集。
アンデルセンやグリムはもちろん、日本の昔話や、はては日本神話まで、
ヴァラエティ豊かなラインナップ。
息子にも読んで聞かせましたが、

中でも群を抜いて、乙女心をくすぐったのは、
『ペロー童話集』
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「長靴をはいた猫」や「妖精の贈り物」など、いくつかのお話が入っており、
「シンデレラ」の名前で有名ですが、
原作なら「サンドリヨン」というんだな~と覚えたのも、この本でした。

継母にメイド扱いされ、仕事が終わると、暖炉の灰の中に座って暖をとる娘に、
上の継姉がつけたあだなが 「キュサンドロン(おしり灰だらけさん)」。
それほど口の悪くない 下の継姉が呼んだあだ名が 「サンドリヨン(灰だらけさん)」。
レペットのバレエシューズにもありますね、サンドリヨンと名付けられた一足が。



なにしろ漫画風でも、可愛らしい 子どもの絵本風でもない、
この大人っぽくて、素敵な挿絵が大好きで、
いかにも「お姫様!」というサンドリヨンのドレスを うっとりと眺めていたものです。
男の子だけど、息子もこの本の「サンドリヨン」、大好きです。


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「妖精の贈り物」も、大好きなお話でした。
やはり意地悪な継母・継姉が登場する、典型的なおとぎ話です。


継母に命じられ、泉に水汲みに行った娘が、
汚い恰好のおばあさんに、水を飲ませてほしいと頼まれます。
心優しい娘が水を飲ませてあげると、
おばあさんは たちまち美しい妖精に早変わり。
「親切にしてくれたご褒美に、
おまえがしゃべるたびに、口から花や宝石がとびだすようにしてあげよう」
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帰宅した娘がしゃべるたびに 花や宝石がとびだすありさまに、
継母は大急ぎで 継姉を泉に水汲みにやります。
現れたのは、立派な服装をした貴婦人。
同じように水を飲ませてほしいと頼みますが、
怠け者の姉娘は 「自分で汲んで、飲んだらいいでしょう」と断ります。
すると貴夫人は妖精に姿を変え、
「不親切なおまえの口からは、カエルやヘビがとびだすようにしてあげよう」




心優しく、親切で、
自分にできることを、心をこめて一生懸命していると
誰かが見ていてくれて、ご褒美を下さいますよ。



というお話だと思っていたけれど、
それだけじゃなくて、


自分の話す言葉が、美しい花や宝石であるように、
心がけなくてはいけないなぁ、と、最近思うようになりました。


単純に、言葉づかいが美しい、ということも、もちろんあります。
使う言葉が優しく、あたたかく、やわらかなものでありたい、ということも あります。
言葉自体はきついようでも、その奥には、相手を大切に思う気持ちを持っていたい、
ということも。


いろんな意味で、自分の言葉が、花や宝石であるように、
心がけたいなぁ、と。




「心に美しい考えしかなければ、
思ったことをすぐに口に出しても、誰も傷ついたりしない」と、
モンゴメリの小説のヒロインの誰かが言っていたっけ。
(アンだったかな?ストーリーガールだったかな?)

実際はなかなかそうはいかなくて、
意地悪いことや、不平・不満や、愚痴や文句で、
心がいっぱいになってしまう瞬間もあるのだけれど。


「いいものを入れた蔵から、いいものを取り出す」
という聖句があるけれど、
少なくとも、自分の口から出る言葉は、
いい心で 使いたいなぁ と、日々の自分の言葉を反省する今日この頃です。



おとぎ話におきまりのラストシーンは、
もちろん、王子様との結婚なのですが、
このドレス・・・というか、髪に飾った大きな花。
ウェディングドレスの雑誌などを うっとり眺めていると、
こんな感じのドレスに目がいくのは、
この絵のイメージなんだな!というのも、最近 気がついたことです(笑)。


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by patofsilverbush | 2015-09-04 11:10 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

『幼ものがたり』

子どもの頃、大好きだった絵本には、かならず表紙に
この方のお名前が 書いてありました。

訳・いしいももこ

絵本や物語の翻訳者として、小さなころからずいぶんとお世話になっている、
石井 桃子さんの、
『幼ものがたり』は、

“古希”70歳に近付いたころの 石井桃子さんが書いた、
ふと心に湧きおこった 幼い日々の断片をかいまみせてくれる 自伝・回想記です。


中学生くらいの時に母に買ってもらった1冊でしたが、
当時はこの本の面白味はまったくわからなくて、
大人になってから自分であらためて買いなおしました。


ストーリーがあるわけではなく、
幼い少女の成長記録、というわけでもなく、
文字通り、
幼かったころに住んでいた家や、近所の様子、家族のことなど、
思いだすがままに書かれた回想記です。


明治の終わりごろの、「私の幼時の思い出」は、
もちろん、昭和のわたしの幼時の思い出とは ずいぶん異なるものですが、
不思議と懐かしい空気が漂っていて、

我が家とは全くちがう、
古びて、ごちゃごちゃとした、うす暗い片隅や、
夜ともなると外には闇が満ちる、
おばあちゃんの家で過ごした、子どもの頃の記憶がよみがえるようで、

「幼い」渦中にいる子どもや、中学生には、
その懐かしさは わからなくて当り前だった と 思うのです。


着物を着て、囲炉裏端を囲む日々の生活、
往来を往き来する飴屋や らお屋や 魚屋、しん粉細工屋・・・、
ランプの灯り、
弟妹を背中におぶって、遊びに行く子どもたち。

生活様式や習慣は異なっても、
たぶん、
幼い桃ちゃんと わたしの記憶の中の何かには、さほど大きな違いはないような 気がします。

日々の生活や仕事に追われる大人たちとは、
まったく別の時間の流れが、
子どもにはあるから。


大人が見ているものと、子どもが見ているものは、
まったく違う。
大人の時間と、子どもの時間は、
流れ方が まったく違うのだと。


この本に流れている、子どもの時間、子どもの目線は、
同じように 
わたしにも懐かしいもので、
時折、この本をひらくと、
私の知らない明治の生活を 興味深く思うと同時に、
わたしも幼い子どもであるかのような気がします。


大人の時間の使い方に、子どもをつき合わせて、いけないのだと
この本を読むと感じます。









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by patofsilverbush | 2015-08-18 13:45 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

『一つの花』

四月に、息子の新しい国語の教科書をチェックした時には気がつきませんでしたが、
今、
息子の毎日の音読の宿題を聞いているうちに、
思い出しました。
わたしの教科書にも、出ていたなぁ。


今西祐行さん作 
『一つの花』


戦時中の、ある家族の姿を描いた、短いお話です。

「もっとちょうだい」と食べ物をねだる、小さな娘・ゆみ子に、
おかあさんは  
「ひとつだけよ」と言いながら、自分の分から一つだけ、
ゆみ子にとりわけてくれます。
「ひとつだけ、ちょうだい」という言葉をおぼえて、おねだりするゆみ子を見て、

「そう言えば、なんでも もらえると思っているのね」とお母さんは思い、
「この子は一生、たくさんちょうだい と ねだることを
知らずに過ごすかもしれない」と
お父さんは思います。

あまり身体の丈夫でないお父さんまでもが、出征する日がやってきました。
見送りの駅まで行くあいだに、ゆみ子は、
貴重なお米で作ったおにぎりを、みんな食べてしまいます。
いよいよお父さんが汽車に乗る間際になる頃、、
『またゆみ子の
「ひとつだけ、ちょうだい」が始まったのです。』

するとお父さんは、プラットフォームのはしに咲いていた、
コスモスの花を一輪、ゆみ子に手渡すと、
喜んで笑うゆみ子の顔と、コスモスの花とを見つめて、
戦地へ赴いてゆきましたーーーーーー




自分が子どもの頃の、何年生の教科書に、このお話が載っていたのか、
そのとき、自分はどんな感想を抱いたのか、
さっぱり覚えていませんが、
今、聞くと、
涙なくしては読めないお話。
息子の音読も、あまり聞かないようにしているくらいなのですが、
もう2~3週間も、毎日毎日、宿題になっていると、
いろいろなことが、心に浮かんできます。


2歳か、3歳くらいの、小さな娘がいて、
戦地へ行かされるくらいですから、
2人は、まだうんとうんと若い夫婦だったでしょう。

小さな娘に、おなかいっぱい食べさせてやることもできない、お母さんのつらさ。
一生涯、たくさんねだることを知らずに育つかもしれない娘を、
めちゃめちゃに たかいたかいするお父さんの気持ち。
きっと、愛情だけはたくさん、
ねだらなくたって あげたい気持ちだっただろうな。

こんなにやさしい、ごくふつうの人たちが、
戦地で ひとを傷つけたり、殺したりしなければならない残酷さ。


「日本を守るため」と詭弁を弄して、軍国主義を復活させたい方もいらっしゃいますが、
表面的な「平和」だけではなく、
もっと深いところまで、考えてもらいたい。
「もう二度と、戦争をしてはいけないよ」と、
戦争体験者が語る、
その言葉の重みを、感じてほしい。
小学4年生と一緒に、「平和」について学んでもらいたいと、
思わずにはいられません。


わたしは、
大事な息子を 戦地には行かせたくありません。

















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by patofsilverbush | 2015-07-09 09:19 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

『ナイトミュージアム』

子どもが生まれてから、映画館とはとんとご無沙汰ですが、
わりと最近、
新作が公開されたのに、観に行けずにつまらない思いをしたのは、
『ナイトミュージアム 3』
一家で大好きな映画で、
息子とわたしはもう、何度観たことか。
(というか、息子が『2』を何度も観るので、
リビングにいるわたしも、結果的に何度でも観てしまう。
おもしろいんだもの♪)


いい年をしてビッグな夢を見ては、 就職・失業を繰り返している、
某ドラマのお父さんと同じようなタイプの主人公・ラリー。
ようやく新しく見つけた職場は、
自然史博物館の、夜間警備員。
気軽な気持ちで始めた、初日の夜、
突然、ありとあらゆる展示物が動き出して、ラリーの頭は大パニックに!!!


ティラノザウルスの大きな骨に追いかけられたり、
フン族の族長・アッティラに襲われそうになったり、
フロンティア時代のミニチュア人形たちに、ガリバーよろしく縛られたり・・・
自由奔放に、
それぞれ独自の価値観や 事情のもとに、
好き勝手に動き回る「展示物」たちに、
ありえない!と 一度は警備員をやめようとするラリーですが、
「お父さんはちゃんと仕事してる!」と信じる、愛する息子のために、
覚悟を決めます。

ルーズベルト大統領(もちろん、展示物。蝋人形)にアドバイスをもらいながら、
みんなを一つのファミリーのようにまとめる、リーダーシップを培ってゆくのです。



博物館大好きな息子と、博物館に行くと、
やっぱり わくわく どきどきします。
この恐竜たちが、動きだしたら・・・?
上野の科学博物館には、「原始人」の人形たちが展示してありますが、
幼稚園の頃、
息子は、
その中の一人、「ルーシー」が怖くて、
いまだにルーシーがいる部屋は苦手。
そのくらい、なんだか生き生きと(?)した気配があるんですよね。


安直な方法で 展示物たちをなだめよう、手なずけようとしたラリーですが、
博物館から外に出てしまった「原始人」の一人が、
朝日とともに(魔法が解けて) 消えてしまったのを目の当たりにして、
展示物ひとりひとりの命について、真剣に考え始めます。
展示されているものたちには、
ひとつひとつ 歴史があり、感情があるのだ、
その感情に、寄り添う必要があるのだと気がつくのです。


『2』のほうは、もうちょっとバトル的要素が強いのですが
(でもコメディだから 笑える)
トラブルや危機を迎えた時、どう立ち向かうべきなのか、
人生は、自分のわくわくすることをするためにあるのだ、
ということを、
思い出させてくれます。


「展示物」ではなくても、
「歴史的に有名な人物」でなくても、
わたしたちには 一人ひとり歴史がある。
安易に判断し、ジャッジメントできないことなのは、
誰でも同じことですね。



博物館、また行きたくなっっちゃったな。














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by patofsilverbush | 2015-06-03 09:27 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

伝道書

『赤毛のアン』が有名な モンゴメリですが、
他にも いくつもの長編小説と、膨大な数の 短編小説も執筆しています。


作家を目指す少女が主人公、ということで、
「もっとも自伝的」 と評されることも多いのが、
『かわいいエミリー』・『エミリーはのぼる』・『エミリーが求めるもの』
の三部から成る、エミリー・シリーズ。
両親 亡きあと、母方の叔母たちにひきとられたエミリーは、
叔母の無理解や 厳しさにあい、葛藤しながらも、
作家への道をひたむきに歩みます。


生まれつき、自然の美に対して敏感で、繊細な心を持つエミリーは、
ふとした瞬間 垣間見える、
その美しさを表現する「言葉」を、常に探し求めます。
ベール一枚へだてた向こうに広がる、美しい世界。
一瞬、ベールがあがった時にだけ、ちらりと見ることをゆるされる、
その瞬間のときめきを、
エミリーは「ひらめき」と表現します(村岡花子・訳)。
「ひらめき」が訪れた瞬間に見える、あの世界を、表現する言葉。


ただ単純に、世界がどう見えるか、
どんなふうに花が咲き、どんなふうに日が輝き、
どんなふうに夕日が沈むのかを描写するだけではなく、
エミリーは その風景の真髄を捕えようとするのです。




見つけた!と思っても、次の瞬間には、
まったく表現しきれていないと悟る・・・


エミリーが捕えようとしているのは、
神さまの世界 ではないかと思うのです。
キリスト教で言うところの、「御国」ですね。



何を見て、神を感じるか?ということは、
人によって、まったく違うことです。

わたしは、戸外にいるときに、より神さまを身近に感じますが、
神さまがお創りになった世界の美しさを、目でみて、感じる、
ということで、
自然の中に神を感じる人が、もっとも多いのではないかと思われます。
多くの芸術家や、詩人、作家などが、そうであるように。


人間には入ることをゆるされない、天上の美。
それは単純に「美しい」だけの世界ではありません。


神さまが与えて下さるものの、
その 豊かさ!
慈愛、安心、欠けるものの何一つない平和、静けさ、幸福、思いやり、誠実さ・・・
ありとあらゆる善きもの、美しいものを与えて下さる、その惜しみのなさ!
その、
満ち足りた世界、
神さまの み心の真髄を、
ダイレクトに 「人間の言葉」 で表現するのは、
非常に難しいことですね。


エミリーが探し、求めているのは、その「言葉」なのです。




一口に 「神を信じます」 と言っても、
どのように、どんな神さまを信じているかは、
これまた人によってまったく異なることです。
同じ神さまの、さまざまな側面を、
自分の目で観られる範囲しか 見えていないのが人間なのですが、

それでも、神さまは、
一人ひとりに ぴったり合った表し方で、
ご自分を表して下さるような気がします。



エミリーが「自伝的な」小説であるならば、
モンゴメリ自身が、
その主の み心を表す言葉を、常に探し求めた作家であった
と言えるかもしれません。

それを読んで、主へと導かれたわたしですので、
主は、もっともわたしに合ったやり方で、
ご自分をわたしに表してくださったのだと思うのです。


「キリスト教の在り方」に懐疑的であったと言われるモンゴメリ。
彼女が常に疑問に思い続けた、「キリスト教」の問題は、今でも常に存在しますが、
モンゴメリは、
「○○教を信じる」という、宗教の枠組みにとらわれず、
ダイレクトに「神さま」を信じた人だったのだと、強く感じます。


そんな彼女の小説は、まさしくわたしにとっては、伝道書なのです。





























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by patofsilverbush | 2015-06-01 13:03 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

冬!

おはようございます。
関東地方は凍える寒さ!
冷たい雨の音に目をさましましたが、今やそれも
音もなく降る 雪に変わっています!


こんな日ではありますが、
ご入学を迎えたみなさま、おめでとうございます。
きっと、あと後まで、思い出に残る入学式になりますね。



さて、我がパートナー氏は日勤と夜勤の繰り返しのシフトで 仕事をしています。
夜勤の日は 夕ごはんを家で食べてから、出社しますが、
時間の関係上、
そんな日の夕飯は いつもより1時間はやい、午後5時と かなり早め。
その後、わたしは息子と一緒に歯磨きをしてしまい、
夜食もおやつも食べずにご就寝・・・という、ヘルシーな食生活を送っているわけですが、
寝る前に、なんとなく小腹がすいたときに、
お弁当の本をちょっと見るのが好きです。

お弁当の本、といっても
レシピ本ではなく、目下 よくながめているのがこちら↓

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シリーズになっており、こちらは3冊目。
文字通り、メジャーなお料理研究家でも、著名人でも芸能人でもない、
ごくふつうの人が作る、マイお弁当が紹介されている本です。


おかずが盛りだくさんのお弁当から、
女子なのに、男子の弁当?と見紛うお弁当、
または、ごはんにおかずがどーんと一品載っているだけの、まさに男子弁当、
男子なのに、きれい~、こんなの作れない!と思うお弁当、
などなど、
作った方が 楽しんで作った、
作った方のための、日常のお弁当です。

ちょこっとレシピも載っていて、
作り方の参考にもなるのですが、
この本の何が好きって、
やっぱり、お弁当は、好きなようにつめていいってことかなぁ。

彩りとか栄養とか可愛さとか、いろんなことを考えていると、
お弁当作りはめんどくさくなってしまうかもしれないけれど、
なんでもいいんだ!と思えると、
明日もお弁当を作ろう、
冷蔵庫に何があったかな、と思える。

節約のためでもあり、
多少、栄養が偏っていても、添加物が入ってない分、いいかな
というあたりが、わたしの落とし所。

というわけで、
きのうは久しぶりに、夜勤のパートナー氏のお弁当を詰めました♪

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白いのは、ゆで卵。
半分にカットしたのに、お弁当箱が深くて、
まるまる一個の形で入っちゃった。
ハンバーグ、青梗菜とちくわの炒め物、にんじんのオリーブオイル煮、ジャガイモのハーブ炒め。
白いご飯に梅干しは、画竜点睛というか、
あるとないのとでは雲泥の差、一気に全体が引き締まります。


ほぼ、夕飯のおかずという(笑)、サプライズのないお弁当なので、
申し訳ない気も半分、
「おいしそ♡」という気も半分(笑)。


頑張らないし、さぼってもいい。
それが、お弁当ライフのコツかもしれませんね。

え、小腹がすいた時に、そんな本見たくない?
よけいお腹がすく?
うーん・・・
間髪いれずに寝てしまえば、なんとなく、
満ち足りた気分で眠りにつけるもんですよ~(笑)。















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by patofsilverbush | 2015-04-08 08:46 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

今日も機嫌よく

『マザーウォーター』は、早春の映画です。

ちょうど こんな季節、
冬の終わりから、桜が咲き始めるころの京都を舞台に、
バー、カフェ、お豆腐屋さん、銭湯・・・
美味しく、美しい水にまつわる仕事をしている人たちの、
日常のような、非日常のような風景を きりとった映画。

街中の湧き水や加茂川、
人々の生活を支え、見守る母のように、その日常には 水が流れています。


「日常」とはなんだろうか。
いつもあるようで、
でも本当は 幻のようなものかもしれない。

連綿と続くようで、今、この瞬間にも 変わってしまうかもしれないもの。
環境の変化で やむなく変わらなければならないこともあるし、
生活スタイルや 物事の捉え方ひとつ、
自分の気持ち次第で変えることもできる、

実は日常は、
そのくらい あやふやなものであったりもします。

人々の心の支えになっているほど、確かなものでもあるというのに。

ゆく川の流れは絶えずして、また もとの水にあらず・・・

という古典を持ち出すまでもなく、
時間も、川も 流れ続けていて、
とどまりたくても とどまれない性質を備えています。

だから 今が愛おしい。
でも 離れてみることもできる。
今日、どこか別の場所へ、旅立つこともできる。
そんな自由。そんな切なさ。



だから、この映画の人たちの日常は、非日常に見えます。


もたいまさこさん扮する マコトさんは、
大人の一人暮らし。
散歩しながら、お豆腐屋さんの店先で お豆腐を食べたりする。
子守りをしながら、バーにも入る(とてもとても、静かなバーですけれど)。
子連れでこんなところに? とびっくりする青年に、
「まだそんなつまんないこと言ってるの」
と、大人の自由さで物申します。

苦悩や悲しみ、日々の煩いを内包して、その先にある、自由さ。

マコトさんは 散歩中、
お豆腐屋さんやカフェの店主に会うと、こう声をかけるのです。

「今日も機嫌よく やんなさいよ」

一日を、機嫌よく過ごす。
あんまり意識しないけれど、すごく大切なことだなぁ と、
映画を見るたびに 思います。

疲れているとき、体調が悪い時、なんだか気分がブルースな時も、
機嫌よくいるのは むずかしい。
いらいらと 八つ当たりしてみたり、声を荒げたり、仕草が乱暴になったりしてしまう。
新しいことを試してみたくて、気が急いていたり、
まわりをみる ゆとりがないことも、ある。

機嫌よくいるのは、
自分にとっても、まわりの人にとっても
ものすごく大切なことに 違いないのにね。

大人だから、チャレンジできることでもある。

機嫌よくいること。機嫌が悪くても、そのように振舞えること。

今日も機嫌よくやんなさいよ。

と、今朝も自分に語りかけて、
機嫌よく 一日を始めたいと思います。

みなさまも、機嫌よく、よい一日をお過ごしになれますように!














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by patofsilverbush | 2015-04-02 09:37 | 本・映画 | Trackback | Comments(0)

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